表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

林檎と春とハロルドと

頭空っぽにしてお気楽に読んで頂けますようお願いいたします。

 魔力がなければ人にあらずと言われた時代から数百年。


 いつの頃からか魔力持ちが減っていき、人々は魔法の代替となりえる科学技術に目を向けた。今や魔法は時代遅れのものとされつつある。


 そんな科学が台頭し魔法がすたれつつある世界の話である。


 ◇ ◇ ◇

 長らく女王陛下が統治するブラトー王国首都セントル。


 官庁街の外れにある古びた塔に魔法庁はある。


 魔法庁には気まぐれな長官を筆頭に研究と称して部屋に引きこもる変わり者か年輩者ばかり。魔力持ちが激減した今、お荷物庁と呼ばれる所以である。


 数少ない魔法庁の若手達が実務に、時には治安維持を担当する第三師団への協力に駆り出されている。



 その魔法庁の一角で、一人の青年が同僚に必死で頼み込んでいた。


「お願い!トマスくん、僕と一緒に来てよ!」


 黄緑髪の童顔の青年が机に両手をだん!とつけて言った。


「あ?」


 大量の書類の山から、目つき悪く見上げるのは薄茶色の髪をした青年だ。窓から入る春の光を浴びて髪がきらきらと白く光り、これまた薄い茶色の瞳が薄い琥珀色に見える。トマスと呼ばれた青年はトマス  レーンという。


――魔法庁に入って数年


二十代半ばにして目の下に隈が目立ち隠しきれない疲れが漂っている。社畜ならぬ女王陛下の下僕っぷりが板についているトマスはさっくり断った。


「あのさ……俺、忙しいんだけど」


 ハロルドは改めて懇願する。


「あれはトマスくんじゃないと無理だよ〜。パーシバルさんだってやられたんだから〜」

「なに!?」


 トマスの顔色が変わった。相棒は目下入院中。その分の仕事が回ってきて繁忙期を抜けたというのに残業の毎日だ。


「おい。俺の仕事を増やした犯人はお前か!ハロルド!」


(やばい、トマスくん怒ってるよ~)

 ハロルドはだらだらと冷や汗を流す。


「だって……僕らの中で一番戦闘力があるパーシバルさんが出張れば一発で解決すると思ったんだよ〜。まさかパーシバルさんが化け物に負けるなんて…」

「ああ、()()第三師団案件か。」


 ここ数年、第三師団の未解決案件、殊に科学捜査で解決できない案件は魔法庁本部直轄企画部に協力を要請されている。ハロルドとパーシバルが関わった案件もそういった事件の一つであった。


