決意
「いやあああ!!!」
「桜さん、桜さん!しっかりして!死なないで!」
梅宮桜が血を流して倒れている。彼女は鈴蘭がこの世界に来てからの親友だった。
「すず…らっ…ごほっごほっ…はぁ…いい?よく聞いて…ここから南に2里歩いた所に光のアーチがあるわ。それを潜れば、あなたは元の世界に帰れる…早く行きなさい。私なら大丈夫だから。」
「いや…誰かを犠牲にして帰るくらいなら帰りたくなんてないよ…」
そういって泣きじゃくる鈴蘭。
「大丈夫。私金の傷はあなたがアーチを潜った時点で消えるわ。梅宮の家の金珠之神が出した試練がこれなの。私を見捨てれば、いいの。振り返ってはなわないわ。勿論、戻って来てもいけないわ。大丈夫だから…行きなさい!!!」
「ほんと…?ほんとに消える…?」
「ええ……」
「じゃあね…行くね…。」
「うん。」
「ばいばい…」
そういって鈴蘭は南に向かって走り出した。
「本当に良いのか…梅宮家現当主 梅宮桜よ…確かにお前の命を我に捧げれば、あの娘を元の世界に戻すどころか、あの娘の病を治すこともできる。しかし、それではお前の命が…」
金珠之神は言った。
「いいのよ…金珠之神。私も病で長い身ではないから…。」
「そうか。では先代達の審査を受けろ。お前が我の中に入るのに相応しいか、否か…」
「はい…」
そういうと桜の視界が暗転し、体がぐるぐると回りながら落ちていく感覚に襲われ、そして地面に落ちた。
「ん……」
「気がついたか。我らが同志になる者よ、梅宮家二十四代目当主梅宮桜よ。」
初代梅宮家当主は言った。
「あなた方は…?あっ、お爺様!もしかして…先代の方達?」
そう言った桜の目の前には左右ニ列に並ぶ二十二人の先代当主達とその列の一番奥の中央に座る初代がいた。
「そうじゃよ、桜。儂らは先代当主じゃ。」
祖父は言った。そして上座にある椅子に座っている初代の方を向いた。
「我の方へ来い。桜。そなたが我らと同じ金珠之神の化身となる覚悟を見せてみよ。」
初代は言った。桜は小走りで初代の方へ行った。初代の前まで桜が行くと初代は椅子から立ち上がり、桜の額に右手の人差し指をあてた。すると急に桜の脳の中に声と映像が入ってきた。
「き…きゃあああ!!!皆、逃げてっ!」
「若奥様!若奥様こそお逃げ下さい!お館様が殺された今、若奥様と姫様だけが私達の…花宮家の希望です。使用人で何とか夜盗の気を引きつけている間に姫様とご一緒にお逃げ下さい!!!」
「あの方が、重信様が殺されたの!それなら私も一緒に…。あなた、桜をお願いね。」
「なりませぬ!若奥様!」
しかし使用人の制止の声を振り切って桜の母親(と思われる)人は走って行ってしまった。
「ああ…若奥様。こうなったら、桜様だけでも…」
そして侍女(と思われる)は屋敷から逃げ出した。
「はあ…はあはあっ…ここまでくれば追っ手ももう来ないでしょう。もう安心ですよ、姫様。大丈夫ですからね…若奥様…どうかご無事で。」
「あ~」
桜(と思われる赤ん坊)は何もわからないようにただころころと笑っているだけだった。
その頃の花宮家
「お館様も若奥様も…全員殺されていますね。博文様?」
古参の使用人の一人が言った。
「うむ…そうじゃのう…。しかも姫君である桜様は行方不明ときている。どうしたものかのう?」
桜の祖父である博文が言った。
「大変ですっ!」
若い、十八位の少年が走って来た。
「どうかしたのか?」
古参の使用人が言った。
「はっ!花宮桜様が侍女に連れられて梅宮家本宅にお越しになられました。」
「ご無事だったのか!」
「はい。念のため、侍女頭が右腕にある花の形の痣を確認いたしました。博文様には至急本宅にお戻り頂きたいとのことです。」
「わかった。すぐに戻ろう。」
「馬は用意してあります。」
少年の言葉をを合図にしたかのように博文は自宅へ向かった。
梅宮家本宅に博文が到着した。
「して…どうしたのじゃ?花宮家のあの状況は?話してみよ。」
「はい。実は昨晩、突然夜盗に襲われまして……」
と侍女は事の経緯を話した。
「…と言う事があったのです。」
「そうか…それでは桜姫もそなたも辛いだろう。幸か不幸か私には子がない。それに花宮家には長年の恩がある。私が桜姫と養子縁組を結び、桜姫を我が梅宮家の後継者として育てよう。そなたは桜姫付きの侍女としてここで働くがよい。」
「本当ですか…。ありがとうございます。ところであの…若奥様は…?」
博文は首を横にふった。
「そうですか。桜様が生きていて下さったのが、せめてもの救いですね…。」
「全くだ。」
「桜様がある程度の御年になるまでこのことは内密にお願いします。そうでないときっと桜様がおつらいです。」
「そうだな。」
映像も音もここで途切れた。
「何?今の…。」
桜は恐る恐る祖父の顔を見た。
「今、お前が初代に見せられたものは全て真実じゃよ、桜。」
「そんな…何で?」
「見たとおりじゃ。お前の両親は夜盗に殺され、それを哀れに思った儂がお前を引き取った。」
「それはわかるよ。でも何で死んじゃう前に教えてくれなかったのですか、お爺様…。」
「それはすまないと思っている。しかし実子として通してきたので今、養子だとばらしたら、他の貴族からの風当たりが強くなるのではないかと心配だったのだ。」
「そうですか…。わかりました。お爺様。話して下さり、ありがとうございました。」
初代は言った。
「桜、お前は梅宮の者でないとわかってもまだ金珠之神の化身になりたいか。」
「はい。なりたいです。なって…友達の病気を治してあげたいんです。」
「そうか…。わかった。私達はお前を仲間に迎え入れよう。その代わりお前は死ぬ。良いな。」
「はい。」
「では、いくぞ。」
初代のその声を最後に桜の視界はまた暗転し、ふわふわ浮いているような感覚に陥った。
そして、最後に見たのは血みどろで倒れている自分。
「嘘に決まってるでしょう。人を信じるのは貴女の長所だけど短所でもあるんだから…」
そして桜は息絶えた。
その頃の鈴蘭。
「本当に大丈夫かなあ。桜さん…。でも戻ったら、いけないから走り続けるしかないな…。あっ、光のアーチが見えた!」
鈴蘭はアーチに到着した。
「無事でいてね…桜さん。」
そういって鈴蘭はアーチを潜った。
(もうすぐ出口だ…)
出口を出たら、自分の部屋だった。何もなかったかの様に母が夕食だと呼びに来た。
それから数日後、桜が病気の定期健診を受けると快方に向かっているという結果が出て驚いたが、きっと桜のお陰だと信じて桜に感謝した。あの世界はきっと神様が頑張って病気と戦ってる自分にくれたご褒美だと信じて。