来訪者は悪魔か天使か。
――翌朝。茶葉が少なくなってきたので紅茶をやめてレモンウォーターを飲んでいた。スージーさんがよくレモンを持たせてくれるのだ。
「今日も良い天気。」
今日も仕事を探しに行こうか。新聞をまた買おうかな。そんなことを考えているとジョンが起きてきた。
「おはよう。はい、レモンウォーター。」
ピッチャーからグラスにレモンウォーターを注ぐ。よく冷えたレモンウォーターは目をすっきり覚ましてくれる。
「ありがとう。……あのさ、アリス。」
ジョンは思い詰めた顔でぽつりぽつり話し始めた。
「俺、ここで働こうと思うんだ。」
ジョンは新聞を指さす。そこには炭鉱夫を募集している記事が書かれていた。
「炭鉱!?」
「ああ。隣町で募集してるんだ。贅沢な暮らしは無理でもアリス1人は養えるから。」
「だって!庭師になる夢……!!」
「いいんだ。実際庭師の仕事なんて虫はいるし大変なんだよ。だからいいんだ。」
自分に言い聞かせてるようなジョンに私は何も言えなかった。
「……じゃぁ行ってくるよ。」
キチンとした格好をしてジョンは隣町に行く。
炭鉱夫の募集先に行くのだ。
将来はお父さんみたいな立派な庭師になるんだ!と嬉しそうに話す昔のジョンが頭から離れない。
「ジョニー……まだ家から持ってきた宝石はあるし、もう少し庭師の仕事を探してみても……。」
「いや、いいんだ。庭師にはもうきっとなれないから……。」
「ジョニー?」
「……アリス、君は今幸せ?俺と一緒に来たこと、後悔してないか?」
「もちろんよ!大好きなジョニーと居られるんだから!」
「……そうか。なら良かった。」
ジョンは悲しそうに笑うと家を出て行った。私はジョンの背中を見て泣きそうになっていた。
*****
私はやり直しして良かったのか……。今の選択に悩みながら時計を見る。
ジョンはいつ帰ってくるのかしら。……私はジョンを不幸にしてしまったのでは。そんなことを考えていて家事に身が入らない。するとドアがガチャリと開いた。
「おかえりなさい!どうだった!?」
「採用だよ!君みたいな若くて体力のある青年は助かるって喜ばれたんだ!」
嬉しそうなジョンの顔に私の顔も綻ぶ。
「そう……良かった。」
そういえば今日のお昼は……と話し始めた瞬間、ドアが乱暴に叩かれた。
「な……何!?」
「ジョン!居るんでしょ!?開けて!」
女性の声にジョンがドアを開けると、三つ編みの女性が勢いよく入ってきてジョンに抱きついた。
「誰!?貴方、誰なの!?」
「コリー!コリーだよな!?」
コリーと呼ばれた女性はジョンから離れるとわんわん泣き出したのだった。
「……落ち着いたかしら?」
私が紅茶を出しながら聞くとコリーは赤くなってしまった鼻をハンカチで押さえながら頷いた。
「申し訳ございません……。町でジョンを見つけて慌てて付いてきてしまって……。」
だってずっと探してたから!とまた泣き出してしまった。
「コリー、落ち着いて。アリス、この子はコリー。俺の幼なじみなんだ。」
コリーは泣きながら頭を下げた。
「私はアリス……いえ、アリスは偽名で本当の名前はアンネよ。」
「アンネ?……もしかして貴方はジョンのお父さんが仕えていたシャルロン家のお嬢様ですか!?」
私が頷くとコリーは慌てて立ち上がり頭を何度も下げた。
「そんなに恐縮しないで。私はもうシャルロン家とは何にも関係の無い平民なんだから。」
「アンネ様……。」
コリーは落ち着きを取り戻すと椅子に座り直した。
「だけど町で俺を見かけたって……さっきか?」
「ええ。ジョンが炭鉱夫たちが集まる小屋から出てきたからびっくりして!……ケリーさんはジョンのこと何も教えてくれないし……まさかこんな遠い町に居たなんて。」
「お父さんは俺がこの町に居るのは知らないよ。……皆元気にしてるか?」
「ジョンの家族は違う町に引越したよ。」
そうだよね……私の駆け落ちが表立ってないにしろ、お父様がケリーを許すわけが無い。それがいくら自分が知らないうちに起きたことであっても。
私が罪悪感に苛まれているとコリーは恐る恐る聞いた。
「あの……2人は駆け落ちしたんだよね?」
ジョンが頷く。
「やっぱり……。アンネ様が病気で伏しているというのは嘘だったんですね。」
お父様……駆け落ちを隠すためにそのような嘘を。
「コリー!お願いだ!俺たちは今ジョニーとアリスという名前で隠れて生活している。どうかこのまま俺たちの事は黙っていて欲しい!」
「ジョン……。ジョンは今、幸せなの……?」
コリーの言葉に胸が締め付けられる。
「当たり前だ!」
「そう……。うん、黙ってる。誰にも言わないわ。でも1つだけお願いを聞いて欲しい。……ジョンにこれからも会いに来ても良い――?」