 パーシバルはセントルの住宅街カムデンウッドで首無し騎士の化け物と戦いあばらや足の骨を折る大怪我をしたのだ。


 化け物には拳銃が効かず、身体強化に特化した彼が持ち前の膂力で倒しても倒しても起き上がり襲ってきた。ついに力尽きて気絶した相棒をハロルドが軍の病院に運んだという。


「ふ〜ん。あの身体強化お化けのパーシーがやられるとはね。まるで()()()の様だな」


 肩肘をつきながら新人時代の事件を振り返るトマスにハロルドは必死になって頼みこむ。


「とにかくお願い!魔力が見える君に()()欲しいんだよ。いざとなれば僕が運ぶから!お願いします。トマス レーン様!」


 トマスがにやりと笑った。その凶悪な笑顔は相棒そっくりだ。


「なら」

 と、書類の山を指差すトマス。

「これが片付くまで仕事手伝えよ、ハロルド スカイウォーカー」 

「う…わかったよ。どこでも行きます。どこでも()()ます。使い走りなら任せて」


 そういう事になった。


 ◇◇◇


 2日後、魔導庁の前に第三師団の車が送迎にきていた。


 トマスはコートの上に薄手のネイビーのストールを羽織っている。

 春とは言え、セントルはまだ肌寒い。トマスだけに見える、白い浄化の魔力が事務仕事の疲れを癒してくれる気がして。トマスはそっとストールの表面を撫でた。


「へぇ」

 ハロルドが意味深な視線を送る。

「なんだよ、ハロルド」

「それ、手作りだね。編み方も凝っている」

 ニヤニヤとハロルドが笑っている。

「あ?何が言いたいんだ?」

「トマスくんもすみがおけないなぁ」

「さっきから何言ってんだ、お前。昔、縁があった方からの贈り物だよ」

「ふ〜ん」

 うざ絡みする同僚にトマスはいらっときた。

「ハロルド、お前…。俺は行かなくても良いんだぞ」


 そう言ってやるとハロルドが手を振って慌てだした。


「いやいやいや。悪かったよ、トマス。そいや、トマスくん。髪の色が薄くなったね〜。なかなかイケてない?」

「え?ああ。最近忙しかったから忘れてたわ」


 弾指一つ。たちまちトマスの茶髪は濃い目立たない茶色になり、一気に存在感が無い地味な男に変わった。


「本当に目立たないのが好きだねえ」

 陽キャなハロルドは信じられないという目でみるが、トマスはお構い無し。

「子どもの頃からの癖だからな。目立つとろくな事ないし。俺たちの上司見てればわかるだろ?」

「確かに。美形過ぎると苦労するよな」


 余談になるが。

 しばらくトマスの使い走りをさせられたハロルドは、行く先々で魔法庁から茶髪のイケメンが消えた!と嘆く省庁の女子たちから「貴方が犯人ね!」と詰められ塩対応される事になる。


「ハロルドくん。働く女子にはね、推しが必要なのよ。姿を見るだけで癒されるのよ。それをあなたは…」

 と目が座った財務のお姉様方に嘆かれ。

「貴重な魔法庁の推しが!銀髪は大抵いないし灰色は入院中な今、唯一間近で見られる推しが!」

 と第三師団の事務の子に泣かれ。

「ハロルドくん、私達の癒しを返して~っ」

 と法務の女子達にチクチク言われるのは別の話。


 ◇


 第三師団の車には第三師団バリー クロフォードが同乗していた。真面目な感じの二十代後半の水色の頭をした若者だ。トマスが長らく世話になったゴードン ファルコナーの部下だと言う。

「いつもファルコナー大佐からお話を伺ってます。」

「いいよ、いいよ。そんなにかしこまらなくて。長い付き合いになると思う。こちらこそよろしく」


(ファルコナーのおっさんも大佐かあ。出世したよなあ)

 魔法省と第三師団との橋渡し役であるファルコナーとはトマスが子どもの頃からの付き合いである。


 そうして三人でカムデンウッドへ向かった。


(車の送迎か。第三師団も相当手を焼いてるな。しかし今日の車は薄紅色の魔力が巡っているな、珍しいね)

 車の中で魔力を見るのがトマスの密かな楽しみだったりする。コークスと呼ばれる燃料の質によって魔力の色が変わるのだ。



 ◇


 市街から少し離れた閑静な住宅街カムデンウッド。元々果樹園だった土地を開発した名残で、所々に林檎の樹が植えられている。


「まずは現場の話を聞こうか」


 トマスは少しご機嫌だ。


「え?化け物退治じゃないの?トマスくん」


「いやいや。現場百回とか第三師団では言うだろ?ねえ?」


 バリーも「その通りです。住民の方の理解と協力も大事ですので」と重々しく頷いている。


 トマスは魔法庁にいた時とは別人の様ににこにこと愛想良く近隣の住民から話をききだしている。


 はじめの異変は昨年の秋。獣害が出始めたのだと言う。


 林檎を植えている家では、毎年、お裾分けとして自宅前に木箱に収穫した林檎を入れ置いておくのが習わしだが。それが尽く獣に食べられたという。


 ある年配の老人は

「マッキントッシュさんの所が酷かった。毎年、あそこの林檎でジャムを作るのを楽しみにしているのに残念だよ」と肩を落とす。


 そして化物が出没しだしたのは昨年の冬から。ここ数週間は頻繁に出るという。


 あるご婦人は

「痩せてボロボロの服を着た小さな男の子が『おなか空いたよ…ひもじいよ』って蹲って泣いていたの。近づいたらね。男の子の姿が突然消えてしまって。気がついたらせっかく買ってきた肉や果物がバスケットごと無くなってしまって…」

