第006話 冒険者登録
第006話 冒険者登録
「ラウ、これも頼む」
「了解です!!」
『げんきかー うまー』
BURURUNN!!
フラウはトラスブルで暫く冒険者として働くことにした。一つは、故郷での『魔女狩り』騒ぎが一段落つくまで様子を見たかったからである。今一つは、薬師也錬金術師として活動する前に、『冒険者』として登録して実績を積むことで、移動の自由を得ることができると考えた。
ビアンカは「俺の徒弟としてついてくれば、いいだろ?」と言ってくれたが、村と祖母の庵とその間の森のことしか知らないフラウからすれば、もう少し世間を知りたいと考えていた。特に、馬の扱いを学びたかったのである。
駈出し冒険者未満である「見習」相当の『星無』等級からのスタートとなるフラウからすれば、現在住み込みで働いている『在郷会』の給仕兼馬番の仕事は悪くないのである。
『うま、めしが不味いって』
「そうなんだ。なら、美味しくなるようにちょっと手伝ってよ」
『『わかったー』』
在郷会というのは、同じ居住区に住む『市民』が共同で集まる『会館』と馬房がセットになったものだ。職業別の『ギルド会館』と機能は似ているが、こちらは住んでいる場所ごとに設置されている。いや、いた。
今では随分と居住区が整理され、貴族街区と富裕層街区の二か所にしか存在しない。フラウが働くのは『貴族街区』の在郷会館である。元は、各家毎に馬小屋を設けて管理していたのだが、街の住人の増加と共に馬の世話も各地区で纏めて行う方が効率が良いとなり、街区毎に会館が作られ、馬を財産として有する「市民権保有者」がそこに馬を預けるようになった。
馬を預けるついでに人が集まり、会食したりあるいは談話室などを設けて集うようになる。時間つぶし、余暇の時間、あるいは邸に滞在させることができない来客の逗留などのため、ギルド会館同様設備が整えられていった。
市の機能が整理される以前において、街区毎の揉め事を捌いたり、あるいは警邏・掴まえた犯罪者の留置・裁判なども行われた場所であり、「自治会館」といった生活の強い建物である。
とはいえ、今では「馬房」「酒場」としての機能が強く残る場所に過ぎない。
預けられた馬に水を与え、妖精が「リフレッシュ」させた飼葉を用意する。妖精はワインやミルクを腐敗させると言われるが、当然その逆もできる。飼葉が古くなりやや湿気ていた状態を改善してもらったのである。
『うま、おおよろこび!!』
『うま、まっしぐらー』
機嫌のよくなった馬の背中をブラシで整え、蹄の状態などを確認する。フラウに蹄鉄をつけさせたり、蹄を削らせることは今のところないが、脚の状態に直結することから、こまめに確認する必要がある。鍛冶の技術に左右されるのだが、青銅製の鋳物なので比較的容易に手に入れることができる。
大量生産されており貨幣の代わりにつかわれることがあるほどだ。トラスブルでは『貨幣鋳造権』を長く持つ帝国自由都市であるが、蹄鉄もそれなりに造られ帝国内外に流通しているらしい。
「さて、そろそろ給仕にまわらないと」
朝早くから馬の世話をし、夜遅くまで酒場で給仕をするのが今のフラウの生活である。契約は三カ月ごとの更新で、衣食住は雇用者持ち。とはいっても、在郷会館の使用人部屋に住み、衣服はお仕着せ、食事は賄いである。この在郷会館は『貴族街区』のそれであり、見目が良く、さらに馬の世話も(妖精のお陰で簡単な意思疎通が)できるフラウは大いに可愛がられている。
貴族といっても、元は司教に仕えた家士の流れであり、トラスブルが司教都市であった時代から都市の運営を担ってきた家系が主である。主に、官吏として活躍した人たちであり、トラスブルの『参事会』に代表を送り、幾人かは『副市長』として、市の運営を司る。
この街の市長は一年任期で「市民権」を有する者から選ばれる「顔役」であり、主に対外的な首長として外交などを行う仕事だ。副市長と参事会が司法・行政・財務・軍事・外交の実務を執り行っている。近年、ギルドの指導者層や、豊かな商人からなる市民門閥が増えているものの、『家門』として市政を担っているのは貴族達。
