【魔王誕生の真実】1
特に代り映えのしない生活を、シルバとセシルは退屈もせずに暮らしていた。お互いに気遣い、あるところでは気を抜く。それが自然とできるようになっていた。快適な暮らしに、シルバはたまに、平和ボケだと感じることもあるが、これはこれでいいものだ、と思うようになっている。
「では、このアクセサリはマジマ商会に卸すことにしよう」
「うん。で、こっちは『ゲーテ』で売ることにするよ」
変わったことがあると言えば、マジマ商会にもアクセサリを卸すことになったところだろう。一度つくったことのある商品は魔力さえ通せば生成できてしまうため、大量生産ができる。そのため、旧作はマジマ商会に、新作は『ゲーテ』で売ることにしたのだ。ただ、アクセサリを作る作業に集中するため、マジマ商会への卸しはシルバの仕事になった。
「では、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
二人は抱きしめあうと、ゆっくりと離れる。
シルバが森の奥に消えたことを確認すると、セシルは家に鍵をかけ、アトリエの鍵をあけた。部屋の中からは金属のにおいがする。
「よし、今日は時計に挑戦してみようかな」
一人でそう言い、腕まくりをする。指輪などの簡単なアクセサリを作る作業には慣れてきたので、今は時計のような複雑なものを生成することに挑戦している。もちろん、作ったものは直せないといけないので時計の勉強も同時並行だ。セシルは机の前に座ると、鉛筆を手に取った。
「……いらっしゃい、ルナちゃん」
いつしか、後ろを向いていても、相手がルナであると分かるようになった。ルナは入口で固まっている。その様子にセシルはルナの方を見た。今にも泣きだしそうな顔をしている。
「どうしたの?」
「……お話があります」
彼女が来るとき、話がないことなどないのだが、セシルは静かに彼女へ椅子を勧めた。ルナは椅子に座ると、ゆっくりと口を開いた。
「今日は、ガイはいません」
「そうなの?」
「はい」
その言葉が、どういう意味なのか分からない。しかし、それでも彼女からこぼれる言葉を一滴でも落としたくはない。様子が変なのだ。
「……ゆっくりでいいから」
セシルがそう言うと、ルナはさらに泣きそうな顔をする。数分、そうしていると、彼女はゆっくりと話始めた。
「セシルさんは、私たちの両親について、どこまで聞いていますか?」
「えっと、亡くなった、としか……」
「私たちの両親は二十年前に亡くなりました」
ルナは膝の上で拳を握りしめる。
「私が四歳、あの人が九歳のときです。父は魔王でしたが、母は人間でした。二人は、戦場で出会ったそうです。けがをした父を、母が魔術で治したそうで、それから、父は母を攫うようにして娶り、結婚しました」
「……ご両親は、なにか悲惨な死を遂げたんだね?」
「はい」
彼女は、魔族と人間の結婚を強く拒絶していた。それは、両親の件があったからだろう。ルナはぽつりぽつりと話始める。
「父は、側近たちから責められました。そして次第にその声は魔族全体に広がって……徐々に追い詰められた父と母は、処刑されました」
「それが、僕たちの結婚を止める理由、なんだね?」
「はい。その後、残された『あの人』は、魔王になりました。最初は側近に傀儡のように扱われていたんです。そんな状況ではよくない、と『あの人』は私にガイをつけて旅に出るよう命じました。だから、私は旅を続けていたんです」
シルバらしい考えだと思った。不遜な態度を取るし、自信満々だ。それでも、その奥には細やかな配慮と優しさが隠れている。傀儡となった自分の状況では、妹を守れない。だからこそ、旅に出させたのだ。セシルはルナが言葉を放つのを待った。
「『あの人』は、そのあと、自分で勉強したりして傀儡の状態を自力で抜け出しました。多くの信頼できる側近や部下を集めて、両親を死に追いやった者たちを次々と解雇しました。そんな強い人ですが、それでも人間と結婚したことがばれてしまえば……きっと、両親と同じ道をたどります」
「……そうか」
セシルは自分の両親についてよく知らない。四歳のころに魔術棟へ軟禁されているからだ。ただ、もし記憶や絆があって、その人たちが亡くなれば悲しいだろう。葬式にも出るだろうし、涙を流すに違いない。しかし、シルバの場合、きっとその間もなかったはずだ。そんな中でも、家族を思い、魔界を思い、自分の力でなんとかしてきたのだ。
(やっぱり、僕はシルバが好きだ)
こんな時に、何を考えているのだろう。しかし、それがセシルの感じたことだった。そして、目の前にいる、シルバが守りたかった家族を、尊く思った。
「……お兄さんが大切なんだね」
「……貴方に、死んでほしくないのです」
ルナは泣き出しそうな声で言った。
「『あの人』が、貴方を大切にする気持ち、わかります。『あの人』の性格です。緊張の糸がほどける相手がよかったんだと思います。でもだからこそ、大切な人を失うべきではないと思うんです」
「うん、そうだね」
それを、兄想い、と言うのだ。セシルは心の中でつぶやいた。
「あのね、魔王は死んだんだ。勇者が倒した時点で。もしくは、僕が使い魔として召喚した時点で、もう彼は僕の使い魔だ」
それでも、セシルはシルバと離れるわけにはいかない。離れたくない。
「僕、決めたんだ。シルバを幸せにするって」
セシルはルナの頭に手を置いた。
「もちろん、家族である君のことも」
「……うっ……ふっ……」
泣き始めるルナをセシルはゆっくり抱きしめる。どうか、泣かないでほしい。これからは、自分がついているのだから。




