第040話 出会い
高い評価及びブックマーク、ありがとうございます。
また、<いいね>での応援、励みになります。こちらもありがとうございます。
誤字報告、ありがとうございました。
第040話 出会い
『猫まっしぐら』
『なるほどド・レミ村』
『……うるさい』
魔山猫は街道を行く三人とは別行動し、ド・レミ村の手前で合流することにしていた。決して忘れていたわけではない。
「そういえば、『ルクス』のことは伝わっているんですよね?」
「ああ。魔女に使い魔は必要だし、猫って相場は決まっってる。問題ない」
猫ではなく、魔物化した大山猫なのだが。確かに、虎も小さいうちはゴツイ猫に見えない事もないではない。いやかなり違うぞ。
ド・レミ村はフラウの住んでいた村と比べると狩猟採集と畑仕事が半々くらいの山深い村に見えた。
「教会堂があるんですね」
「領主館もある。ここは今、王国の直轄領で代官が統治しているけど、常駐しているわけじゃねぇから、お前のいた村と変わらねぇかな」
「国王陛下の代官様って貴族ですよね?」
王国は国王直轄領が各地にあり、新しく併合されたり設立された領地はほぼそれに当たる。代官となる『子爵』は、各地の貴族の子弟の中から王都の大学で法学を学び大法院や各地の州総督府などで実務を行った中から任ぜられる。王の直臣であり、王の代理人として差配を行うのだ。
「親から継いだ爵位じゃねぇ分、能力は高いがそれを鼻にかける奴も多い。貴族らしくあろうとするから、めんどくせぇ奴もいるぞ」
成上り程、自分を駆りたててねばならないということもあるだろう。舐められたら貴族は終わりなのだから、当然と言えば当然だろう。
「とはいえ、王の代理人だから勝手に増税したり、好き勝手には出来ねぇ。それなりに預かった領地を豊かにしなけりゃ無能扱いされるし、監査役もきちんといる。国王の代官とはいえ問題を起こせば子爵の地位も棒に振るからな。下手な土地持ち貴族より悪くはねぇんだよ」
帝国南部の小領地は領主も領民も貧しく大変である。皇帝が戦争をするなら、自弁で遠征に参加しなけりゃならないし、その結果何年も戻れないことがある。本来の契約の差分は皇帝が資金を支払う義務があるのだが、それも即座に必要十分な金額を払うわけではない。小領主の装備は時代遅れであり、戦力としても不十分と見做されつつある。傭兵の方が余程戦力として使い出がある。
王国も同様、直轄領の防衛は国軍が担うことになり、各地の領軍と比べるべくもない強力な軍を有している。大砲・銃の装備も充実し常備兵によってその根幹は担われている。不足分は傭兵や各地の州総督らが動員した徴兵により補充される。
国境地域は直轄領を差し込む事で直接国王が介入できる余地を残しているのだろうとビアンカは言う。
「ド・レミ村は安心ってことですね!!」
「ネデルで神国がどう動くかだけどな。ランドル方面に進軍するならこっちは関係ねぇな。王国と揉めるならランドルかサボア方面だ。こっちじゃねぇな」
「なるほど」
うんうんうなずくプリムに「どの辺か解ってるのかな」とフラウは疑問に思うが敢えて口にはしない。
「あー ランドルってのはネデルの西側にある王国領だな。サボアは山国挟んで大山脈の南側の王国に属する大公国だ。今は親族扱いになってるはずだ」
ド・レミ村に近い『レーヌ公国』は王太子妃の実家であり、後継が女子しかいない為王国が摂政である元王女である王妃殿下を後見している。王太子の次子を「レーヌ公」として送り込み、その後、王家の有する爵位の一つに加えることだろう。
シャンパー伯やブルグント公といった爵位も元は独立した君主が称していた者を王家から後継を入れて王家の持つ爵位に組み込んだ経緯がある。戦争ではなく婚姻で爵位を手に入れるのは何も帝国皇帝家だけの専売ではないということである。
