【魔王の再来と絆】
「……シルバに会っていかないの?」
「はい。『あの人』には、『あの人』の生き方がありますので」
ルナは涙で腫らした目をこすりながらアトリエを出ようとする。セシルは心配になりながらも止めなかった。彼女がそうしたいのであれば、尊重すべきだ。
「では……さような……」
その言葉は最後まで聞けなかった。爆風。アトリエは吹き飛び、ルナとセシルも吹き飛んだ。
「うっ!」
木に背をぶつけ、思わず声を漏らす。見れば、空にシルバが浮いていた。その目は、いつもの目ではない。
「シルバ……?」
その異変に気付いたルナが、セシルの前に立ちはだかる。すると、森の奥から男性が歩いてくる。ガイだ、と理解したときには、もう彼の声が届いていた。
「もう、貴方のことなど覚えておりませよ、セシル様……いえ、人間」
「覚えて……ない?」
「そうです。もう、きれいさっぱり」
手を広げ、おどけているガイに、シルバは静かに言った。
「おい、人間を始末するのだろう。早くしろ。我の手を煩わせる気か」
「おや、失礼いたしました」
ガイは、両手を上にあげる。背後に無数の糸が浮かび上がる。セシルは、その行為にすべてを理解した。
「……ガイさんが、記憶を消したんですね?」
「ええ。シルヴェスタ様が魔王になるために」
「ガイ!なんでこんなこと!」
ルナが、魔術の準備を始める。セシルを守るためだ。ガイは笑いながらルナに問いかける。
「なぜ、と言われましても。ルナ様も、シルヴェスタ様がその人間と結婚することを、拒否なされていたではないですか?」
「それは……」
「今更、心変わりした、とでも?」
糸は、ギラギラと光りながら、ピンと張られている。セシルは、立ち上がり、腰のバッグから札を取り出した。
「おしゃべりは終わりにしましょう。では、そちらの人間を、殺さなければ」
朝食のメニューを言うような、穏やかな声だった。そして、一瞬のうちに、セシルの脇腹は切られていた。
「グッ……!?」
「セシルさん!」
ルナはガイを見ると、まっすぐ突っ込んでいく。シルバと同じ翼を使って、地面近くを滑空した。
「ほほほ」
笑いながらルナの放った氷魔術を避けるガイ。
「セシルさんは、関係ありません!ガイ、今すぐやめなさい!これは命令です!」
「残念ですが、わたくしはシルヴェスタ様の執事でございます。シルヴェスタ様がそこの人間を始末するようにお命じ下さったのです。わたくしは、全力でそれを遂行するだけでございます」
そこまで言うと、ルナの体は糸にからめとられる。
「っ!この!」
無理矢理取ろうとするが、うまくいかない。シルバと違い、ルナには魔術を解除する術はない。身をよじるが、抜け出せずにいた。
「ルナちゃん!」
糸に飛んできたのは札。札が付いたところから、糸が消えていく。ガイは驚きながら、セシルを見た。
魔術棟で魔人研究室へとらえられる前、シルバとの主従関係を解消する魔術を作った。それは、魔術の解除と同じこと。セシルはそれを応用した札を作っていたのだ。ガイは、何故、セシルがそのようなものを作れるのか知らない。しかし、それが脅威であることには変わりなかった。
「きゃあっ!」
ガイはルナに蹴りを入れる。ルナは思いっきり吹き飛び、木へとぶつかった。
「ルナちゃっ!?」
セシルの言葉が止まる。体が糸に貫かれていた。血が、服にしみついていく。糸が解けると、セシルは膝から崩れ落ちそうになる。
「おや、今の攻撃で立っていられるとは」
「……記憶を失うのは、いい」
「はて?」
そう言うガイの言葉は、セシルに聞こえていない。
「僕のことを忘れても、それで幸せなら、僕は構わない。でも、シルバが言ったんだ。もう、魔王には戻らずに、一人の魔人として生きたいって……僕と、一緒にいてくれるって……僕は、その言葉を信じる」
「どうして、それがシルヴェスタ様の幸せだと思うのですか?それを、傲慢と呼ぶのではないのでしょうか?」
「……そう、ですね。傲慢なのかもしれません」
セシルは札を構えた。
「それでも」
目は、まだ死んでいない。
「僕は、シルバの言葉を信じます。僕と一緒にいることが幸せだと言ってくれた、彼の言葉を。だから、シルバは僕が守ります」
その瞳に、ガイは天を仰ぐ。そこには、つまらなさそうにしているシルバがいた。
「魔王様」
「なんだ?」
ガイの言葉に、シルバが下りてくる。そして、ガイはシルバの左手を見た。そこには、セシルの作った指輪があった。
「こんなもの、捨ててしまいなさい。人間がつくった汚いものなど」
そう言いながら、ガイはシルバの指から指輪を抜き取る。そして指輪を背後へ放り投げた。
「なにを……」
シルバはそう言って、自分の言葉を意外に思った。自分は今、何を言おうとした?
「さあ、シルヴェスタ様。ご自分であの人間にとどめを刺すのです。そうすることで、貴方は本当の魔王になります」
「魔王に……我は……」
指輪。ただの金属でできた輪。それは、大切な、大切な。
「……?どうしたのですか、シルヴェスタ、さ、ま」
気が付けば、シルバはガイに魔術で作った剣を突き立てていた。
「な、なにを……」
剣を引き抜かれ、自由になったガイは、シルバから距離を取る。シルバは静かにガイを見下している。
「指輪を返せ、ガイ。それは、大切な……」
そこまで言って、シルバは慌てて周囲を見渡した。そこには、ボロボロになりながらも立って札を構えているセシルがいた。
「セシル!」
シルバはセシルの元に駆け寄った。その姿を見て、セシルは笑った。
「シルバ……」
そしてセシルは膝から崩れ落ちる。シルバはセシルを抱きかかえると、泣きそうになりながら声を張り上げた。
「セシル!しっかりしろ!」
「そんな、大きな声、出さなくても大丈夫……」
にっこりと、シルバを安心させるように笑う。シルバはセシルを床に置くと、静かにガイへ向かった。
「ガイ。そういえば、お前には見せたことが無いな」
それは怒りの声。ガイにもわかる。これは、勝てない。
「我の全力は、こんなものではないぞ!!」
天からの雷。そしてそれは槍となってガイへ降り注ぐ。ガイは、糸で速度を緩めようと動く。しかし、すべての糸は魔術解除の術で、解除されてしまった。
「シルバ様!どうかお考え直しください!人間など、滅ぼすべき対象で!」
「セシルは我の番、それをお前は蹂躙したのだ!我の怒り、分からぬほど馬鹿ではあるまい!」
雷でできた槍。赤黒いそれは、ガイの体だけではなく、四肢、顔面に至るまで突き刺さった。まるで、この世から存在を消そうとしているように。
「シルヴェスタ様ぁ!!」
それが、ガイが言った最後のセリフになった。




