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第11話

ふたつめの遺跡は、開いた本のようだった。二枚の石が少し角度をつけて向き合うように並んでいる。文章がいくつかのまとまりになっていて、中には絵のようなものもあった。見た目はかなり新しく、石はほとんど欠けずに文字もきれいに刻まれている。ひとつめの遺跡とはまるで違う見た目だった。


「そういえば、以前に少しだけ話をしましたよね。不死鳥の遣いについて」


タタユクは、遺跡を読みながらも表情を変えない王に、そう話しかけてみた。おそらく、遺跡の内容は全て王の知っていることだったのだろう。


「ああ……そんなこともあったな。あのときはどこまで話した?」


「この国の王は遣いの中から選ばれる……ということは聞きました」


「では、遣いの生活と、王に選ばれる基準について話そう。遺跡にもちょうどその話がある」


王は一枚目の石の上部を指差した。


「不死鳥の遣いは他と違う扱いを受ける。といっても優遇されるわけではない。このような言動をしたらあの草を煎じて飲ませよ、ある状況には近付けさせるな……などのような、細かい決まりの中で生活を送る必要があるのだ。その生活を始めるのが早ければ早いほど、王になる素質が高まると言われている」


「ならばみんな、生まれた時からその生活をしているのではないですか?」


「─いや。遣いの生活は親の負担が大きいから、遣いであることを見て見ぬふりする者もいる。それに、王にだけかかる病気を恐れるあまり、子どもにお前は遣いではないのだと言い聞かせる親もいる」


「カシュハさまはどうだったのですか? 王になっているのですから、お早かったんですか?」


「ああ。私は言葉を話し始めた頃から遣いとして過ごしていたから、“渇き”はほとんどなかった。遣いの素質がある者が長いあいだ遣いとして過ごせないと、焦りや不安が大きくなる……私たちはそれを“渇き”と呼んでいるのだ」


「ふむ……それでは王に選ばれたのも早かったのですか? 一体いくつのときに戴布を?」


「早いといえば早かったな。あれは確か、十五の時だろうか? 先代の王が死んだあと、なぜか数ヶ月も時間をあけてから、私が選ばれたのだ。王なしで国を支えなければならない宰相や臣下たちは忙しそうだったな」


「だ、大丈夫だったのですか? 王が不在になるなど、聞いたことがありません」


「この国でも、私の番まではそうだったさ。私が王となって王座に座ったとき、臣下たちはそれはもう安心していたよ。はは、タタユク、ここからが面白いところだ─私は王になって初めての朝に、臣下たちにこう言った。これが本来あるべき国の形だから、そなたらは今まで通り仕事をしろと」


「えっ」


「そうだ、あの時の臣下たちも全く同じ顔をしていた。タタユク、そなたもこれがおかしなことだと思うか?」


聞かれて、タタユクはじっくり考えてみることにした。ウンウン唸りながらしばらく考えたあと、そっと口を開いてこう言った。


「……それほどおかしなことではないような気がします」


「ほう」


カシュハが促す。タタユクは恐る恐る答えた。


「わたくしの国では花が王を決めますが……その花を選ばれたとしても、国を支える力に恵まれない者はいます。そのような者が唯一の王となったとき、民は樹のようにじっと時が過ぎ去るのを待つのですが……」


「国という大きな組織をまとめるのに、そのような博打はふさわしくない。そうだろう?」


「……はい。漏れることなく優秀な者が王になれるならば─あるいは、完璧ではなくとも冴えた者たちが複数集まれるのならば─民の不安はそれほど大きくならないでしょう」


「ああ、タタユクよ、まったくその通りだ! 私はこの国をそのようにしたいのだ。王自身が死ぬ前に次の王を決めて、その者に羽織を受け継がせれば、よりよい国になると──」


『なかなか興味深い話をしているな、カシュハ、タタユクよ』


突然、与闇を思わせる、ぞっとするほど低い声が空から降ってきた。王とタタユクは驚いて空を見上げる。その瞬間、彼らの瞳を太陽の光から守るように、不死鳥が影となって現れた。


