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『魔女狩り』を狩る魔女  作者: ペルスネージュ
第一章 『森の庵』
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第004話 撃払う女人狼

第004話 撃払う女人狼


「ぎゃあああ!!!」


 短く軽い矢が太腿に深く突き刺さる。鏃は細く深く穿てる『鎧通』に近い刃を持ち、弓銃のものに似ている。


「おい、弓銃の狙撃だ!!」

「木の上にいるぞ。次の矢が装填される……ぎゃ!!」


 弓銃は威力こそ高いものの、連射性能に劣る。脚を掛けて引く鐙弓型や、機械での巻上型が主であり、船上や城塞の防御では威力を発揮するが、野戦ではすっかり使われなくなっている。とはいえ、強力な矢を放てること、弓を引く力に左右されないことから、狩猟に用いられているので珍しくはない。


 しかし、こんなに次々と放てるようなものではない。普通は三十秒程度はかかるのだ。樹上で連射などできるはずもない。


 松明を掲げた男たちが、闇に浮かび上がる木々の間に視線を彷徨わせるが、妖精の力で姿を隠したフラウの姿を見つけることは出来ない。


 すると取り囲んだ庵の扉が音もなく開いた。矢で傷ついた男を後ろに下げ、再び、先ほどの『傭兵』が怒声を上げる。


「さっさと、出てこいぃ!!」


 すると、中からゆっくりと漆黒の胸当をそなえ、金属で補強された革の鍔広帽子を被った偉丈夫が、片手にメイスのようなものを構えて中から姿を表した。


「おい、こんな夜中に人の家取り囲んで、何やってんだぁ!!」


――― 『咆哮』


 人狼が行う魔力を込めた威嚇の行動。力の弱い者ならば、一瞬で硬直し気絶するまである行動。松明を持つ数人の村人が崩れ落ち、半ばは硬直している。


 しかし、『魔女狩り』の傭兵達は意に介さず、剣を構える。


「なんだぁ、どこが魔女だ!!」

「誰でもいいだろ。連れてきゃよ!!」


 追い込まれたところで本音が出てくる。既に二人の傭兵が足を傷つけられて戦力が削られ、残りは四人。村人は当てにならず、とはいえ、目の前の者を掴まえて「魔女」だとして引き渡せば仕事は終わる。四対一、いや、四対二なら十分対応できる自信がある。


「ハンス、ヨーゼフ。お前らは弓兵を探して討取れ。ペーター、お前は俺とこの男を倒す」

「「「おう!!」」」

「お、俺は女だぁ!!」


 再度の『咆哮』だが、傭兵四人は気にせず、背後の森に向かい二人が移動し、硬直する村人を怒鳴りつけ、弓兵を探すように指示する。髭とペーターは左右に分かれ、庵から出てきた『女』を迎え撃つ。


「さあ、こい」

「……女……まあ、魔女になるのかぁ」

「うるせぇ!! 俺は魔女じゃねぇ!! ビアンカっつー名前がある!!」

「「……灰色狼か」」


 ビアンカの髪の色を「灰色」と嘲る蔑称であり、そう呼ばれることを本人は喜ばないのだが、戦場で敵対する兵士からは「灰色狼」は恐怖の対象となる。


 優れた膂力と敵対する指揮官を狙い倒す豪胆さ。名のある貴族出身の魔力を持つ傭兵騎士達が何人も殺されている。最近、戦場で顔を見なくなったこともあり、「死んだ」と噂されていたのだが……


「こんなところに潜んでやがったとは……」

「まあ、倒せば賞金が出る」

「確かに」


 子分である傭兵騎士を殺された傭兵隊長らが、ビアンカに対して密かに懸賞金を出している。戦場で殺せれば良いが、場所・生死を問わずでも報酬が出る。その額、金貨千枚。傭兵隊長・あるいは帝国男爵の二年分の収入に匹敵するとか。


「顔はわかるように殺さねぇとな」

「確かに!」


『魔女狩り』より金になると判断した二人は、俄然真剣な戦場モードへと移行する。ちまちま手間賃を稼ぐよりも、ビアンカの首に掛かる懸賞金の方が余程魅力がある。


 傭兵達はビアンカの装備をじっくりと確認する。


「なんだ、その棒切れは」


 イチイの棒きれの先端に、小さな黒光りする塊が見て取れる。揶揄う相手にビアンカは冷静に答える。


「これか? 魔女狩りを狩る斧だ。てめぇらの頭、カチ割ってやる」


 獰猛そうな笑みを浮かべると、胸当から付き出た腕がぐっと太さを増す。その様子に気が付いた『髭』が、驚きを隠せないとばかりに口にする。


「そ、その腕……」

「ん? これか。お前の頭をカチ割るなら、腕だけの狂化で十分だ!!」


 ビアンカは人狼であるが、長らくの鍛錬の結果、全身ではなく部分的に人狼化させることができるようになった。顔や胴体をそのままに、手足だけを『人狼化』させるなどである。また、顔も少しだけ人狼化させるなどで、顔貌を替えて見せることもできる。戦場では、やや人狼化した顔を見せていたりもする。


