第007話 いいがかり
第007話 いいがかり
給仕をしながら聞き耳を立てる。とはいえ、フラウはあちらこちらへと出向き注文を聞き、皿を下げ、あるいは片づけをする。裏方を頼まれる事もあるので、横に立って話を聞くわけにもいかない。
こういう時には、『精霊魔術』いや、妖精に願いを伝える。
――― 『壁に耳あり正直メアリー』
小さく口の中で唱える。この術は、離れた場所に妖精を滞在させ、もう一体の妖精を通じてその場の音を拾う事ができる術である。家の中から屋外を、離れた場所から街壁の外の様子を音だけ拾う事ができる。とはいえ、距離が離れればその分魔力の消費量は増え、また、一定の魔力量を術の行使中は継続して消費することになる。
「それで、場所はどこなんですか?」
先ほどの会話の『卓』の様子が耳元で聞こえてくる。
「もうちょっとはっきり聞こえるようにして」
『りょうかいー』
音が明瞭になる。が、その分多少魔力の消費が増えたようにフラウは感じた。
「バンベルドで訴えられたが、近くの村だと聞いている」
「ああ、司教領の」
「それならありえるか」
元は『上アルス方伯領』としてひとまとまりの領地であったが、その中からトラスブルが独立した帝国自由都市となった。その際、戦後補償やら借入の返済の担保として幾つかの領村が都市の所属になった経緯がある。また、司教領から独立した騎士の所領や貴族領も混在している。
方伯というのは君主の代理人に相当するので、他国であれば「子爵」に相当するだろうか。他の諸侯から独立した権能を有するので、子爵並みといえども陪臣扱いできるものではない。
そもそも、『下アルス方伯』は皇帝家の所領であり、方伯位は皇帝が持つ爵位の一つ。代官を派遣して適当……緩やかに統治している。
小領地が混在している地方であることから、ある意味、法が恣意的に施行されている傾向が強い。田舎の村社会は、声の大きな者の意見が通りやすい。フラウの村は、まだ公国として相応の統治下にあったが、それより弱い、言い換えればそれぞれの村の中で好き勝手やり、領主もそれに便乗して調子に乗っているような小領地が多いのだろう。
『いなかこわー』
「ボクの村もそれなりだったけどね」
平民相手の裁判は、その土地にそれぞれある下級裁判所で裁かれる。裁判官・判事はその土地の有力者かその一族。そして、判決に不服があったとしても、帝国が管理する上級の裁判所に訴え直せるものなど田舎の村にはほぼいない。ツテもコネもカネもない。
貴族を下級裁判所で裁くことはできないという基本があり、これは、各領地の領主が貴族を恣意的に裁判にかけることで戦争になりかねないからという理由もある。各領地の平民はその地の領主の個人財産という性格の反映であるとも言えるだろうか。自分の財産を自分がどう処分しようと問題ない。
農奴から解放されたとはいえ、村の農民などは大して扱いは変わらないのだ。
因みに、帝国自由都市トラスブルとその所領は『トラスブル共和国』として裁判の自治も認められている。なので、不服があったとしても帝国の上級裁判所に控訴・上訴することはできない。最高裁判所は『市参事会』であり、街の貴族・ギルド代表の協議により決定される。
故に、魔女狩り・魔女裁判など最初から蹴られる事は目に見えているので、共和国領内で魔女狩りなど起こす馬鹿はいない。しっぺ返しされて、処罰されかねないからだ。
「魔女狩りか」
『どこにでも湧いてくる―』
『くさいやつらー』
『魔女狩り』が厄介なのは、訴える者はともかく、それを裁く者にとって『魔女』と見做される者たちを庇護する理由も価値もないというところにある。
村で嫌われ者の寡婦や老人を『魔女』とレッテル張りをして処刑する。魔女狩りの行われる地域が特定の場所に偏るのもそうしたところにある。領主公認の出来レースといったところか。
魔女狩りをする者たちだけを『始末』しても、『魔女』に居場所が無いのは変わらない。
「でも、見て見ないふりするのは……違う気がする」
『よけいなおせわー』
『みのほどしらずー』
「だよね」
フラウは片付けた皿を洗いながら、そんな事を考えるのである。
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「そこの餓鬼。こっちへ来い」
「……」
片付けが終わり「後はやっておく」と厨房長に言われ一回り卓を確認して帰ろうかと思っていたフラウに、不意の声が掛かった。
「何か御用でしょうか」
「いや。お前はどこかの家人か」
『家人』というのは、貴族の家などに代々仕える者のことである。そういう者に何かすれば、背後の『貴族』が出てくる。フラウにそうした紐が付いているかどうかを問うてきたということだ。
「いえ、家人ではありません。ですが……」
「ならば、俺の相手をしろ」
「……は?」
「俺は今日ここに泊まる。添い寝の相手をしろといっている」
フラウは内心「ボクは男の子だよ!!」と叫び出しそうになるが、同性愛者でないとも限らないので心の中にとどめる。