「不死鳥……てっきり私たちと旅をするつもりはないと思っていたが」


王が半ば茫然として呟く。不死鳥はそれに頷いた。


『ああ、今でもそのつもりはない。我は旅をするのにふさわしくないからな』


不死鳥はいつも、どこか自分を責めるような言い方をする。王はそれが不満だった。


「……では、今の話を咎めるためにわざわざ降りてきたのか」


『咎めるためでは、ない。ただその考えは、お前のような者たちを苦しめることになるのだ。悲劇が起きてからでは遅いから、芽のうちに摘みにきた』


不死鳥は目を細めて、ちらと遺跡を見た。


「いったい何を……」


そしてカシュハが口を挟む前に、小さな体の客人を振り返って、こう聞いた。


『タタユクよ。そなたの国では、このような者はいるか? たとえば、自分の心に他者がいない者。己が決めた通りの毎日しか通り過ぎられない者。あるいは、せわしなく動き、考え、話し、混乱しながら生きてゆく者』


これに動揺したのはタタユクだ。彼は、なぜそんなことを聞くのだろうと思った。空が青いこと、星が輝いて見えること、毎朝太陽が昇ることと同じだった。今更聞くまでもない、当たり前のことだ。


「……確かに、わずかにおりますが……そのような者たちは、どんな国でもいるでしょう」


不死鳥は一つ息を吸い込んだ。


『ならばその者たちは不死鳥の遣いだ』


「……何を、言っているのだ?」


カシュハは動揺を隠せず問い詰める。タタユクはそんな王の様子を見て、王の中にも思い当たる節があるのだろうと勘付いた。


『不死鳥の遣いとは、生まれながらに困難を持つ者。王となる素質は関係ない。ただそのような者たちに安寧を届けるために、“遣い”というしくみを作ったのだ』


「……」


「なぜわざわざそのようなことを? わたくしの国ではそのような仕組みはありませんが、ずっと長く続いてまいりました」


黙りこんでしまった王のかわりに、タタユクが問いかける。不死鳥は逆光の中で客人のほうを振り向いて、しゃがれた声で答えた。


『何百年も、何世代もの人間を見ている中で、ある時気付いたのだ。同じ性質を持って生まれた者の中でも、時たま他の者たちと同じように、それほど苦しまずに生きる者がいる。それが現れるたびに何が起きていたか観察し、数百年かけてそれを研究して、とある決まりを作った。それが不死鳥の遣いだ』


王が顔を上げる。その目は砂漠のはるか先を見ていた。


「遣いは……遣いと認められて、遣いの生活を始めなければ、苦しみが残る」


『それは事実だ。カシュハ、おぬしは遣いの生活を始めるのが早かったから、その苦しみを知らぬだろう─それは幸運なことだ。我は、遣いが皆おぬしのように生きることを望んだ。嘘をついてでも』


「なぜそこまで……肩入れするのですか? 彼らは確かに居ますが、その数は少ない。そして、特別に目をかけるには、その数は多すぎるでしょう。すべてを掬うのは、あまりに大変なことでは……?」


