贅沢で優雅で退屈な日常。
―――あなたはやり直したいと思ったことはありますか?
あの時もしあの選択をしていたなら、と思ったことはありますか?
……もし、やり直せるなら、あなたはやり直しますか?
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「アンネ様、旦那様がお帰りになられました。」
「……あら?もうそんな時間?」
私は読んでいた本をベッドサイドの机に置くとベッドから立ち上がった。
「アンネ様、冷えますのでこちらを……。」
メイドのリネが差し出した淡いラベンダー色のブランケットを受け取って羽織る。
「……もうすっかり冷え込む季節になりましたね。」
長くて広い廊下を歩きながらリネは呟く。
「あともう少ししたら旦那様とアンネ様が結婚式を挙げた月になりますね。」
全く興味の無い話を続けるリネを無視して、私は足早に玄関ホールへと向かった。
「旦那様、おかえりなさいませ。」
私は執事にコートを渡している旦那様に微笑んだ。
「……アンネ、もう夕食は済ませたか?」
「はい、私は既に……。旦那様に早く夕食の準備を。」
私は後ろにいた侍女に指示を出す。
「いや、今日も食欲が無くてな。軽食を俺の部屋に持ってきてくれ。」
「……では、旦那様にサンドイッチをお持ちして。私ももう部屋に帰らせていただきます。」
もう遅いので……と私はいつものようにそそくさと歩き出した。
「……ああ。」
旦那様は静かに呟くとすぐに書斎へと歩き出した。
―――ああ、息が詰まる。
長くて広い廊下は冷気が充満していた。
この冷気は、外気の影響だけでは無いと思う。
まるで私達夫婦間のような冷気だと私は思った。
「……冷えるわね。」
寝室に入ると私はブランケットをリネに手渡した。
一応夫婦の寝室にはなっているが、私が起きている間に旦那様が訪れた事は1度も無い。
執事は私に気を使ってか、旦那様は業務が忙しいので……と言っていた。が、そんなの嘘だと分かっている。
今は忙しい時期では無いし、旦那様がプレゼントを持って女性に会いに行ってるのは知っていたから。
旦那様を責める気は毛頭なかった。
だってこれは子爵家の私と公爵家の旦那様との言わば政略結婚であって、愛などは全く無かったのだから。……お互いに。
「アンネ様、このままアンネ様が眠るまで暖炉をつけておきますか?」
「いえ、消してしまって良いわ。」
「かしこまりました。……では、いつものをお持ち致しますか?」
「ええ、お願い。」
暖炉より温まるもの……と私はいつものをお願いした。
かしこまりました、とリネは頭を下げるとすぐに厨房へと向かった。
「おまたせ致しました。」
ベッドに座って本を読んでいるとリネが戻ってきた。
「ホットバタードラムでございます。」
リネがガラスのカップを差し出すと、ラム酒とバターが混ざりあった優しい香りが私を包んだ。
「……良い香り。」
「……アンネ様は本当に、このお酒が大好きなんですね。」
優しい香りについ顔が綻ぶとリネが嬉しそうに呟いた。
「別に。これがあると暖かくてよく眠れるだけよ。……もう下がって良いわ。」
私は綻んでしまった顔を急いで逸らすとリネを追い出した。
このお酒は……大好きなジョンとの大切な思い出のお酒。
誰にも知られたくないジョンとの思い出……。
私はお酒を飲みながらベッド近くの窓から夜の街を覗く。
テムズ川には今日も酔っ払いが魚釣りをしに来ていた。
「こんな寒い夜に……。凍死しないのかしら?」
あのまま寝たら間違いなく凍死するだろう。見窄らしい格好をしている酔っ払いを見ながらそう思った。
「テムズ川で釣り……か。」
私は輝く三日月を見ながら呟く。大きく輝く三日月はテムズ川の水面に反射していて、上手く三日月の先に糸を引っ掛けたら釣れそうになっていた。
「ねぇ、ジョン……もし、あなたがあの月を釣り上げていたら……今頃私達は幸せになれていたのかな?」