 と嘆いた。後日、バスケットは道端のベンチにきちんと置かれていたそうだ。


 ある年輩の紳士は

「釣りの帰りにこの通りに入ったんだ。そうしたら、まだ夕方なのに辺りが暗くなってね。おどろおどろしい声がしたんだ。『置いてけ、置いてけ~。魚を置いてけ~』ってずっと耳元から聞こえるんだよ。すっかり怖くなってせっかくの獲物を置いて走って逃げたよ。大物の鱒だったのにな…」

 と頭をかいて苦笑いをする。



 犬を連れた少年は

「ジョンと散歩してたら大きな白い布が現れたんだ。捲っても捲ってもずっと続いて出られなくなってね。そしたらジョンが突然吠え出して。『ひゃっ』て声がして元の道に戻ったんだよ!」

 と嬉しそうに語る。



 そして皆、口を揃えて言う。


「「「マッキントッシュさんの邸の前で遭った(んだ)(のよ)」」」



 ◇ ◇ ◇


 マッキントッシュ邸はカムデンウッドの奥まった所にあった。屋敷の入口の傍に林檎の大木がおおきく枝を広げ満開の花を咲かせている。


「へえ、これは見事な林檎の木だ」


(木全体から若葉色の癒しの魔力がでていてとても綺麗だ)

 トマスは金色に見える目を輝かせて感嘆している。ついでに周囲を見渡すが癒しの魔力以外は見えない。()()()()特有の黒い物は欠片も見当たらない。


「確かにね。老木なのに見事な花を咲かせているね」

「絶景ですな」

 残る二人も頷いている。


 一番被害を受けているマッキントッシュ氏に話を聞く事になった。



 魔法庁の役人と聞いて胡乱な目をしていたマッキントッシュ氏だが。トマスが林檎の木を褒めると老人は直ぐに心を開き、自宅に招いてくれた。


「あの林檎の木は代々我が家で育ててきたファミリーツリーなのですよ。うちの林檎を食べると病気知らずだと近所でも評判で」

 とかつて果樹園を営み、代々カムデンウッドの地主をしていたという老人は誇らしげだ。

「第三師団はたかが獣害と言いますがな。市民の財産の被害を軽視するとは。全くもって不愉快だ」

 とバリーをひと睨み。バリーは首をすくめた。

「近隣の者は我が家の林檎を楽しみにしているのですよ。民が快適に暮らす為にも、事件を一刻も早く解決して頂きたいものです」

 老人の話は止まらない。

「アナグマじゃないかって?噛み跡はアナグマではないですな。罠を仕掛けても捕まらなくて。それで今度は化け物騒ぎですよ」

「まあ、魔法庁の方が来てくれて良かった。だが今回は大丈夫かね?」

 ハロルドがすかさず応えた。

「はい。先日は失敗してしまいましたが、今回は大丈夫です。こいつ、こう見えて特別な目をしているんで!」

『ハロルド、余計な事言うなよ!』

 とトマスが注意したがもう遅い。


 マッキントッシュ氏に今晩は騒がしくなるかもしれないと伝えると、快諾してくれた。


 ◼️◼️◼️


 日は落ち、辺りは暗くなる。

 化け物が現れるという時間帯まであと少しだ。

「トマスくん。本当に何も見えないの?」

「ん。魔力はないな。()()()()もいない」

 あっさりと断言された。


「すみません、余計な物って何ですか?」

 訝しげに質問するバリ―。

「ああ、俺の目は少々ポンコツでね。魔力だけじゃなくてこの世にいない物まで見えるんですよ」

 死んだ魚の目をして答えるトマス。

「つまり幽霊ですか?」

 静かに茶髪の青年は頷く。


(仕事柄、死体は見てきたが。あれがそこら中で見えるとしたら、俺なら耐えられないな)