『肩入れでも、特別でもない。タタユクよ─我はすべきことをしたまで。あの者たちも当たり前にこの世界で幸福を受けるべきなのだ。そなたと同じように』


不死鳥の声がこの時だけ、わずかに上向いた。まるで若返ったかのように。


それに対するように沈み込んだのは、カシュハのほうだった。


「……私たちを信じていないのだな。王などという褒美を掲げずに、そのような決まりを作ればよいのに」


『言い返す言葉もない。確かに、我は臆病者だ。対価なく動くことを民に期待できなかった』


「では私を選んだのは、ただの偶然だったのか? 何かを期待されていたわけではない? 私が羽織を受け取るのに時間がかかったのも、ただの偶然というのか?」


『いいや。遣いは王の素質とは無関係だが、王になる者には、決まりがある』


「それは……一体、なんだ」


『その身に星を宿す者が王になる。森林の国も、そのようにして王を選んでいるはずだ』


「星を宿す……?」


「そのようなことは聞いたことがありません。まれに星が墜ちてくることはありますが、人の身に宿ったことなど─」


『聞いたことがなくても、知らなくても、それは確かな事実だ。おぬしらが証明している』


「─え?」


「は?」


『カシュハ、そなたは右目に。タタユク、そなたは心臓に。そこにある星のかけらが引かれあって、そなたらは出会ったのだ』


「何をばかげたことを─」


『カシュハの右目は、濡れた砂のような左目と比べると色が淡く、星のように赤い色をしているだろう』


「たしかに、そうですね」


王の目を覗き込んで、タタユクが頷く。


『タタユク、おぬしは生まれた時、心臓が悪かったはず。そのことが影響して、生まれながらに左の耳が聞こえず、体も大きくならなかった』


「な─なぜ、そのことを?」


タタユクの肩が揺れて、カシュハの髪を撫でた。王はそれを呆然として受けるしかなかった。


『やはりそうか。だが、この地に来たならば、その身も成長するだろう。ここはその星の故郷だ』


「えっ?」


目を大きく開いたタタユクが不死鳥に問いかけようとする前に、カシュハが響くような声を出した。


「不死鳥よ。彼にも星の欠片があるなら─タタユクが森林の王なのか?」


はっとして、タタユクはカシュハを見た。次いで不死鳥の底のない瞳を、祈るように見つめる。


『今の王も星を宿している。そなたは、その次の王だ』


「まさか……」


『信じられないか?』


「考えたこともありませんでした」


タタユクの顔には喜びが滲んでいる。カシュハはそれを見て、苦々しい気持ちになった。


カシュハにとって、王になるのは決して楽しいことではない。場所に縛られ、立場に縛られ、思想に縛られる。民たちの安寧のためとはいえ、一人の人間がそのような目に遭うことに、カシュハは反抗する気持ちがあった。その気持ちが、こうして彼を旅に出させたのだ。


『ではその時を待つが良い。……カシュハよ』


王が押し黙っていると、不死鳥が彼に近付き、囁いた。


「……なんだ?」


カシュハは、この鳥がいなければよかったのにと思った。タタユクが王などと、彼に知らせないほうがよかった。彼に希望を与えるべきではなかった─その先には生きた地獄があるのだから。


『おぬしは特別だ。それは遣いだからでも、星のかけらを持つものだからでもない。飛び抜けた考えで、この国に変化をもたらした王は、この国の歴史でおぬしだけ』


「……それは……」


では、もしも王ではなければ、私は特別ではなかった? ……とは、聞かなかった。意味のないことだからだ。彼は現にこの国の王で、死ぬまでそれは変わらない。


「…………」


王は顔を伏せた。不死鳥と客人はそれを照れているのだと勘違いして、顔を見ないようにした。


『では我はそろそろ空へ帰ろう。日も沈んできたことだ、おぬしらも今日は休むがいい』


「ええ、そうします」


「……ああ」


二人の返事を聞いたあと、不死鳥は高く飛び上がって、赤い夕暮れの中に消える。


「……カシュハさま?」


黙ったままの王を訝しんで、タタユクが声をかけた。


「……タタユクよ。そなた、王になるつもりか?」


タタユクはぎょっとした。が、すぐに口を引き結んだ。


「それが星の導きならば」


王は、薄く笑った。そして一言、そうか、と呟いて、その場に背から倒れ込んだ。


「カ、カシュハさま?」


「─そなたが王になった姿は、確かに見てみたいかもしれぬな。森林の国の王は、どのような羽織をまとっているのだ?」


「わ……わたくしの国の王は、羽織ではなく、ティーフィーとよばれる頭布を受け継ぎます。美しい金糸のもので、長さは人の二倍ほどもあります」


「金糸か。そなたによく似合うだろうな」


「そ……そうでしょうか?」


「ああ。楽しみだ」


王は目を閉じて口元に笑みを浮かべた。瞼の裏で何を思っているのか、客人には分からなかった。


「─さあ、もう日も沈んでしまった。眠る準備をしよう」


王はそう言っててきぱきと敷き布を広げて、眠る準備を始める。タタユクは王の様子がいつもと違うことに気付きつつも、それを追及しようとはしなかった。




そうして二人は、その暗く、濃い一日を終えた。


そして翌朝には次の遺跡を求めて出発した。


彼らの旅の終わりは、まだ来ない。

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