【逃避行と家】2
話が決まると、セシルはシルバの背中に乗って空を飛んでいた。初夏のはずだが、風は冷たい。
「あそこが『メメリック』の町だ」
シルバの言葉に、セシルは下を覗き込む。確かに、そこには中規模ほどの町がある。小さくて詳細は見えないが、民家や商店が並んでいる、ように見えた。
「じゃあ、あれが森?」
「そうだ」
その町の南側。そこに大きな森、というより山の裾野が広がっていた。うっそうとしている、という印象も受けるが、森にしては明るそうなのも事実だ。シルバは静かに高度を落とし、森に入る。入った場所は木が生えておらず、光りが差し込んでいる。周囲に木々はあるものの、そこだけ何もない。
「ここにくるのも、久しぶりだ」
「あれ?来たことがあるの?」
「うむ」
シルバは嬉しそうに言った。
「我も、魔王城にいてばかりでは息が詰まってしまう。たまに此処に来ては瞑想していたのだ」
「瞑想……ぼーっとしてた、ってこと?」
「なるほど、そういう言い方があるか」
セシルは周囲を確認する。土は固いが、乾いているわけではない。木々がそこだけないため、光りが差し込んでいる。どこかに道でもあるのか、風通しもよい。これなら、問題ないだろう。
「で、どうやって家を建てる?」
「こうやって……」
セシルは腰にあるマジックバックから大きな紙を取り出した。そして、それをシルバに見せる。シルバは訳が分からない、と小首をかしげた。
「僕の能力、『魔術を作る』能力は、魔法陣を作る能力でもある。魔術を発生させるには魔法陣が必要だからね。で、そこに木材で壁を作る!とか、金属でドアノブを作る!みたいな情報を書き足していくと、あら不思議。家が建つ」
「そんな細かいことができるのか?」
「うん。実際、同僚の新婚祝に作ったことが……」
そこまで言って、セシルは気づいた。そうだ。これからは二人で生きていかなければならない。主従やら恋人やら、よくわからない関係のままでいいのだろうか。
(結婚……)
「セシル、どうした?」
そう言われ、セシルはびくっと肩を震わせる。どうやら自分の世界に入ってしまっていたらしい。
「いいや、なんでもないよ。ちなみに、新しい家に対する希望はある?」
「うむ。もちろん、コンロは三口必要だ」
「了解」
セシルはその言葉を最後に、大きな紙へ向かっていった。シルバは近くに座り、その作業を見る。
(本当、仕事のときは真面目そうな顔をしているな)
セシル、という人間は温厚で大抵は笑っているか、力のない真顔をしている。しかし、仕事に対しては真剣で彼の真面目さがうかがえた。締まりのない普段の顔も好きだが、シルバはセシルの真剣な顔が結構好きだった。
何時間経っただろうか。すでに周囲は暗闇が支配している。シルバはセシルの手元を照らすように光魔術を使っていた。そして、しばらくすると、セシルが嬉しそうに顔を上げた。
「できた!」
「おお」
その言葉に、シルバはようやく重い腰を上げる。そして魔法陣を覗き込んだ。
「……細かいな。ここまでいくと、どこかの民族に伝わる絨毯のようだぞ」
「まあ、家を建てる大工さんも、これくらいの仕事をしてるんだよ。きっと」
セシルは立ち上がると、さあ、とでも言いたげに、魔法陣をシルバに向かって差し出す。
「僕の魔力量だと無理ですので、シルバ先生。よろしくお願いいたします」
「……セシルが少しずつ実行すればよかろう。魔力回復なら協力するぞ?」
「ま、またそうやって僕をからかって!」
「ふむ、まあ、それはまたの機会にするか」
また赤面する主人を笑いながら、シルバは魔法陣と向き合った。そして、体内に巡っている魔力を魔法陣に流し込む。魔法陣が光り、目の前で『現象』が起き始めた。
木の板、釘、瓦。それが何もない場所から生み出され、組み立てられていく。魔力の流れを止めず、シルバは「おお」と感嘆の声を上げた。
数分。そんなに長くない時間で、家は完成した。その家は、どこかで見たことのある家だった。
「これは、人間界で我らが住んでいた家か」
「そうだよ。コンロも三口あるし、住み慣れてるし。ほら、苔も再現したんだよ!」
嬉しそうにはしゃぐセシルに、思わずシルバは笑ってしまう。
(魔術棟にいるときは、こんなに嬉しそうにはしてなかったな)
セシルが自由になっていくのを感じながら、シルバは家の扉を開けた。




