【旅人と『あの人』】1
店を開店させてから、次に開店させるためには時間がかかる。同じデザインのものは量産できるが、新しいデザインのものは新しく魔法陣を描き起こさなければならない。セシルは相変わらず自分用に新しく作った机に紙を広げながら魔法陣を描き続けている。元々ワーカホリックなので、仕事をし続けることには慣れていた。
デザインは次々と湧いてくる。どうやら、セシルにはこの仕事が向いていたようで、気が付けば夢中になっていた。
(いつか、結婚指輪のデザインを請け負うのも楽しいかもなぁ)
左手の薬指を見ながらぼんやりと考えることもあった。日銭を稼ぐのも大切だが自分のやりたい仕事ができれば一番いい。そう考えながら、セシルはまた机に向かった。
一方のシルバは、スローライフを満喫していた。家事をこなしながら、仕事をしているセシルの仕事を眺めていることもあれば、買ってもらえた本を読んでいることもある。何か仕事をすることも考えたが、よくよく考えれば、この歳になっても働いた経験など魔王しかない。魔王の経験が生かせる仕事とは何か。考えているが思い浮かばず、結局はゆっくり日常を謳歌することになった。
(畑でも耕すか?)
土地はいくらでもある。そうすれば、食費も安くなりセシルの負担も減る。最近はそんなことを考えている日も増えた。
「……では、買い出しに行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
シルバが日課の買い出しに行く際、セシルに必ず言い聞かせていることがあった。
「変な奴が来ても、ドアを開けるな。お前は戦えないのだからな」
「分かってるよ。子供じゃないんだから」
「うむ」
セシルも大人だ。問題ないとは分かっているのだが、シルバは不安だった。このお人よしで世間知らずな男は自分が守らなければならないのではないか。シルバは常にそう思っている。
一度、セシルをぎゅっと抱きしめると、シルバは何度も振り返りながら歩きだした。それをセシルは笑いながら見送った。
「さて、仕事でもしようかな」
そう言いながら家の中へ戻ろうとしたときだった。
「お邪魔します」
「え?」
背後には二人の人物が立っていた。旅人のマントを纏った男女。いつか、アンクレットを買っていた男女だった。女性は勝手に家の中へ入っていく。
「あの、ちょっと……」
先ほど、変な奴が来ても戸を開けるなと注意されたが、開いている戸に入られてはどうしようもない。
「大丈夫です。貴方に危害を加えるつもりはありません」
そう言うと、女性はマントを取った。そこには、よく見たことのあるドラゴンの翼と尻尾があった。
「私は『あの人』の妹でルナと申します」
「『あの人』ってシルバ?」
「そして、わたくしはシルヴェスタ様の元執事でガイと申します」
今度は男性がマントを脱ぐ。そこには羊の角がついていた。それを見て思い出す。セシルは今、角の飾りをつけていない。セシルが慌てる顔をすると、女性、ルナは笑いもせず手でセシルを制した。
「大丈夫です。貴方が人間であることは調べがついています」
「え?あの……そうですか……」
セシルは力なく、そう答えるしかなかった。
「……とりあえず、中へどうぞ?お茶でもいれますので……」
もう中に入っている相手に、この言葉は合っているのだろうか。セシルにはわからなかった。
***
お茶の入れ方のわからないセシルは、咄嗟にカフェインの入ったお湯を生成した。茶葉にお湯を注げばいいのだが、彼にその発想はない。カフェインの入った透明なお湯はカップに入れられ、客人二人のもとへ届けられた。
「えっと……ルナちゃん、だっけ?一体、なんの用だろう?」
敬語でしゃべるべきかと思ったがやめた。シルバの妹なら、それはもう家族だと判断したからだ。それに、なめられるのもよくない。本能がそう告げていた。ルナは手元のお湯には目もくれず、静かに言った。
「『あの人』と別れてください」
「ハッキリとお言いになる、ルナ様」
「あの……別れるって……」
セシルとシルバの表向きな関係は主従だ。結婚したのは最近だし、誰にも言っていない。セシルは一応、知らぬふりをした。しかし、ルナはセシルの左手を指さした。
「『あの人』と結婚していますね」
「え?あの……」
驚いた。魔人は人間の結婚様式など知らないものだと思っていた。隠せない、と感じたセシルは温厚な雰囲気は崩さず話をつづけた。
「そうだね。結婚してる。でも、どうして、別れるべきだと思うのかな?」
「人間と魔人の婚約はうまくいきません」
「……そうかもしれないね」
「そう思っているなら、今すぐ別れてください。これは、貴方のためを思って言っているのです」
セシルは笑ってしまう。出会ってすぐの女性に、心配されているのか。恐らく、心配しているのは兄のシルバだろうに。少しの間、思案する。しかし、難しいことは考えないことにした。そうだ。ここは利権が飛び交っている魔術棟ではない。ただ普通の、セシルとシルバが住んでいる家なのだ。
「気にしてくれて、ありがとう。でも、大丈夫だよ?」
「どうして、そう言い切れるのですか?」
指輪を撫でる。それには言葉にできない力がある。
「二人で一緒にいることを決めたから、だよ。僕ひとりではなく、二人で」
「そんなの、いつ壊れるか……」
「うん。もしかしたらルナちゃんが言ってることが正しいのかもしれない。これから先、人間と魔人ではうまくいかないかもしれない。けど、僕はそうならないように努力を惜しまない。何もしないまま、はいおわり、とはできないよ」
「……もし、『あの人』が貴方を必要としなくなったら?」
「そんなの」
セシルは自信を持って答えた。
「僕が必要とし続ける」
その言葉に、ルナは固まってしまう。そして悔しそうな顔をしながら席を立った。
「いずれ、必ず後悔します。『あの人』は魔王です。人間との差を、余計に感じるときが来ます」
ルナとガイは静かに家から出て行った。セシルの入れたお湯は、テーブルにそのままだった。




