救済は星の中に。
「ヘルバーツ公爵様!?」
ヘルバーツ公爵様は私を解放すると切なげに見つめてきた。
「そんな会いたかったなんて…。ヘルバーツ公爵様と私は確かに縁談話が出ましたが、それはお互いに利害関係が一致したからでは…?」
「利害関係?アンネ嬢は確かに身分が上がるが私には何のメリットがあるんだ。」
「……女性避けに。」
「アンネ嬢…そもそも私は貴方以外の女性に興味が無いんだ。」
待って頭が混乱する。
「興味って…。私とヘルバーツ公爵様はこの町でお会いしたのが初めてだと思いますが、一体私の何に興味がありまして?」
ジョンと一緒になった巻き返しの今の世界ではヘルバーツ公爵様と直接お会いしたことが無いのだ。領主様の事件以前に。
「そうだな…。アンネ嬢は知らないはずだ。…私は小さい頃よく町に出ていてな。公爵家の使命だ。小さい時から町を見て町民達の暮らしを学ばなくてはいけない。そんな時に…アンネ嬢に会ったんだ。」
「小さい頃に…?」
「衝撃的だったよ。ドレスを着た美しい少女が泥まみれになり走り回っていたから。」
私は恥ずかしくなり顔を背ける。
「最初は変わった子だと思っていた。それだけだった。…だけど大きくなるにつれ、王室との関係や公爵家の仕事に息が詰まりそうになる度に君の顔が浮かんで…気付いたら町に出て君を探していた。」
「……そう…でしたの。」
「だけどいつからか君の隣にはあの男が居た。最初はただの友達だと思っていた。身分も違ったしな。だけどたまに二人の間に感じる雰囲気は友達とは言えないものだった。…だから私は…手遅れになる前にアンネ嬢に縁談話を持ちかけたんだ。」
「……。」
「お父様を説得するのはなかなか大変だったよ。何せ子爵家の子だったからね。だけど私も折れなかった。彼女以外とは結婚は絶対しないと。跡取りが出来ないと大変だからね。お父様が折れたんだ。だけど…君は…病に伏せたため結婚が出来ないと。」
ヘルバーツ公爵様の顔が険しくなった。
「私は君の病が治るならなんだってすると君の父親に送った。イギリス国内の…いや、世界中から有能な医師を集めて治療させると何度も送った。だけど返事はいつも変わらず拒否だった。」
お父様の苦渋の返事に私は胸が痛くなった。
「おかしいと思った私は独自で調べたんだ。そうしたら…まさかあの男と君が駆け落ちしてたとは…。」
「…それで私を連れ戻そうと探していたのですか?」
「まさか。いや、連れ戻したい気持ちはあった。だけど君が幸せなら…私はただ最後にもう1度君を見たかっただけなんだ。だけど…。」
ヘルバーツ公爵様は私の手を強く掴んだ。
「君は全く幸せそうじゃなかった。俺が好きだったあの笑顔も全く見せなくなり、だんだん痩せてきて……。男装をしてまで家のことを心配して……。」
「え!男装もバレていたのですか!」
「俺は……君がどんな姿だろうがすぐにわかる。」
「ヘルバーツ公爵様……。」
「俺は君が放っておけないんだ!俺なら幸せにできる!俺と結婚しよう!」
ヘルバーツ公爵様は私を強く抱き締めた。
「嘘……嘘よ。だって私は幸せになれなかった……。」
「アンネ嬢?」
「離してください!」
私はヘルバーツ公爵様を突き飛ばした。
「私は幸せになれなかった。だって貴方には他に好きな人が居たじゃない。……私には見せない顔で、プレゼントを渡していたじゃない……。」
「アンネ嬢?何言って……。」
ヘルバーツ公爵様の呆気にとられた顔を見て私は我に返った。
「いえ、何でもございません。見苦しいところをお見せしました。申し訳ございません。……ヘルバーツ公爵様、今はそれどころじゃないのです。どうか私を急いでロンドンに連れて行ってください。お父様に謝罪したいわけでは無いのです。会いたい人がいるのです。」
