Wave.1 トップ・オブ・トップ
「何度言えば分かンだ、お前は」
「す、すみません!」
鋭い目で見られて私は焦る。
怖い。この先輩、ほんっとーに怖い!
鬼頭、って名前、そのまんまだ。
スパイキーショートの茶髪で耳に金ピアス。パンクロッカーみたいな厳つい見た目。流石にアルバイト中はピアスは外してるけど。
「適当に謝るンじゃねェ。それよりも覚えろ」
「は、はい」
決して怒鳴られるわけじゃない。でも鋭い目つきから威圧感が凄い。スーパーのこの一角だけ温度下がってる気がする。
ちなみに、今回のお叱りポイントは陳列の間違い。前科二犯なので、ぐうの音も出ませんっ! なんでこんなに似た商品が一杯あるんだよー。でもアルバイトと言えど、仕事はしっかりやらないと。
ミスはミス、お叱りは真正面から受け止めます!
そうこうしてお仕事に精を出し、ようやく休憩、休憩室。
まだ勤務時間の、半分かぁ。
「入りまーす」
声をかけて、ちょっと古いドアを開ける。
「あ」
部屋の端の椅子に鬼頭先輩がいた。スマホを横向きにして、耳にはワイヤレスイヤホン。何か聞いてるのか、それとも動画でも見ているのか。何にせよ、近くには行きたくない。
いやぁ、無料の暖かいお茶が身体に染みるぅ。んー、でも何して過ごそうかな? Wave見ようにもスマホ用イヤホン忘れちゃったんだよなぁ。Web小説でも読もうかな?
『みんな~、来てくれてありがとう!』
『癒しの力をみんなにお届け!』
『キミの隣の仮想の友達、わぁるふぁ、ですっ!』
「ぶはっ!?」
ヤバい! 動画が再生された! 音量を、音量を下げないと!!!
ええと、ええと。
……ええと?
私のスマホ、起動してないや。
電池切れして、うんともすんとも言わない。
え? じゃあ、今のは?
『今日は、歌枠! みんなで盛り上がって、ぃこ~~~っ!』
昨日の歌枠! 歌ってくれた曲全部覚えてる、癒しパワー全力チャージされたんだよなぁ。アーカイブはまだないけど、絶対にリピートするっ。少なくとも十回は!
じゃ、なくて!!
再生してるの、私じゃ無ければ一人しかいないじゃん!
鬼頭先輩も『わぁるふぁ』見てるんだ。
めっちゃ意外。
って、そうじゃない。
音漏れどころか、思いっきり響き渡ってる。
イヤホンの接続ミスってるんだ。
流石に指摘した方が良いよね? ど、同好の士として助けなければっ!
そろりそろりと先輩の下へ。背後に立っても先輩は気付かない。それだけ配信に集中しているって事かな?
「あのぉ」
声をかける。でも反応が無い。そりゃそうだ、両耳にイヤホンしてるんだもん!
先輩は少し首をかしげている。音量が低くて、何でだ? と思っているんだろう。音量がどんどん上げられていく。
「あ、あの!!」
声を張る。でも気付いてもらえない。
肩越しに見える画面では、私の天使が動いて声を発している。
いや、とにかく気付いてもらわねば。こうなったら、直接攻撃だっ! そーっと手を伸ばし、肩をトントンと叩いた。いや、ちょんと突いた、という方が正しいかも。
「ぁン?」
眉間に皺をよせ、首だけで私の方を向く。実に実におっそろしい。私が何か言いたげな事に気付いたようで、左耳に付けていたイヤホンを外した。
「うおッ」
かなりの音量で部屋に響き渡っていた配信に驚いたようだ。
だが慌てる事も無く、音量をゼロにした。
「悪い」
一言。謝罪としては短すぎるが、それよりも私は気になっている事がある。昨日の配信は、まだアーカイブが公開されていないのだ。当然ながらアーカイブが無かったら昨日のライブ配信を今ここで見る事など出来はしない。
『わぁるふぁ』は個人配信者。
超有名なのに運営協力者がいない事で有名なのである。
つまり。
それが示している事は一つだけ。
「わ、わぁる、ふぁ???」
突いた指を震わせながら私は先輩を恐る恐る指す。口から出た弱々しい単語と震える指。先輩の顔に苛立ちとも、諦めとも取れる表情が浮かんだ。
「チッ、しくじったな」
頭を乱暴に搔きながら、手にしていたスマホを机に放りだした。その画面では、わぁるふぁが一曲目を無音の中で歌い出そうとしている。先輩は私に向き直り、しっかりと目を見た。
そして口を開く。
「その通りだ。オレが『わぁるふぁ』だ」