そういう意味では、フラウが住み込みで働きつつ、世の中を知るには良い環境であると言えるだろう。妖精が、あるいは妖精の力を借り気になる情報には聞き耳を立てる機会が多くある。
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「よお、『ラウ』久しぶりだな」
「ビアンカ様、ご無沙汰しております」
「ぶっ!! よせやい、随分と他人行儀じゃねぇか!!」
ビアンカはトラスブル中心に冒険者活動を行っている。とはいえ、その仕事はトラスブルの『傭兵団』への参加である。これも三ケ月更新の契約。
「馬の世話は慣れたか」
「ぼちぼちだね。ほら、馬の気持ちがボクには良くわかるから」
「便利だよな、それ」
ビアンカはフラウが『魔女』の加護の一つとして、妖精を通して動物と意思疎通できるという事を知っている。馬に限らず、犬猫、鴉などとも簡単なことなら通じることができる。さすがに、鼠や小鳥のようなあまり頭の良くない動物とは会話が成立しないらしいが。
但し、操ることはできる。例えば、移動させたり、何かを襲撃させたりだ。
ビアンカは貴族の知人と連れ立って、週に何度かここを訪れる。傭兵であるが、伯爵相当の高位冒険者であるビアンカは、この在郷会館の『名誉会員』になっている。貴族達からしても、名の知れた冒険者と「繋ぎ」を作るのは悪いことではない。
トラスブルはルテル派原神子信徒の街として存在しているが、帝国皇帝は原神子派に対して宜しくない感情を有している。中立的な立場で過ごしたい帝国自由都市としては、いざという時に腕の立つ戦力を持っていると言うことを誇示し、皇帝軍を牽制したいといったところだろうか。
トラスブルの人口は約三万人。そして、市民軍の戦力が五千弱。つまり、成人男性のほぼ全員が、街区やギルドを通じて「市民兵」として編成されることになる。在郷会の馬房は「騎士」を維持する施設でもあるのだ。
それ以外に、ビアンカのような傭兵が一個中隊四百名ほど常備の戦力としてトラスブルに雇用されている。
皇帝から指名され勅許状を有する『傭兵隊長』は、この規模の中隊を十個揃えた『連隊』を編成し従軍することになる。なので、トラスブルの傭兵団は即応戦力としてまあまあといった規模である。
「調練は順調?」
「まあまあだな。装備を持たせて、多少のことでは動じないようにする訓練だからな。俺が本気で暴れても、まあ、二分くらいは戦列を維持できるな」
「……それは……優秀?」
傭兵とはいえ、元は貧民出身の若者ばかり。冒険者になるほどの気概もなく、街の衛兵に毛の生えたような存在だ。因みに、街の衛兵は女で言えば「お針子」「下女」と同じランクの下層の存在だ。冒険者は「短期在留者」扱いで、外国の商人のような扱いである。
「優秀だな。ここは払いも良いし、この辺りの出身者で固めているから、常備軍に近い。いざとなっても当てに出来そうだ」
傭兵の多くは帝国南西部……この辺り出身の貧農の子供や所領を相続できない騎士の子供辺りが付く職業だ。幹部こそ、騎士の子弟でそれなりの貴族らしい能力を有しているが、兵士は数合わせで武器を持たされたような者も少なくない。
いざ戦争の際に、徴募するとそういうのが集まってくる。中には歯の抜けた老人や男装した女なども混ざっている。戦力としては数以下でしかない。とはいえ、槍を持たせて『壁』にする程度の仕事はできる。歩兵は移動する城壁であり、城壁の間からマスケット銃を放つのが当世の戦争だ。
それと比べれば、トラスブルの傭兵団は真面なのだろう。少なくとも、歯抜けの老人集団が人狼の高位冒険者の放つ暴力の嵐に二分も耐えられるわけがない。
「じゃあ、訓練教官はこれで契約終了になりそうだね」
「まあな。三ケ月以上俺が教えることは無さそうだ。隊長職も柄じゃねえし。けど、まあ、この三ケ月で結構稼げたから、一年くらいはプラプラできるぞ」
「……高給取り……なんだね……」
『やしなえー』
『やしなわせてやるぅー』
妖精二人は上から目線である。とはいえ、ビアンカが当初『徒弟』として従者のように連れて回ろうとすることをフラウは断っている。