「会いたい人?医者か?……言いづらいが君の旦那はもう……。」
「いえ、医者ではありません。ロンドンの路地裏にいる、ローブを被った……おばあさんです。」
*********
「おやおや、まさかこの世界でも会えるなんてねぇ。」
「やっと……会えた……。」
急いで馬車でロンドンに来てもらい、私はあの世界であった路地裏へと走ってきた。
急いで走ってきたせいで上手く言葉が喋れない。
「それでなんだい?私にお礼しに来たのかい?」
「……お礼をしたい気持ちは……山々なんだけど……お願い時間が無いの……。過去を戻して欲しい。」
「……そんなに痩せて。幸せになれなかったのかい?」
「なれなかったわ……。でも何より……大好きな人達が皆不幸になってしまったの。」
私は我慢出来ず泣き出してしまった。
「おやおや、可哀想に。すまないね、私に未来予知が出来たら過去に戻させなかったのに。違う世界の未来までは見られないんだよ。」
おばあさんは私を優しく抱きしめた。
「ううん、おばあさんは悪くないわ。……私が悪かったの。」
「自分を責めるのはもうお辞め。あんただってこうなるとは思わなかったんだ。巻き戻しを戻す……変えてしまった未来を戻すには星の中を泳ぐんだ。わかるかい?」
「星の中を……。」
「もしかしたら失敗するかもしれない。失敗した場合、星を飲むのとは違いあんたは命を落とすかもしれない。……それでもやるかい?」
「……ええ。自分の蒔いた種だもの。自分で責任を取るわ。」
「……話は終わったのか?おい、大丈夫か?」
私の腫れた目を見てヘルバーツ公爵様は慌てた。
「あの老婆に何かされたんじゃ……。」
「いえ、大丈夫です。……ヘルバーツ公爵様、今日は私あの宿に泊まっていきます。あのテムズ川の近くの宿です。」
「なんだって!?あんな小さい宿……。私がお金を出してあげるからもう少し良い宿に。」
「いえ、あの宿が良いのです。」
「……そうか。なら私もあの宿に泊まろう。」
「え!公爵様それはちょっと!」
「一緒の部屋は取らないから安心しろ。」
「そういうことでは無くて、公爵様をあのような宿に泊まらすのは……!」
「大丈夫だ。1日寝るだけならどこであろうと問題ない。それにアンネ嬢も知ってるだろう。今ロンドンは治安が悪い。いくらテムズ川付近で事件が起きてないにしろ心配なんだ。」
ヘルバーツ公爵様は真面目な顔で私にそう言った。
本当にこの人は誰なんだろう。本当にあの冷たかった旦那様と同一人物か。
「……ありがとうございます。ヘルバーツ公爵様、このお礼は必ず致します。領主様から助けていただいたお礼も、ハンカチを貸してくれたお礼も。」
「だからそんなもの良いと……。」
「私がしたいんです。……私、ヘルバーツ公爵様を誤解してました。冷たい方だと。……もう一度キチンと向き合ってみようと思います。だから上手くいくようにお祈りしてください。」
「……何の話だ?」
「秘密です。」
私はそう笑顔で返すと宿へと向かった。
深夜。皆が寝静まり町は静寂に包まれていた。
ヘルバーツ公爵様も眠ってるみたいだ。
私は静かに部屋を抜け出した。安い宿で良かった。セキュリティが甘いからだ。
「……やっぱり春とはいえ少し冷たいわね。」
テムズ川にそっと足を入れると少し身震いした。
水面には星が輝く。怖くないわけではない。でも私はやらなくては。
「失敗したら凍死か溺死か。……あまり水質も良くないからそっちも心配だわ。」
私は呟きながらどんどん川に入っていく。
「待っててね。すぐに戻すから……。」
どうか上手く行きますように。私はそう言うと息を止め、暗い水の中へと突き進んで行った――。