バリーは同情に満ちた眼差しでトマスをいたわった。

「それは……大変ですね」

「まあ、ようやくオンオフがコントロールができる様になってね。昔よりは楽にはなったかな」

 苦笑いするトマスに、バリーは色々と苦労したらしいと察した。


「でもさ、どうやって化物を見つけるんだい?」

 ハロルドの質問をよそに同僚は考えこんでいる。


「癒しの魔力だけでは維持できない……なら。これで釣れるか……」


 トマスはぶつぶつと呟いた後、ニヤリと笑う。


「うん、ハロルド。おまえ、囮な」

 と言ってストールの内側から香ばしい匂いのする包みを渡した。

「ええ~。僕、パーシバルさんみたいに戦えないよ~」

「元々、おまえの案件だろ?離れて俺たちは待機しているから。」

「うう、それを言われると。わかったよう」

「待っている間にそれ食っていいぞ」

「ありがと。昼飯抜いてたから助かる。でも僕、戦闘はむりだよ?」

「大丈夫!何かあってもお前なら()()()逃げられるって!」

 ハロルドは転移魔法を得意としている。いざとなればパーシバルを運んだように離脱できるだろう。


 魔力が見えるトマスはバリーと離れた所で待機となった。



 マッキントッシュ邸の前をハロルドは揚げた魚とポテトの包みを持って歩いている。


 辺りには住宅地には似合わない香ばしい匂いが漂う。


「あ、これ。フィッシャーの店のフィッシュアンドチップスだ。トマスくんは良いよな。収納魔法が使えて」


 トマスからは逆に転移魔法を使えていいなと思われているとはハロルドは知らない。手持ち無沙汰なまま、包みからフライドポテトをつまみだして食べるハロルド。


「う~ん、揚げたてのままだ。ホクホクで塩加減もさいっこう!エールが欲しくなるな~」


 そこへ。黒い影が飛び出してきた、とハロルドが思った時。視界が暗転した。




 カチャッカチャッ……

 暗闇の中、金属の擦れる音がする。


「え、いつの間に」


 目の前には、あのパーシバルを倒した首無し騎士がいた。


「やばっ。トマスくんは?」


 辺りを見回しても周囲は暗闇。トマス達の姿が見つからない。騎士はハロルドに向けて剣を構えていた。


「僕じゃ倒すのは無理だ、一旦、()()()


 ハロルドは駆け出して転移魔術を展開した。発動した感覚はあったが飛んだ先は暗闇のままだった。


「え?これ、どうなってるんだ?」


 ハロルドが辺りを見回していると。目の前に経理のこわいお姉様、メアリーが現れた。


「ええ?どうして、メアリーさんがここに?」


 メアリーはおもむろに書類を取り出してハロルドを一喝した。


「ハロルドさん、この申請書は何?数字が間違いだらけじゃない!」

「え?この間の出張の経費申請ですか?」


 お姉様のあまりの剣幕にハロルドはたじたじだ。


「そもそも、この交通費は何なの?どこでも転移できる貴方なら交通費自体かからないはずでしょ!」

「え、でも……初めての場所には転移は無理ですよ。後、これは魔力が切れた時に使って…」

「だまらっしゃい!」

(どうしよう、このまま経費が落ちないとトマス君達に迷惑が)

 しどろもどろに対応するハロルドだが。メアリーに容赦なく問いつめられて気がつけば跪いて許しを乞うていた。


「すみません、お願いです。メアリーさん、なんとかしてください」


 するとメアリーは眼鏡をキラリと光らせて言った。


「そうね。ハロルドくんが持っているその袋をくれたら考えてあげる」

「え?」


 そういえば。ハロルドは無意識に抱えていたフィッシュアンドチップスに目を向ける。


『それを、よこせ……』

「ええ?」

 急にメアリーの声が男の低い声に変わった。ハロルドが視線を戻すと、なんとメアリーが首無し騎士に変わっている。騎士は鋭い剣先をハロルドの首に突きつける。

『その包みを寄越すのだ…』

「うわ~!?」


 絶叫するハロルドにトマスの声がかかった。


「そこまでだ!」

「キャンッ」


 パリーンと何かが割れる音がして視界が明るくなった。


 気がつくと、ハロルドはカムデンウッドに戻っていて。トマスがストールで何かを捕まえていたのであった。


 ◇


 一方。トマスはバリーと一緒に離れた所からハロルドを見ていた。


「トマスさん、出てきますかね?」

 トマスは気楽に言う。

「相手は飢えている。これだけ匂えばでてくるんじゃないかな?」


 通りには高級住宅地にあるまじきチープな油の匂いが漂っている。


「あっ、出た」


 トマスが示す先に、小さな犬の様なアナグマの様な毛玉がとことことやってくる。


「あれが化物ですか?」

(ファルコナー大佐から魔法庁の魔力持ちと行動すると常識外の事が起こりまくると聞いてはいたが。どう見てもただの獣じゃないか)

