それでも私は幸せです。
「うう……。」
なんだろう。隣に暖かい感触が……。
目を擦りながら見るとリネがすやすやと寝ていた。
「あ……そうだわ。私リネに頼んで……。」
私の声にリネも目を覚ました。
「む……。はっ!アンネ様おはようございます!」
主人より遅く目覚めてしまうなんて!とリネは慌てて起き上がった。
「大丈夫よ、私が早く目覚めてしまっただけから。……リネ、本当に一晩中一緒に居てくれたのね。ありがとう。」
「いえ!……良く眠れましたか?」
「ええ。リネのおかげよ。ありがとう。」
「お役に立てて良かったです!私はいつでも一緒に寝ますので!」
リネは照れくさそうに微笑むと着替えてきます!と慌てて出て行った。
「……まだ早いわね。もう一眠り……。」
私はまた枕に顔を突っ込むとすやすや寝息を立て始めた。
「アンネ様、おはようございます。」
あれから数時間が経ち、ノックをした後リネが洗顔用の水を手に入ってきた。
「……おはよう、リネ。」
私は洗顔をしに水に手を入れた。今日はベルガモットのオイルね。良い香りが鼻腔に広がった。
「リネ、今日は何か午後の予定があるかしら?」
「そうですね、アンネ様の予定は刺繍のあと……。」
「私の予定では無いわ。リネの予定よ。」
「私ですか?私はアンネ様専属ですので特にそれ以外は……。お買い物でも行かれますか?」
「いえ……一緒に庭でお茶を飲まない?話したいことがあるの。……貴方と2人が良いわ。お願い。」
リネは目をぱちくりさせた後、ふふ、と笑いかしこまりましたと頭を下げた。
「あら、リネ。なんか嬉しそうね。」
「フラン、ふふ、アンネ様が可愛くてしょうがないのよ。まるで可愛い妹よ。」
「まぁ主人に対して。確かにアンネ様は貴方より少し年下だけどメイド長にバレたら怒られるわよ。あ、そういえば旦那様がリネを探していたわよ。」
「え!旦那様が!?」
まさか一緒に寝ていたのがこんなに早くバレたのかしら!
「怒った感じでは無かったけど……。まぁ旦那様をお待たせするわけにはいかないから、急いで向かいなさいな。」
リネはフランに言われた通り急ぎ足で旦那様の書斎へ向かったのだった。
********
「―良い天気ですね。」
午後。リネは手際よく庭にティーセットを用意してくれた。
「ああ……こんなちゃんとしたティータイムなんて久しぶりだわ。」
「え!?」
毎日ティータイム取ってますが……と言いたげなリネに何でもないわ。と慌てて顔を背ける。
「あら、リネはスコーン食べないの?」
「使用人が主人と同じ物を食べるなんて出来ません!」
「今は貴方は私のお茶会のゲストよ。だから気にせず食べて。」
「アンネ様……ありがとうございます!ではお言葉に甘えて。」
クロテッドクリームをつけたスコーンを口に入れる。焼きたてのスコーンはサクサクしていてとても美味しかった。
「お……美味しい!焼きたてのスコーンがこんなに美味しいとは。」
メイド達使用人はいつも私達が残した物を食べるものね……。たまにはクッキーやパイでも焼いてあげようかしら。私は口に頬張りすぎてリスみたいになってるリネを見ながら考えていた。
「それでアンネ様、私にお話とは何でしょうか?」
「え?ああ。」
しまった。リネの気持ちの良い食べっぷりに忘れていたわ。
「まずは……貴方に謝りたくて。今まで冷たい態度を取って申し訳なかったわ。」
「!?……ゴホッゴホッ」
リネは飲んでいた紅茶でむせた。
「ちょっと大丈夫!?落ち着いて。」
「大丈夫です!まさかアンネ様がいきなり謝られるなんて思いもしなかったので!」
「……八つ当たりしていたのよ。好きな人とも一緒になれず結婚生活も幸せでは無かった。虚しかった私はどうしても貴方達に優しく出来なかったの。」
「アンネ様……。」
「ごめんなさい、勝手な言い訳よね。……でも貴方はどんなに冷たくされようと私に優しくしてくれた。本当にありがとう。」
「……私もアンネ様の気持ちがわかっていたからです。」
「え……?」
「アンネ様、私にも恋人が居たんです。私より身分が上の……伯爵様です。とっても優しくて紳士的で……幸せいっぱいでした。伯爵様のご結婚が決まるまでは。」
リネはぽつりぽつりと話し始めた。
「伯爵様は私への気持ちは変わらないと言ってくれましたが……やはり伯爵とメイドなんてそんな身分違いの恋が叶うはずもなく。伯爵様は令嬢とご結婚されました。そうですね、アンネ様達で言うなら私はジョンさんの立場です。」
「そうだったの……。ごめんなさい、同じ辛い思いをした貴方に冷たくしていて……本当にごめんなさい。」
「アンネ様!公爵夫人がそんなに身分の下の者に謝ってはいけません!」
「あら、悪いことをしたら謝りなさいとお母様に言われているわ。そこに身分は関係ないもの。」
「アンネ様……本当にアンネ様は純粋なんだから。それに同じような事がなくても私はアンネ様を嫌いにはなりませんでしたよ。だってアンネ様は私達を叩かないじゃないですか。」
……そうか。社交界で粗相をした使用人を引っぱたいてる令嬢を見たことがある。粗相をしたと言っても大したことでは無い。髪飾りが外れて再度付け直す際に少し髪を引っ張ってしまっただけだ。
あの時泣きながら震える手で付け直す使用人を見てとても不憫に感じた。そして同じ令嬢として腹の底から嫌悪感を感じたのだ。
「……あんなに野蛮で下品な人間になりたくなかっただけよ。」
私はポツリと呟いた。
「……旦那様にも冷たくしてしまったわ。愛想良く振舞っていても頭のキレる旦那様ですもの。私が旦那様を避けてることぐらい分かってるでしょう。」
リネは返答に困っていた。……それが肯定だとすぐにわかった。
「もうわがまま言わないわ。貴方達にも、旦那様にも。旦那様だって今の私と一緒に過ごすのは不本意なはず。それでも離縁をしないのだから我慢しているのね。」
「え!ちょっと待ってください!旦那様は確かに無愛想ですがアンネ様への気持ちは……!」
「無いのよ。……同情心はあるかもしれないけど今の旦那様には愛情は無いわ。だって見てしまったもの。……旦那様が女性にプレゼントを渡しているところを。」
「だ……旦那様が!?」
「この間町でね。コソコソしている旦那様を見かけて……何かと思ったら……。ふふ、そんな顔をしないでリネ。私が旦那様に冷たい態度を取るから他に好きな方が出来たのでしょう。」
過去に戻った際、旦那様は昔の私が好きだと言っていた。天真爛漫な私が。こんな氷のような女に興味が無くなったのだろう。
「大丈夫よ、リネ。私は今幸せよ。」
私は強ばった顔をするリネに優しく微笑むと美味しい紅茶を味わった。




