【勇者と魔族の結婚】2
「魔王の料理が旨い……っ!」
泣きながらそういうアレックスは、机をダンっと叩いた。悔しかった。魔王に料理の腕で負けたことが。ただそれだけである。
「それはよかったな」
シルバはアレックスの真向かいに座り、足を組んで座っていた。この突然やってきた勇者をどうしてやろうか、と考えている。遠くへ放り出してやろうか、このままセシルの仕事が終わるまで放置してやろうか。そんな考えがグルグルしながら、シルバは思考をやめた。
「……どうやってここが分かった?」
「そんなもん、自力で探したに決まってるだろ」
ホカホカに焼かれたパンを食べながら、アレックスは答えた。しかし、その目は一点を見つめている。シルバの左手だ。そこにはセシルからもらった指輪がはめてある。アレックスは「ごちそうさま」と合唱し、水を飲むとシルバに向き合った。
「……結婚したのか?」
「ふむ。まず、その話題か」
人間は結婚の話をよくするな、とシルバは考えながら答える。
「うむ、我はセシルと結婚したぞ。今や、セシルは我の妻だ」
「妻……夫……まあいいや。で、結婚式はしたのか?」
「していないな」
あっけらかんと言い放つシルバに、アレックスは机をダンっと叩いた。
「しっかりしろよ!魔王だろ!」
「ふむ……どうやら、魔族と人間の間には結婚に対する感覚が違うようだな」
「結婚に対する、感覚?」
そう言われ、アレックスは疑問マークを頭に浮かべた。シルバは人間の感性を考えながら答える。
「人間は結婚式やら指輪やら、形式を重んじるのだろう」
「まあ、そうだな」
「魔族はそんなものを重んじない」
「じゃあ、魔族は結婚するとき、どうするんだよ?」
「そんなの簡単だ。初夜だ」
「しょ……や?」
言われた言葉をかみ砕き、ようやく理解したアレックスは顔を真っ赤にしながらシルバを指さした。
「この変態!変態魔王!」
「何を言う。これも立派な魔族の婚姻の儀式だ」
「……じゃあ、その……やったのか、セシルさんと……」
「いや、まだだな」
「まだなのかよ!」
「うるさい勇者だな、お前は」
シルバは面倒くさそうに言いながら、気になっていたことを尋ねてみることにした。
「そもそも、お前はなんでセシルがそんなに好きなのだ?」
「……オレ、勇者として驕ってたんだよ」
天井を仰ぎながら、アレックスは話始める。
「勇者って任命されたし、剣術で負けたことないし、魔術もできるし。で、俺、一人でも問題ない。むしろ一人で十分、って思ってたの」
今度は床を見ながら話す。忙しい奴だな、とシルバは思った。
「で、魔術棟に魔術を勉強しに行った方がいい、っていわれて行ったの。そこに、セシルさんがいて、オレの魔術をみて一言「下手くそだね」って」
「セシルにしては辛辣だな」
「でも、セシルさん魔術のコントロールうまいしさ。最初は癪に障ったけど、話していくうちにセシルさんがどんな人かわかって。オレに下手くそって言ったのは、オレが旅で怪我しないように言ったんだ、とか……なんていうか、セシルさんはオレにとって、最初の仲間だったんじゃないかな?」
なるほど、と思った。確かに、シルバにも覚えがある。シルバは魔王城で孤独だった。部下はいるが仲間と呼べる相手はいない。家族も会える距離にはいない。それでも、セシルは自分を受け入れてくれた。受け入れてくれただけではない。結婚というけじめもつけてくれたのだ。
(確かに、我はセシルとの関係を軽く考えすぎかもしれんな)
「いいか、魔王」
アレックスはシルバに真剣な顔を向ける。
「セシルさんを幸せにできないなら、すぐにオレが略奪するからな!覚えておけよ!ごちそうさま!」
そう言い残し、アレックスは家を出ていった。
「……なんだったんだ」
残されたシルバは、とりあえず皿を片付けることにした。
***
「セシル、真剣な話をするぞ」
寝る時間になり、セシルは布団に入ろうとしていた。しかし、シルバにそういわれ、セシルはベッドの上で正座をしてしまう。シルバはいつにも増して真剣な顔をしていた。
「なにかな、シルバ?」
「我々は、番になったわけだな?」
「つ、つがい……」
その言葉にセシルは苦笑してしまう。
「夫婦でいいんじゃないの?」
「それは男女であろう」
「いや、夫と夫で”ふうふ”とか……」
「そんなことはどうでもいいのだ」
シルバにしては珍しい大き目な声に、セシルは背筋を伸ばした。
「とりあえず、我らは番となったのだ。人間側の結婚はしたのだから、魔族側の結婚をしなければなるまい」
「……それは、盲点だったね」
考えるように腕を組む。確かに、人間側の結婚はしたが、魔族側の結婚はしていない。そもそも、魔族の結婚がどういったものなのかわからない。セシルは覚悟を決め、シルバを見た。
「わかった。しよう、魔族側の結婚も」
「うむ」
「で、何をするの?難しいことじゃないといいんだけど」
「難しくはない。お前でも簡単にできることだ」
「ホント?それなら、いますぐ……」
「ずばり、初夜だ」
「しょ……や?」
アレックスと同じ反応をするセシルを見て、人間は同じ反応をするのか、とシルバは考える。そんなに珍しいものなのだろうか。セシルは顔を真っ赤にしながら固まってしまった。
「うむ。魔族は結婚すると初夜を行う。そうすると、婚姻紋が首の裏に浮かび上がる。これは指紋に近く、同じものはない。浮気すれば上書きされるため、婚姻関係の状態が……」
「ま、待って!初夜って、僕にできることじゃないの!?」
「できるだろう。接吻はできたのだ。一歩先にいくだけだ」
「キスとは、訳が、違うのでは……」
声は縮んでいく。煙が出そうなほど真っ赤なセシルに、シルバはキスをした。
「んっ……ふっ……」
セシルの声と、唾液の音が響く。シルバはセシルを布団へと押し倒した。
「いいか、セシル?」
「……うん」
その会話を最後に、シルバはセシルの肌に触れた。