 カッツバルゲルと呼ばれる、片刃の曲剣は剣というよりも鉈に近く、長さもさほど長くはない。長柄やマスケット銃が使えなくなった場合の予備の武器であり、白兵用の装備でもある。勇猛に戦うとされる『帝国傭兵』の象徴とされる剣であるが、『羊飼いの斧』を片手で振り回すビアンカと対峙するには、少々間合いに厳しいものがある。片手用の歩兵剣で長さは70cmほど、羊飼いの斧は120cmだが、持ち手を考えても90cm程はある。


「いくぜぇ!!」


 右手で斧を構え、振り下ろすビアンカ。それをバックステップして躱す『髭』。その隙を突いて、左側からペーターが剣で斬りかかるが……


「届かねぇ」

「はっ、これでも喰らえ!!」


 斧を振った反動をそのままに体を回転させ、躱しながらペーターの腹に回し蹴りを当てて吹き飛ばした。


「ぐえぇ」


 踏み潰された蛙のような声を出し、地面を転がり倒れ伏すペーター。


「おらぁ!!」


 仲間の転がった姿を無視して、踏み込んで来る『髭』。蹴って動きが止まったかに見えたビアンカの脛に向け、剣先を突き刺そうとする。


 ところが……


GANN!!


 フラウの長靴の脛の部分には金属板が挟み込んであり、剣の突き程度では貫くことは出来なくなっている。並の人間なら歩くことも難しい重さなのだが、「人狼」にとっては「ちょっと重い」程度の重さに過ぎない。


「嘘だろ」

「じゃあな!!」


 前のめりになっている『髭』の首筋に、刃の付いた側の先端を叩き込み止めを刺す。次いで、転がるペーターにも同様に。


 その姿を見た未だ動けない村人たちに向かい、ビアンカは三たび『咆哮』するのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「よっ!」

「ぐはっ!!」


 木の上を探している村人の太腿に矢を射込み、傷を負わせリタイアさせ、いまハンスの太腿に矢を射込んで動きを止めた。


「いつまでも樹上にいるわけないじゃない」

「な、いままでいなかっただろ……」

「いいえ。いましたよ!!」


 至近距離から喉に矢を射込む。フガフガと声にならない声を上げ、叫ぶ事も出来ず矢を抜けば恐らくは出血で死ぬことになる。


 そのまま再びフラウは林間の闇へと消える。


「お、おい。その矢は」

「……ぁぁ……ぉ……ぃ……」


 慌てて矢を抜こうと駆け寄る村人を相棒のヨーゼフが止める。村人の一人に付き添って村に帰る様に指示を出し一先ずハンスを後退させる。


「ヨーゼフさん……どうします……」

「どうするって……魔女を狩るまで魔女狩りは終わらねぇだろ。それに、あの弓使い何者だ」


 村人は「恐らく」と付け加えると、『魔女』の孫である『娘』であろうと伝える。


「フラウっちゅう十歳くらいの娘です。ばあさんの手伝いをしていて、あの家にしょっちゅう通ってたです」

「……弓の名人か何かか?」

「知らんです。わしら、良く知らんです。明るいいい子っちゅうことくらいしかわしら知らんです」


 弓で正確に射殺す「いい子」なんているかとヨーゼフは心に思うが口にはしない。数でこそ自分たちは勝っているが、森の中で相手は地の利を得て有利。姿を見せず、見せた時にはこちらが傷ついている。深追いする必要はない。「魔女」である祖母さえ捕らえられれば仕事は終わる。


「戻るぞ。魔女をとっつかまえて終わりにする。なに、数ではこっちが有利だ。さっさと終わらせよう」

「だな」

「おう」


 数人の村人と庵へと向かうヨーゼフ。だが、そうはいかない。


「ぐっ」

「わあぁぁ!!」

「いっ、痛てぇ!!」


 戻り道にはしっかりと罠が仕掛けられていた。林間に張られた縄に足を掬われ、倒れた場所には金属のスパイク……恐らくは釘を木の板に突き刺しておいたもの。そして……


「く、くせぇ」

「な、なんだこりゃ」


 腐敗臭のするものが釘に塗りたくられている。


「こ、こいつは……」

「腐り病の元だよ。へへ、早く消毒しないとそこから腐っちゃうから気を付けてね!」


 場違いな明るい声。そして……


 TANN!! TANN!!


「げぇ」


 左胸に二本の矢を撃ち込まれ、前のめりに倒れるヨーゼフ。そして背後から聞こえる声。


「魔女狩りを狩る魔女……ってところかな。ねえ、おじさんたちも『魔女狩り』の人?」


 そこには、いつもの通りの声色で優しげに問い質すフラウが弓を構えて立っていた。


「い、いや、お、俺は只の農民だぁ!!」

「そ、そうだ。ま、魔女狩りなんか知らねぇ!!」

「そっかー」


 フラウは笑顔で「早く帰って手当てした方が良いよ」と伝えると、森の中へと姿を消した。あちらこちらに傷を作った村人たちは、消えかかった松明を広いあげると、元来た道を村に向かって戻っていった。


 途中、来る時に通ったはずの『庵』を見つけることは出来ず、途中で頭をカチ割られた二人の『魔女狩り』の傭兵の死体を見かけたものの、誰一人そこで足を止めることなく、転がるように逃げて行った。


 こうして、森の庵に住む薬師は姿を消し、村は病気や怪我、あるいは出産の時に頼れるものが誰もいなくなったことに暫く気が付かなかったのである。



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