【逃避行と家】1
人間セシルと、魔王シルヴェスタ通称シルバは魔界を練り歩いていた。
人間界にある研究所から転移魔術で逃げたあと、周囲を確認すると、そこが魔界であることが判明した。魔界まで逃げてこられれば、人間側も簡単に手出しはできない。二人は逃避行、とはいうにはのんびりした旅路を歩んでいた。
「うーん……」
「どうした、セシル?」
歩きながら、セシルは何かを考えていた。シルバはその隣で気になる様子を見せる。
彼らの関係は複雑だ。『使い魔を召還する』という魔術を開発し、実行したセシルに召還されたのが、三年前に勇者によって殺されたシルバだった。その後、二人は共同生活などを経て、心を通わせ会った。恋人、というのが正しいのか、主従というのが正しいのか。彼らは関係に名前をつけられない存在なのだ。
「いや、このまま旅を続けてもいいんだけど。もう、誰も追いかけてこないみたいだし、どこかに居を構えるのもいいな、と思って」
「なるほど、二人の愛の巣か」
「あ、愛の巣……」
その単語に、セシルは赤面する。長い間、研究所に籠っていた彼にとって、恋愛耐性はゼロに等しい。シルバはニヤニヤしながらセシルの顔を覗き込んだ。
「そうだ、愛の巣だ。いろいろできるぞ?魔力の回復も十分にできる」
「……えっと、あんまり僕をいじめないでくれると嬉しいんだけど……」
この魔界に来てから、魔物の討伐はシルバの仕事だった。おかげでセシルが魔術を使うことは皆無に等しい。そのため、魔力が欠乏することもなく、魔力の回復も必要なかったが、人間界にいた頃の魔力回復を思い出す。
思い出して、セシルはさらに赤面しながら、ぼそりと呟いた。
「……まあ、嫌いじゃないけど……」
その言葉は、シルバには届かなかった。よかった、と思う反面、なんだよ、とも思うセシルは複雑だ。
「しかし、魔族の町に住むのは難しいだろうな」
「そうだよね。僕、人間だし、シルバは魔王だし」
「うむ。そこで、このような提案はどうであろう?」
シルバは嬉しそうに指を振っている。まるで指揮者のようだ。
「この近くに『メメリック』という町がある。さほど大きな町ではないが、必要なものは大抵揃う。人間の土地からも離れているし、魔物もさほど多くない。そして、その町のそばには大きな森がある」
「へえ、そんな町があるんだね……」
「その森に、居を構えるのはどうであろうか?」
「森に?」
「そうだ。森に住めば、大抵の者は寄ってこない。何かある場合は我だけが町に行けばいいわけだし、隠れ住むには問題なかろう」
「なるほど」
確かに、シルバの言うことは理にかなっていた。森の中であれば、魔族の来訪も少ないだろう。まあ、食料を取りにくる可能性もあるが、奥の方に住める場所があれば、その確率も少なくなる。
「あとは、家をどうするか、だが……」
「そうだね。ずっとテント、というわけにも……」
そこまで話して、セシルは「あっ」と言った。何か思いついたようだ。
「僕に、考えがある。シルバ、家を建てられそうな土地を探そう!」
「家を、建てる?」
シルバが訝しんでいると、セシルは嬉しそうに笑った。
「そう!建てる!」