 これまで魔法とは無縁だったバリーには信じられない。


「ああ、魔力持ちだ。何らかの力を持っているんだろう。今、魔法を飛ばした」


 トマスからは紫色の魔力を纏う毛玉がハロルドに向かって勢いよく紫色の魔力を飛ばしたのが見えている。紫の魔力がハロルドの頭を包みこんでいった。


 それでもバリーには毛玉がハロルドの前に立ちふさがり、じっとハロルドを見つめているようにしか見えない。が。ハロルドの様子がおかしくなった。


「ハロルドさん。一体、何をしているんだ」


 ハロルドは同じ所をぐるぐる回って逃げ出したり、転移をしているのか何度か姿が消えるがまた元の所に姿が現れる。ついには跪いて必死に謝りはじめた。


 毛玉がまたハロルドの頭に向かって紫の魔力を飛ばすのがトマスには見えた。


(ふ~ん、状況異常にかかった俺たちってこんな感じだったんだな。こうやって魔力を飛ばしてたんだ)


 新人の時の失敗を苦く思い出しながらトマスはバリーに淡々と言った。


「状況異常にかかってますね。多分、僕らの事は見えていない」

「まさか、銃が効かなかったのは」

「撃っているつもりで引き金を引いてなかったんじゃないかな……ちょっと行ってくるよ」


 バリーが隣のトマスの気配が消えたと思った次の瞬間、トマスは毛玉を捕まえていた。


 ◇


 トマスがストールで包む様に捕まえたのは、小さな犬位の獣だった。栄養状態が良くないのか痩せてあちこち毛が抜けている。


 トマスは鼻先が長い犬の様な、狐の様に毛がふさふさした獣の目を見て言った。


「話がしたい。僕らに魔法をかけてくれないかな?」



 ◇ ◇ ◇



 男達と一匹が林檎の花の下、丸いテーブルを囲み異国でシードルとも言われるアップルサイダーとアップルブランデーを酌み交わし酒盛りをしている。


 林檎の花は今が満開。ほんのりと甘く爽やかな林檎の香りを漂わせている。

 トマスが出した魔道灯の光がその美しさを引き立たせた。


 事件が解決したお礼とお祝いにとマッキントッシュ氏に振る舞われるアップルサイダーはその芳醇な香りと程よく回る酔いが日頃、長時間労働をしている男達の疲れを癒した。後味がすっきりするアップルブランデーは日頃の憂さを晴らしてくれた。



「アタクシは日ノ本という国の先祖代々、由緒正しい化け狸でして」


 東洋風の、ガウンの様に前で襟を重ね合わせる服をきた黒髪の男の子が椅子の上にきちんと膝を下にたたみ背筋を伸ばして話をしている。


「ヒノモトの化けダヌキ?」

「アタクシ、本性は狸でございます。先祖は日ノ本のある名刹、こちらでは教会と言うんですか?お堂建替えの寄進を集めた立派な狸で御座いました」


 聞けば、寺の者に助けて貰った恩義で僧侶に化けて寄付を集めたと言う。なんだか律儀な生き物だな、とトマスは思った。名前はヒロだと言う。


「こちらから日ノ本にいらした奥方様はアタクシをヒロと呼んでくださいました。河原で怪我をしたアタクシを見つけて、不思議なお力で癒してくださった方でございます」


(ブラトーからきた女性で癒しの力を持つ人ねえ)