冒険者登録をする際、フラウは『星四冒険者 ビアンカ』が保証人になるという形で星一冒険者としてスタートすることも出来た。
元々薬師としての技術を身につけ、森での採取も自身で行っていた。薬師としての腕も祖母が「一人前」と認める程度はあり、なにより『魔女』の加護で妖精の助力を得ることができる。失せ物探しや迷いネコ探しなど、なんということはない。「聞けばわかる」レベルなのだ。
それでも、トラスブルでの見習依頼を熟す中、世間知らずであると自覚のあるフラウは「見習」としての期間、街中の依頼を熟す事にした。本来は、使い走りや日雇いの労務のような仕事が主なのだが、フラウの見た目と能力、保証人のビアンカの存在もあり、貴族街の在郷会の住み込みの仕事を紹介されたのだ。
当然面接はあり、山出し然とした姿にも拘らず、その優れた容姿と農村出身とは思えない言葉遣いと知見から即採用となった。幸い、『小姓』が身に纏う古着が多数寄贈されており、その中で給仕や馬丁に相応しい衣装も直ぐに用意された。
貴族の「小姓」というのは、大抵貴人の子息が見習としてつく故に、容姿の優れた者であることがおおい。在郷会とはいえ、いかにもな外見は出来れば避けたい。平時で傭兵の仕事が無い時には、見習冒険者が多くなり、以前派遣されてきた子供も読み書き計算は勿論、挨拶などもできない困った者であった上、会館の備品を故買商に売り処分されたことがある。
見目良く賢く保証人もしっかりしているフラウが喜ばれたのは言うまでもない。
また、「フラウ」という名称もどこか女の子のように聞こえるので『ラウ』という名前で冒険者登録をしている。見習冒険者の『ラウ』が誕生したわけだ。
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見習となり既に一月。このまま順調にいけば、三ケ月の雇用期間終了の後、見習から駆け出し冒険者『星一』になれそうである。
見習は街中の雑用しか受けることができないが、駈出し=星一になれば討伐依頼を受けることができる。見習い期間中にビアンカとともに討伐依頼を行ったとしても、フラウの貢献度は全く計上されない。元々対象外だからだ。しかしながら、星一になれば討伐依頼に参加することができる。あくまでも「参加」であり、依頼を受けることができるわけではない。パーティーの構成員として依頼達成時の評価に計上されると言うことだ。
とはいえ、フラウには直接在郷会から「契約延長もしくは更新」という依頼をギルド経由で伝えられている。仕事ぶりが評価されたからということもあるが、やはり見た目である。
ギルド経由で、「ひとまず契約終了。後日、別途に雇用契約を検討する」と返事をして貰っている。貴族街での仕事は人気がある。コネが生まれ、給与も良く、引き抜きで貴族の使用人になることも十分あり得る。従者となりやがて出世して執事や家宰に抜擢されれば大出世となる。
まあ、そうはならないだろうが。夢はある。
フラウの夢とは関係ないのだが。
「魔女狩りか」
「ああ。同じトラスブル領の中でだ。恥ずかしい」
「あそこは司教領の一部だし、こちらとは関係ないがな」
不穏な話が耳に入る。大聖堂はあり、市民の半数は伝統的な御神子教徒で、三分の一は原神子信徒、残りはラビ教徒なのがトラスブル。市の上層部は原神子信徒、下層民は近隣の農村同様御神子教徒が多い。
トラスブルはその昔、トラスブル司教領の領都であったが、司教と市民が対立し、聖征の時代の末頃内戦を行い帝国自由都市として司教領から独立した。が、司教領は『上アルス方伯兼トラスブル司教領』として残っている。
因みに『下アルス方伯領』も存在し、これは皇帝家が代官を据えて統治している。ともに、御神子教徒の領地であり、言い換えればフラウの育った村のような場所が連なっていると言える。
『魔女狩り、きになるー』
『魔女狩りを狩りに行こー!!』
フラウが冒険者を選び続けるいま理由の一つは、『魔女狩り』から魔女を救いたいと思うからでもある。