「いえ、そういう相手ではございません。御前失礼いたします」
「待て!! ****家子息であるこの私の命令に従えぬというのかぁ!!」
『したがえないー』
『そんなのしらないー』
妖精が言うまでもなく、フラウが従う理由は何一つない。本来なら、この場を管理する『支配人』がいるはずなのだが、姿が見えない。もしかすると、幾らか握らされて責を意図的に外しているのかもしれない。
見れば、随分と泥酔しているように見て取れる。家名も呂律が回っておらずよく聞き取れなかった。恐らくは、どこぞの貴族の息子で、トラスブルに留学するつもりで下見の滞在中なのだろうと推測される。
トラスブルは都市の経済力を底上げする為、市民や在留民が学べる初等学校が充実しており、読み書き計算ができる者が半数を超える。また、寄宿学校も充実しており帝国内の小邦の貴族子弟が留学してくるほど教育施設がある。その数は数百人にもなるだろうか。
目の前の泥酔子息は、その為に在郷会館に滞在しているのだろう。そこで、地元ではちょっと見かけないほどの美形の子供を見かけ、声を掛けたのだと思われる。
田舎の領地では領主の息子・あるいは一族の若者として「若様」扱いされているのかもしれない。良い素材に高そうな刺繍が施されている肩掛けマントを羽織っており、本来なら紋章が見えるのだろうが……残念な状態になっているためはっきりわからない。
面倒そうだと、周囲の客も見て見ぬふりをしている。あるいは、フラウの保証人が『灰色の雌狼』と知っているものは「やっべ」とばかりに視線をチラチラと向けて様子を伺っている。怖いもの見たさという事だろうか。
「おい、聞いれいるのか!! へんりをしゅろぉ!!」
かなり酔いが回っているようだ。そして、子息は帯剣に手を掛ける。本来、街中で帯剣することは違法である。だが、例外も存在する。星二以上の『護衛』を行えるランクの冒険者と、『貴族』である。前者は仕事の必要上、後者は身分を示す特権として帯剣している。
厳密には、抜け道がある。『メッサ―』と呼ばれる大型のナイフを剣のような鍔をつけ装備する。
フラウの場合、バウアーンヴェールと呼ばれる簡易の護拳付きナイフを装備している。あくまでナイフなので、刃の厚みはかなり薄い。剣のようには扱えないのだが、あくまで護身用・解体用に持っている。
「これならはなしがきこえりゅかぁ!!」
剣を抜く子息。が、足元がおぼつかない様子だ。剣を持ち歩くのは問題無いのだが、自分から剣を抜けば問題となる。ましてここは、貴族街区の在郷会館である。
「しょ、少々お待ちください!!」
隠れて見ていたのだろうか、支配人が慌てた様子で姿を見せる。やはり金でフラウを売ったのだろう。騒ぎが自分の責任問題となりそうなので慌てて出てきたと思われる。
「なんらぁ!!」
なんらではない。
慌てて剣を振り回す素振りを見せる子息を取り押さえろとばかりに声を掛ける支配人。あくまで自分は手を出さない。荒事に慣れた風体の騎士風の男が二人子息を羽交い絞めにする。
「もういいかな」
『いいよー』
――― 『頭隠して尻隠す』
妖精の力を借りた姿隠しの術。実体はそこにあるので、移動すれば足音もするし、扉を素通りできるわけではない。とはいえ、騒ぎに注目が集まる中、使用人用の通路を通り、こっそりと自分の部屋へと戻るのは難しくはない。
その際、厨房でちょっとチーズやらハムやらをくすねるのも当然。残業手当の類である。
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子供はままならないことが多い。身元の確かな大人の保証人がいなければ今のところなにをされるかわからない。妖精がついていたとしても、それが身分や立場を良くしてくれるわけではないから。
「はぁ。また絡まれないと良いけど。明日も早いし、さっさと寝よう」
『妖精はねないー』
『起きてても寝てるのと変わらないー』
それでいいのか。
あと二月弱、仕事はさほど大変ではない。慣れてきたと言うこともあるが、馬の番も接客も楽しい。世話焼きなのは祖母に似たのだろうか。とはいえ、先ほどの酔客のような理不尽な目に合う事も少なくない。
村では祖母の威光もあり、然程表立って理不尽な目に合うことは無かった。少なくとも、あの『魔女狩団』が現れるまでは。利用できる間は、便利に利用されていただけであり、村の一員ではなかったというだけなのだが。
魔女扱いされる者たちも、そういう疎外された者なのだろうかと思わないではない。
「子供は何もできないよね」
『おとなもいろいろたいへん』
『しがらみがあるよー』
世知辛い妖精である。何かできるわけでもなく、何かしようと思うわけでもないがもやもやするのだ。
「半人前未満のボクが考えるだけ無駄かもね」
『むだむだー』
『むだもだいじー』
妖精たちに適当な答えを返されつつ、フラウは「ビアンカさんに相談してみようかな」と一先ずの回答を出し、夢の国へと旅立つのである。