 トマスが思い当たるのは一人しかいない。


『しかし、こうして見ると人間にしか見えないな』

『な』

『本当に。話も通じますしね。未だに信じられない』


 少し痩せて目が窪んで隈ができているがどうみても人の子どもだ。


「へえ。で、なんだってヒノモトからブラトーに来たんだい?」

「実は…おっ母が病にかかって」

「病気に?」

 ヒロは半泣きでうつむいた。

「おっ母、お腹に子どもが出来てから調子が悪くて……」

「アタクシを助けて頂いた奥方様に治して頂こうとお願いに来たのですが。ブラトーがこんなに遠い異国とは知りませんでした」


 船に乗ってきたはいいが、恩人と会えず。セントルをさ迷うも人や犬に追いやられていき、カムデンウッドに迷い込んだのだという。


「こちらの通りには家の前に果物が入った木箱が幾つも置いてありまして。おかげ様で生命を繋いでこれました」

「母親の為にねえ。はるばるヒノモトからね。まだ小さいのにたいしたもんだ」


 マッキントッシュ氏も感心して聞いている。ちなみに彼はヒロが異国から来た気の毒な男の子だと信じている。


「あいや、ご主人。本当にありがとう存じます。こちらの木は大変に良い気を持っていまして。こうしてアタクシが生き長らえたのもこの木の実のおかげでございます」


 と深々とお辞儀をする。


「しかし、木の実が無くなってからは飢えをしのぐ為とはいえ大変なご迷惑を」


聞けば冬に食べ物を得るために状況異常魔法で惑わしていたと言う。


「アタクシ、相手の苦手な物、怖い物を見つけるのが得意でございまして」


平身低頭で謝るヒロ。


「君も苦労したんだね。林檎で長らえたとはいえ、さぞお腹が空いているだろう。さあさあ遠慮せずにお食べ」


 すっかり同情した老人は汚れているからと家に上がる事を律儀に遠慮するヒロを気に入ったようだ。


 ヒロにはアップルサイダーのお湯割りと共にローストビーフのサンドイッチや林檎ジャムを載せたスコーンやらを振る舞っている。


『トマスくん』

『なんだ?』

『マッキントッシュさんに本当の事を言わなくてよいの?』

 トマスは面倒くさそうに返した。

『お前、わざわざ知りたいか?ヒロが人間じゃなくて、獣が変身した姿だって』

 バリーも頷く。

『そうですよ、ハロルドさん。あまりあからさまにすると教会を巻き込んだ騒ぎになりますよ』

 大昔に異端審問で魔力持ちを減らした教会とは第三師団も魔法庁も関わりたくないのだ。

『そうそう。何事も穏便が一番。良かった、バリーさんは話が解る方のようだ』

『トマスさんも現状をご理解頂いているようでなにより。現場としては助かります』


 バリーも何かと苦労しているのだろう。苦労人二人が分かりあえた瞬間である。二人はにっと笑ってどちらともなく握手をした。


「ご主人、お礼にお見せしましょう。これがアタクシの故郷でございます」


 ヒロが手を振ると。


麗らかな光が差し、ヒバリの声が聞こえだした。周りは薄紅色の花を咲かせた木々が並び、風にそよぎ花びらが舞っている。丘の下には丈の高い黄色い花が小川まで一面に咲き。小川は薄紅色の花びらを乗せて流れていく。川向こうには藁葺屋根の家が数件。水を張った畑には緑色の苗が風に靡いている。


「なんと美しい所なんだ。ヒノモトという国は」


 マッキントッシュ氏は感嘆した。


「見事なもんだねえ、これも魔法かい?」


 ハロルドが複雑な顔をするが、余計な事を言う前にトマスがすかさず応える。


「そうですよ。見事な幻覚魔法です。ヒロは有望な魔力持ちの少年です」


 そうして、お腹いっぱい食べて飲んだヒロがうとうととしだし、魔法庁で「魔力持ちの少年」を保護すると言って辞去するまで。


 マッキントッシュ邸では細やかな花見の会が開かれたという。


◇ ◇ ◇


「ああ、早く日の本に帰りたい。おっ母、どうしているんだろ…」

 そう言って眠り込んだヒロを抱えたトマスとハロルドはバリーと別れ、魔法庁長官の屋敷兼トマスの実家へ転移した。


「あら、トマスさん。久しぶり」

 玄関ポーチで出迎えたのは黒髪の美女だった。一瞬、誰だか分からなかったトマスだが。


「ヤマダさん、また様子が変わって」

「そうなのよ~、足腰の痛みが無くなって、身体がすっかり楽に動くようになったわ~」


 美女はコロコロと笑う。魔力が強くなるほど様子が変わる長官の秘書兼家政婦のヤマダさん。トマスはヤマダから見える二種類の魔力――金が混じる若葉色のヤマダの魔力と白……からそっと目を反らす。


