レモンの香りに包まれた旅路。
「スージーさんおはようございます!」
翌朝。一通りの家事を終えた私はコリーが来る前に急いで買い物に出た。
「おはようアリス。そういえばアリスは仕事が見つかったみたいだね?」
「え?いえ、ジョニーなら見つかりましたが……。どうしてですか?」
「あ!そうなのかい?いや、お手伝いさんを雇ったと聞いたからね。少し余裕が出たのかと安心してたんだよ。」
スージーさんの言葉に私は目を見開いた。
「お手伝いさん!?いえ!違います!彼女はジョニーのお友達なんです!」
「ええ!?本当かい!?かなり出回ってた噂だけど……。全く、適当なデマを流して。彼女らにはキツく言っておくから。」
おそらく昨日見ていたあの女性達だろうな。私は彼女達を思い出しながらスージーさんに噂の撤回をお願いした。
「任しておきな!…でも旦那さん仕事見つかってよかったじゃないか!」
スージーさんにジョンを旦那さんと言ってもらえて私は照れながらも嬉しくなった。
「はい!隣町で鉱山の仕事をしています!」
「隣町の鉱山?ということは炭鉱鉱山か!大変だねぇ。」
「炭鉱鉱山……大変なのでしょうか?」
社会勉強の際に少し習ったけど、それはあくまで炭鉱が社会にもたらす影響ぐらいだったから鉱夫までの仕事ぶりはわからなかった。
「そうだねぇ。やっぱり地下を掘り続けるんだから崩落事故とか多いんじゃないかい?ガス爆発なんかの話も聞くし……。」
そんな危険な職場だったなんて……。私が青ざめているとスージーさんは慌てて付け加えた。
「いやいや、もちろん元気で働いてる人の方が多いからね!お隣の家の旦那さんなんて炭鉱鉱山で働き出してから逆に筋肉ついたんだから!」
そうなんですか……と上の空で答える私を心配してからいつもより多めのレモンを持たせてくれた。
疲れてる時に酸味があるものはおすすめだと。
私は有難くいただくと足早に家に帰った。
「……そんなに危険な職場だったなんて。」
それならやっぱり庭師の仕事の方が良かったのに。
1度隣町に行ってどんな現場か見に行こうかしら。……何か持ってこうかしら。いつもならお店でお菓子を買うんだけどそもそもスイーツ店が見当たらない。露店で買うのも気が引けた私は本を読みながらレモンパイを作ることにした。沢山レモンをくれたスージーさんに感謝ね。
「……ふぅ。一応なんとかなったわ。」
見た目はお世辞にも良いとは言えないけど。なんとかパイの形をしたものが出来上がった。一切れ食べてみる。うん。サクッとした歯触りの良いパイ生地にレモンの酸味と甘いクリームがマッチして最高だわ。
「何人いるか分からないけど、とりあえず2個作れば大丈夫よね?」
材料費を考えるとそんなに作れないため、私はもう1個レモンパイを作ると布を敷いたカゴに詰め込んだ。
「さて、行きますか。」
迷わないように地図を見ながら私は歩き出したのだった。
******
「はぁ……疲れたわ。」
道に迷ったのもあるけどかなり疲れた。
ジョンは毎日この道を通って仕事してるんだわ。明日はお肉料理を出してあげようかしら。香辛料たっぷりで力が出るように……。
「あらあら、こんなところに綺麗なお嬢さんだねぇ。」
私が考え事をしていると顔を覗きこんだおばあさんに声をかけられた。
「あ…あの、炭鉱鉱山を探してまして……。」
「炭鉱鉱山?ああ、視察かい?」
「視察?いえ、主人がそこで働いてまして……。」
私がそう言うとおばあさんは驚いた。
「え!てっきり貴族様かと!そうだよな……視察なら馬車で来るもんなぁ。炭鉱鉱山はこっちだよ。おいで。」
おばあさんはそう言って炭鉱鉱山に案内してくれた。
「ほら、ここだよ。」
大きく開けた炭鉱鉱山にはトロッコが沢山あり男達の怒号があちこちであがっていた。
「炭鉱労働は危険だからねぇ。トロッコの音がうるさいのもあるけど、油断出来ない現場だから声がどうしても大きくなるのさ。」
じゃぁ私は行くから、と去っていくおばあさんにお礼を言うと私は実際の現場を見て呆気に取られていた。
汗を拭いながら顔を煤で真っ黒にした男達が地下の穴から出たり入ったりしている。
若くてがっちりした体型の人もいれば、病気なのかひょろひょろで今にも倒れそうな人もいた。
「あんなやせ細った方まで肉体労働を……。」
私が青ざめながら見ているとガタイの良い男性が声をかけてきた。
「やぁ、綺麗なお嬢さん。こんなところでどうしたんだい?社会勉強かい?」
「あ……いえ、主人がこちらで働いているので……差し入れに。」
私の言葉に男性は驚いた。
「なんだって!?あんた鉱夫の奥さんかい!てっきり視察かと……!旦那の名前はなんだい?」
「あ……ジョニーです。」
「ジョニー?ああ、この間入った新入りか!あいつこんな綺麗な奥さん持ちやがって!ちょい待ってな!今連れてきてやるから!」
男性は笑いながらそう言うと地下の暗い入口に入っていった。少しすると同じく顔を煤で黒くしたジョンが出てきた。
「アリス!?なんでここに!?」
「差し入れに来たのよ。」
レモンパイ焼いたから、と手に持っていたカゴを差し出す。
「おいおい、ジョニー、差し入れ持ってきてくれる優しい奥さんなんて羨ましいぞ!しかも偉くべっぴんじゃないか!」
「ありがとうアリス……。」
「あの、2個入ってるので皆さんで食べてくださいね。」
「しかも俺たちの分まで!」
こりゃ女神様じゃねぇかと集まってきた鉱夫さん達にジョンはバシバシ叩かれている。
「……では私は帰りますね。」
「え!もう帰っちまうのかい!」
目の保養が……と残念がる鉱夫さん達に夕飯の支度をしないと、と言って帰路についた。
今日もライ麦パンとスープだけど……明日はお肉料理にしよう。宝石を売ればなんとかなるわ。
*******
「―あれ?今のは……?まさか!」
「どうしましたか?テッド様。」
「……いや、なんでもない。さて、用件も終わったし帰るか。ふふ、今日は良い日だなぁ。ちょうど俺、新しいカフスボタン欲しかったんだよね。」
「テッド様?」
「ああ、いや、ちょっと特別報酬が貰えそうなんだ。」
はぁ……と不思議そうな顔をした従者は嬉しそうな男性を乗せると馬車を走らせて行ったのだった――。