『あの村の入口に、何か異様なものがいる』
「え、あー 確かに。ちょっと人間離れしているね」
『ほんとだー』
『おーくっぽーい』
ド・レミ村の入口にある門。そこに立ちはだかるように太い棍棒を構える人物が一人。それも、女性のように見える。
「あ、そう言えば言ってなかったか。ばばあのところには居候が既に一人いるんだが。あいつだ」
「「ええぇ!!」」
棍棒を持った醜鬼にしか見えない偉丈夫。門前に立つ存在が、これから二人の同居人になるのだと知らされ、フラウとプリムは目を大きく見開くのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
偉丈夫はビアンカの姿を認めると、話しかけてきた。既に顔見知りであるようだ。
「おお、あんたか。戻ってきたんだな」
「この二人を迎えに行ってきたところだ。紹介しよう、こっちの緑がかった髪の狩人がフラウ、そんで、こっちの癖毛がプリムだ。イリア、自己紹介してくれ」
ビアンカも偉丈夫だが、イリアとして紹介されたその女性は、胴回りはビアンカより一回り太く肩幅も広い半面、背は長身の女性ほどでしかない。
「本名ではないんだが、呼びにくいのであだ名で呼んでくれ。イリアだ。東の大山脈にある山村から来た。こっちでいうところの、精霊戦士になるのだろうか。少々の魔術と、これが扱える」
これ、と呼んだのは、フラウの『羊飼いの斧』の柄の倍ほどもある太さの棍棒の先端に金属の円盤、その中心には三角錐状の突起が付いている。
その昔、コルトの戦いで市民兵の多くが王国騎士を打倒した際に用いた長柄の一つ。『ゴーデンダック』という打撃武器だと思われる。
しかし、本来のそれと比べるとかなり異様だ。先端の三角錐と同様の突起が四箇所十字に二段先端側面についている。一見両手持ちの棍棒に見て取れる。その用法は恐らく棍棒のそれであろう。イリアの容姿とその武器の粗暴性が良く合っているというのは申し訳ないが事実であろうか。
「それにしても、わざわざ出迎えに来てくれたのか?」
「ついでだ」
ド・レミ村は街道沿いでもなければ大きな都市の周囲にある村でもない。大きな街に泊まると税も掛かるし割高故に、用事だけ済ませたい人間は、手前の街や村の安価な宿に泊まることが多い。トラスブルのある上メイン地方からネデルに向かう途中にある村だが、わざわざ立ち寄るのは村の関係者だけなのだ。
ついでという言葉は照れ隠しの類であろう。そして、品定めか。
『醜鬼』からすれば、人間も歩人も得夫も土夫も脆弱な存在だと認識している。素の筋力・体格から来る力に加え、魔力を身に纏う事で戦士として一級の存在である。
『鬼』と称されてはいるものの、その実、先住民の末裔であり、人間の一部族なのだが、その見た目が醜悪であるとか、力こそ正義であるといった価値観を持つ集団なので、人間からは魔物の一種扱いされている。
元人間が人肉喰いにより超常的な力を得て変化した『食人鬼』よりもよほど人間である。
食人鬼・醜鬼と呼ばれる種族と人間の間には土夫・歩人・得夫同様子を為す事が出来る。
「わたいは、人間の男と醜鬼の女の間に生まれた半醜鬼だ。これでも、部族一の美女と呼ばれている」
「「……はい……」」
「イリアは『巫戦士』だ。自らは魔力で強化し、敵対者をを魔術で弱める力を持つ。聖騎士に近い」
「「……聖騎士……」」
聖騎士とは、教皇庁に直属する聖騎士団に所属する修道士の騎士である。聖なる力を纏い、異教徒や異端・死霊等と闘うことを本義とする戦士団だ。騎士としての能力に加え、神の加護・祝福を得て振るう強力な武力と、信仰心に裏付けられた強靭な戦意を持つ一騎当千の存在と言えばいいだろうか。
