後悔
私は窓を眺める。景色が目まぐるしく動いていく。全くのどかな雰囲気とは程遠いのだ。でも仕方がない。これは新幹線なのだから。ペットボトルの緑茶に口をつけて、私は気持ちを整える。もうずっとこうしていたい気分だ。現実を忘れて居たい。私は北国に失恋旅行に来ていたのだった。それにしても早いモノだ。目的の駅の名前を告げるアナウンスが流れる。
もう目的の駅にたどり着いた。いやたどり着いてしまった、と言うべきなのだろうか。ここは地方都市なのだが、とても大きくて立派な駅だ。流石に鉄道管理局があるだけの事はある。駅の外を出ると、とても肌寒い。それなりのコートを羽織っているのだが、足元の方が・・・・。やはりスカートは厳しかったか。ブーツの上が頼りなく思える。とりあえず歩くことにした。駅からまっすぐ歩けば間違いないだろう。私は当てもなく、賑やかそうだと思われる方向に脚を動かした。そうすれば寒さを紛らわせる、と思っての事なのであるが・・・。もう夕方、間もなく日は落ちようとしていた。
(ここにしよう。)
落ち着いた感じの居酒屋だ。店名は<夫婦>だった。今の私には全く不釣り合いだった。でもそこが、いい・・・・。何だか、そそるものを感じる・・・。・・・まあこんな私の性格が、彼氏に愛想をつかされた原因の一つなのかもしれないのだが・・・。まあとりあえず、この居酒屋に入ることにした。これが最後の晩餐になるのも自分らしい、と思った・・・。
「いらっしゃい。」
とても優しそうなオジサンと、いかにもしっかり者といった感じのオバサンが挨拶してくれた。多分店名通りに、この二人は夫婦なのであろう。私は第一印象で感じた。この店は恐らく当たりであろう、と。そして実際、自分の勘は当たっていたのである。
(おいしい・・・。)
多分、私はニッコリと笑っている事であろう。一人で居酒屋に行くのは、これが生まれて初めてだった。だから適当に単品で色々と頼んだのだが、実際どれも美味しかった。
(ん・・・。)
何気に顔を上げると、オジサンとオバサンは私の方を見て、これまたニッコリと笑っていたのだった。それはとても自然で優しさを感じられるもので、視線を向けられている自分も悪い気がしなかった。それどころか、この人たちが自分の両親だったらいいのに、と本気で思ってしまうのであった。
===== コトン =====
(えっ?)
私が座るカウンター席に、料理が置かれた。それは焼き鳥と焼き茄だった。
(とても美味しそう・・・。)
すぐさま私は橋で摘まもうとしたが、それは寸前でピタリと止まった。それには明確な理由があったからなのだ。それは・・・。
~~~~~ 注文した覚えはない ~~~~~
私はオジサンとオバサンの顔を見た。つまり目で訴えた。そした二人とも、私が言わんとしている事は分かっている様子であった。
「これはサービスですよ。安心して召し上がってください。」
オバサンは右手を差し出して述べた。マジか・・・、と私は思った。
「お嬢さんが美人だからだよ。」
「こりゃ。」
オジサンの冗談に、オバサンが右ひじで軽く突っ込みを入れる。その様子はまるで、ベテランの夫婦漫才の如くであった。
(あはは・・・。)
勿論、私は楽しい気分になった。・・・でも、同時に寂しい気持ちになった。
楽しい居酒屋の席を立ち、お愛想を済ませた。名残惜しいが、いつまでも夢は見られない。ここを私は後にする。
「元気でね。」
「あ、はい。」
その居酒屋のオバサンからの思わぬ言葉に対して、私は相槌を打つだけだった。オジサンは黙っていたが、その眼はとても優しかった。その優しい老夫婦に、正直に言って私の心は揺らいだ。
タクシーに乗った。予め調べていた場所に運んでもらった。計画は歪めない・・・。
「お客さん、遠いところから来られたんですかね?イントネーションが、こっちとは大分違うね。」
「・・・・はい・・・。」
運転手との会話は全く弾まなかった。とてもそんな気分には慣れない・・・。そして誰もいない山里の付近に着いた。
「お客さん。本当に、こんなところでいいんですか?」
「ぐ・・・、ぎぎ・・・・。」
苦しい・・・。覚悟はしていたが、とても辛い・・・。そう、私は首を吊ったのだ。もう生きる気力など無いのだ・・・。私の意識は確実に遠のいていった。恐怖の時間は終わるのだ・・・。
~~~~~ しばらくして ~~~~~
(んん???)
何と私は目が覚めたのだった。気が付くと私は布団のなかにいた。まさかあの世で布団をかぶることになろうとは・・・。ここは天国なのか、はたまた・・・。
「目が覚めたかい。」
「あっ・・・。」
先ほどの居酒屋のオバサンだ・・・。
「亭主がビックリしたって言ってたよ。まあアタシもビックリだけどね。アンタを亭主が抱きかかえて戻ってきたんだからね。」
(ええ???)
どうやら私は、この居酒屋の夫婦に命を助けられたらしい・・・。
「はい。」
「あ、有難うございます。」
お茶を頂いた。
「うっ・・・、うっ・・・。」
自然と涙が溢れてきた。こんな優しさを与えてくれる人生を、私は投げ出そうとしたのだ。もう死のうなんて考えは、無くなってしまった。安心した私は、バタッと布団に横になった。そして・・・。
~~~~~ 意識は遠のいていく ~~~~~
===== ガ、ギギ・・・・・ =====
激痛が身体を走る。信じられない位に強く、縄が首に食い込んでいる。そう。やはり私は首を吊っていた。涙が溢れでてくる。もっと早くに私は、人の優しさに気づくべきだった。もう私には、後悔の念しか残らない。