 世の中には知らなくてよいものは沢山あるのだ。


 困惑するトマスをよそにハロルドは美女に見惚れている。


「うわ、めっちゃタイプ…」


 そこへ、ふっと強い白金の魔力が現れた。


「ミツ、お客様かい?」

 ヤマダの後ろに銀髪の美形が立っていた。ヘンリー マーリン アディントン魔法庁長官である。

(おお、ついに呼び捨て……)


 どうやら養い親の想いは実ったようだ。長い事じれじれもだもだやっていたのを歯がゆい思いで見ていたトマスには喜ばしい事だ。


「ヘンリーさん、実は……」

 と状況を説明しようとしたトマスを遮るようにハロルドがヤマダに微笑みかけて手を差し出した。


「麗しいレディ、名前を教えていただけますか。あなたは一瞬で私の心を拐ってしまいました」

「は?」

『ハロルド、止めろ!ヘンリーさんに殺されるぞっ』


 慌ててハロルドの口を塞ごうとするが、もう遅い。白金の魔力がハロルドにのしかかっていて、ハロルドの顔は真っ青だ。



(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。強い魔法使い程、嫉妬深さが半端ないんだよ)

「美人な幽霊と美人な魔力持ちは気をつけろ」という教訓が嫌と言うほど染みついているトマスはめちゃくちゃ焦った。


 その時。トマスの懐から飛び出した影が茶髪の子どもの姿になった。


「奥方様!その節はお世話になりました。ヒロでございます」


 お辞儀をする六歳ぐらいの子ども。

 ヤマダさんは白い指を頬に当てて目を細めた。


「あら、貴方もしかして。ヒノモトにいた狸さん?」

「そうです!アタクシでございます」


 ヘンリーとヤマダは懐かしそうに笑った。


「それにしても。見事な変化ね。小さな時のトマスさん、そっくり」

「理性を無くした魔獣ではない。人ならざる身でここまで状況異常魔法と変身魔法を使いこなすとは。長く生きていてもまだまだ世界は広いね。相手の記憶を読み取っているのかい?」


 ヘンリーは別人の様ににこにこして子どもトマスの髪を撫で回した。


「やあ,触り心地までそっくりだ。懐かしいな~、小さい頃のトマスくんだよ。可愛いな~」

 笑顔で見合わせる二人は夫婦のようだ。

「ええ、小さなトマスさんが戻ってきたようだわ」


 ほのぼのと子どもトマスを見る二人。いたたまれないのは大人のトマスである。隣に同僚いるし。


「トマス君って本当に長官の養い子だったんだね……しかもめちゃくちゃ可愛がられてたんだ」

「まあ、子どもの内はな」


 ぽりぽりと頬をかく。

 確かに、昔はこういう時があった。


 トマスが大人になった途端に、ヘンリーが牽制する様になったけど。野生の狐か何かかな?これだから魔法使いは。


 ヒロがいきさつを話してくれて、一気に話が進んだ。


「ヘンリー、私ちょっとヒノモトに行ってくるわ。この子を故郷に連れて行かないと。それに、この子のお母さんはきっと魔力枯渇になっているわ、早く行ってあげなければ」

(お、こちらも呼び捨て……)