もっとも、最近は火砲が発達した結果、聖征の時代ほど圧倒的存在ではなくなりつつある。
「イリアさんは、どのような魔術を使うんですか?」
フラウは、精霊の力を借りた魔術なのではないかと当たりをつける。何故なら、自分の中の魔力に依存する魔術では、広範囲に影響を与える術を行使することは難しいからだ。ドルイドのように、自然の力を借りる系統の魔術ではないかと考えたのだ。
「わたいのことはイリアでいい。ラウ……だったか。今あってすぐに話すようなことではない。互いに、寄り添えば自ずとわかる。焦る必要も探る必要もない」
「はい!!」
見た目はゴツイし、言い方はぶっきらぼうだが、悪い人ではなさそうだとフラウは判断した。その後ろでビクビクと様子を伺うプリム・二十五歳が少々鬱陶しい。本当に。
村の外縁を歩き、やや小高い場所へと足を向ける。
『けっかいはっけーん!!』
『かくれざとだー』
妖精たちが騒ぎ出す。
『弱い魔物や良からぬことを考える者を弾く結界だな』
「……リンク……そうなんだ」
先ほどまで隠れていた魔山猫が現れ、イリアが警戒心を露わにする。
「おいイリア、その大山猫はフラウの従魔のリンクだ。中々強いぞ」
「……イリアだ。よろしく」
警戒心を解きつつも、じろりと強い視線を向けるイリア。ビアンカが『強い』といったことが琴線に触れたのであろう。弱い威圧を放っているのだが、リンクは軽く流している。
「ふむ、確かに強そうだ」
『強そうではなく、強いのだ』
「……もう、仲良くしてよね!!」
本気か冗談かはわからないが、一触即発の空気が流れ、フラウが止めに入る。血の気の多いものは困る。そして、さらにおどおどするプリム。
祖母の庵より一回りは大きいだろうか。そして、それ以上に年季を感じるたたずまい。一部は石造で作られた壁からすると、最近の建物というわけでもなさそうだ。最近の建物は半木造、木の柱の間に石膏や石材を埋めて壁を作る。いわゆる、ハーフティンバーの家が多いのだが、ここは恐らく、主な部分を石造で作り、拡張部分を半木造で作ったのだろう。
玄関の前に細い人の姿。恐らく女性だろう。
「待ちきれないのはイリアと同じか。タニア、お前の孫を連れてきたぞ」
「ありがとねビアンカ。ふふ、孫と言えば孫だけれど、孫弟子ね」
金髪に薄く緑がかったアーモンド目。そして、尖った長い耳。『得夫』と呼ばれる長命で精霊と親しい種族であることが見て取れる。
「あ、あのはじめまして! ボク、フラウ・シュメルツです。この二人は仲良しの妖精「『ハイレン』と『グリッペ』、そして従魔の魔山猫の『リンク』です。よろしくお願いします!!」
『よろしくー』
『しくよろー』
リンクは黙って頭をぺこりと下げる。
「はいはい!! アメリア村のプリムと申します。里長となるべく、修行の旅の途中です。しばらく勉強させてもらいたいです!!」
「はいはいいいですよ~ 炊事洗濯掃除、薬草の世話から素材の採集、それと、ド・レミ村はお年寄りが多いので、そこに定期的に顔を出して力仕事のお手伝いとかね~」
「えええ!!」
プリムはすっかりド・レミ村の労働力扱いされていることに驚く。
「村あってのこの庵だから、当然、内弟子たるもの、村の一員として貢献してもらうことになりまーす」
「わたいも手伝いに毎日行ってる」
イリアも一内弟子として村の仕事に貢献しているのだという。一人が三人に増えるのだから、一人当たりの負担も減るだろうとフラウは思う。
「イリアちゃん、二人を部屋へ案内してあげてね」
それぞれに持つを手にすると、イリアを先に立てフラウとプリムは中二階の私室へと案内されるのである。
読者の皆様へ
書き溜めていた分が投稿終了しましたので、しばらく充電期間とさせていただきます。
『半得夫』『歩人』『半醜鬼』の三人の旅がどうなるかお楽しみに。