 関係の進展がトマスには感慨深い。この調子なら年の離れた弟妹ができる日も遠くはないのかもしれない。


「待って、ミツ。私も一緒に行くよ。魔力枯渇なら私も手伝えるだろう。それに、君に何かあると困るからね」


 そうしてトマス達へ振り返り微笑む魔法使い。しかし、その金色の目は笑っていなかった。


 ここは空気を読まなければ。


 トマスとハロルド、二人の心は一つになった。


「はい。アディントン長官、どうぞ留守は我々にお任せください。大船に乗ったつもりでどうぞ、どうぞ」


 ぴしっと気をつけをして必死に言うハロルド。


「そうそう。繁忙期も過ぎたし少しぐらい長官がご不在でも大丈夫ですよ。お二人水入らずでどうぞ、ごゆっくり〜」


 にっこり笑って手を振るトマス。すれ違い様にこっそり「ヘンリーさん、おめでとう」と呟いて、養い親を赤面させてやった。



『ありがとうございます』

 口パクでお礼を言う小さなトマスが笑って手を振り、お辞儀をした。




 ◇ ◇


 挨拶もそこそこに邸の外に飛んだ二人はぐったりと疲れ果てていた。


「「あ〜、おっかね〜!!」」

「トマスくん、何あれ?なんなの?アディントン長官ってあんな人だった?」


 ハロルドはいつも飄々としたヘンリーの豹変ぶりに混乱している。


 トマスはため息をついた。


「ああ、あの人。ヤマダさん絡みにはああなるんだよ。仲が進んだようで何よりなんだがな」


 ハロルドが少し気の毒そうにトマスを見ている。


「トマスくん、だから実家に戻らないのか。でも綺麗な人だったな〜、ヤマダさん」

「ヘンリーさんの長年の想い人だからな。変な目で見るとやられるぞ?マジで」


 ハロルドは残念そうだ。

「ああ。生命は惜しいからな。残念だけど」

 と彼には珍しく悄気ている。


 トマスは春の夜の空気を思い切り吸い込んで伸びをした。今回は幽霊やレイスや怨霊が出てこない案件で良かった、しみじみと思う。


「あ~あ、事件は解決したけど。これで残業生活延長だな。ハロルド、手伝えよ?」

「わかってるよ、トマスくん」


 二人は苦笑した。


「まったく呑まないとやってられないや」

「そうだね、事件の解決と長官の春が来たお祝いに飲もうか」

「そうだな、それとハロルドの失恋残念会だな。あ、お前のおごりな」

「え~っ」

「サイダーもいいけどさ。こう花冷えの夜は、俺はワッセイル(ホットアップルサイダー)の方がいいな」


 ワッセイルとは、シナモンやオレンジピール、ナツメグ、クローブを温めたアップルサイダーである。


「ワッセイル?普通、ホットアップルサイダーって言わない?」


 トマスが苦笑する。

「それがさ。ヘンリーさん、長官がワッセイルだと言い張るんだよ」


 ハロルドがしみじみと言う。


「こういうの聞くと、長官って結構なお爺さんだって思うね」

「だろ?古語だよ、古語。見かけは若いけどな。こういう所でジェネレーションギャップって出るよな」


 見かけ通りにいかないのが魔力持ち、魔法使いだ。


「魔法使いあるあるだね。魔力が強い魔法使い程、長生きだから」

「まったくだよ。魔力が強くて長生きな分、執着もひどいからな」

「周りを巻き込むのはほどほどにしてほしいよな」


 二人は爆笑した。


「さっ、街に降りて飲み直そうぜ?」


 さっと、どこからか花びらが舞っていく。


「春だなあ……」


 トマスはストールを知らず撫ぜる。一応、清浄魔法をかけたがまだ浄化の魔法は残っている。なんだかあの子に会いたくなってきた。


 浄化の魔力を持つあの子。年も離れているし、何より身分差がある。それでも。お礼をする位は許されるだろうか。


 月を見上げて考え込むトマスの頭に月の光が差し、髪を銀色に輝かせる。


「トマスく~ん」


 ハロルドの呼び掛けに応える。


「おう、今行く。ハロルド、街まで飛んでくれよ!」


 月光の下、二人の姿がフッと消えた。それを見た酔っぱらいが幽霊だ!と騒いだのはまた別の話。



最後までお読みする頂きありがとうございます。


この話のトマスは「結婚が嫌で色々条件をだしたら、こうなりました」の第6話に出てくる男の子と同一人物です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
世界観も二人の掛け合いも素敵でした たぬきも可愛い
世界観の全容を知りませんけど楽しく読ませていただきました。 いやぁ、知り合いに見鬼の類の能力を持つ方がいるとこういう怪異事件を相手にするとき心強いですね。 でもってタヌキくんのまさかの来訪理由! 滞…
トマス、ハロルドをはじめ、登場人物たちが個性豊かで、展開もテンポ良く、とても面白かったです。 林檎の花を見ながらのアップルダイザー、いいですね。ヒロは和な感じなのも印象的でした。パーシバルさんは、元気…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