第037話 魔鉛ショートソードの一撃
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第037話 魔鉛ショートソードの一撃
「ビアンカは、何で来たんですかぁ」
「はぁ、そりゃ、ここに巣食ってるのがネデルから脱走したノインテータ―
だからに決まってるじゃねぇか」
「……なんですかそれ?」
ビアンカがすすっと前に出るその背後から、プリムが質問をしたのだが、
何を言っているのかわからねぇ。
「ノインテーターっつーのは悪霊の一種でな。まあ、出来損ないの吸血鬼
みたいなもんだ」
『で、で、できそこないちゃうわあぁぁ!!』
『できそこないじゃなくてこきたない』
『できそこないじゃなくて、めちゃくさい!!』
ビアンカの紹介は気に入らなかったようである。
ノインテーターというのは、帝国北部・東部に出没する蘇る死者―――魔物
あるいは魔人の一種。
正しい方法で埋葬されなかった死者が、死後九日経って不死者として
復活した存在。吸血鬼の一種とされることもあるが、悪霊的蘇りと見る
方が実態に近い。外見は生前のままだが、死体なので顔色が悪い。
自らの親族あるいは所属していた街や村の近しい存在に対して憎悪を
持っており、その全てを殺す。悪霊の一種。
不死であり、生前の記憶や能力を残しているが、自ら吸血鬼の様に眷属
を生み出したり、位階を上げることはできない。吸血鬼の討伐方法である
心臓に杭を刺し首を刎ねるであるとか、日光に当たると灰になるといった
弱点が存在しない。
討伐方法は、首を斬り落とした後口の中に銅貨を入れること。
よろよろとビアンカの背後に退いたフラウが、ビアンカに質問する。
「なんで、知ってるのさ」
「お前の用事でド・レミ村に行く途中の街で、ネデルに出たノインテーターが
こっちにも現れたんじゃねぇかって噂を聞いてな。吸血鬼のように眷属を
増やす事はないんだが、恨みを晴らすまではしつこく死なねぇんだよ。
首を跳ねた上で、口の中にゴリっと銅貨を押し込んで止めを刺す」
「金貨じゃなくていいから、お安く済んでラッキーですねー」
プリムは『土壁』を農婦の周りに積み重ねていき、囲い込んでしまう。
リンクは自分の力で壁を越えられたのだが、狂戦士とはいえ身体能力が
極端に良くなっているわけではない農婦には越えられない壁がある。
リンクも一息入れノインテータ―らしきビール男爵令息に視線を移し
警戒している。
『悪霊ではないぃぃ!!』
「や、悪霊だろ? それが証拠に、フラウ、返せ」
魔銀鍍金の刺突短剣を回収し、ヴォージェと持ち返る。そして、魔力による
身体強化に人狼化を上乗せし、遥か高みの加速で接近し、ノインテーターに
魔力の籠った一撃を叩き込む。
『いでぇぇぇぇぇ!!』
「な、効いてるだろ?」
フラウの流し込む魔力量が少なく、回復してしまったのだろう。ビアンカの
魔力量はフラウより相当多く、また消耗もしていないので思い切り纏い、
叩き込む事ができた。
惜しむらくは、聖性を持つ魔力持ちならば不死系の魔物は瞬殺できる
のであるが、ビアンカはその力を有していない。
腰のホルダーから、ビアンカが取り出した変わった色の剣身を持つ
バゼラード型のショートソード。
「フラウ、使え。魔力を纏って、彼奴の首を刎ね飛ばせ。そいつなら、
断ち切る間魔力を十分纏っていられる」
「わ、わかりました」
剣身はやや黄色みがかった鈍色の金属。銅の合金か。金ではない
だろう。
魔力を込めると、ほんのりと剣身が輝きを放つ。
『いい魔力がこもったー』
『いいしごとしてますなー』
二体の妖精は、剣に纏わりつくようにクルクルと周りをまわる。妖精たちも
魔力を与えてくれたのかもしれない。
ビアンカの刺突のダメージで懲りたのか、ノインテーターはやや警戒して
いるようだ。傷は塞がりつつあるが、フラウの突き刺した傷よりもずっと
治りが悪い。魔力が減った結果か、与えられた傷が大きかったのか、
その両方なのかはわからないが。
――― 『頭隠して尻隠す』²
姿だけでなく魔力の形跡も消す。これには、各一体の妖精が必要。
姿と魔力は別々に消す必要がある。
姿と魔力を消し、身体強化をしてノインテーターの背後に回り、その首に
ショートソードを叩きつける。
『いっでえぇぇぇぇ!!!!!』
ズンバラリと今度は綺麗に首が斬り落とされる。傷口からなにやら湯気めいた
ものが漏れ出しているのは、『妖精』の魔力と魔物の魔力が反発している
からかもしれない。
そのままグシャリとビアンカが頭を踏みつぶす。
「「え」」
「ん、まだしなねぇんだよ。けど、余計な口きかれると腹立つだろ? ああいう
没落貴族のガキってのは傭兵には吐いて捨てるほどいる。大体、たいしたこと
は言ってねぇから、黙らせるに限るんだ」
首を刎ねられ、頭を潰されても死なない。
「プリム、銅貨だせ。一枚でいい」
「はいはーい。プリムちゃんにおまかせ―」
「いいから、ほら、とっとと口にぶち込まねぇと元に戻っちまうぞ」
「うげぇ、それは急がないとですぅ!!」
革袋から一枚の薄汚れた銅貨を選んで取り出す。そして、そのまま
ひしゃげた口の隙間に押し込む。
「うへぇ、ちょっとさわっちゃいましたぁー」
「あとでよく洗っとけ、中庭に井戸があったぞ」
ノインテーターはどうかを咥えさせられると、カッと眼を見開き、やがて
みるみると干からびた生首へと姿を変えていった。
興味なさそうに放り出そうとするビアンカに「討伐証明になるからください」
とフラウが申し出る。適当な襤褸にくるんで魔法袋へと挿入する。
「さて、帰るか」
「だめですよ!! まずは……」
用は済んだとばかりに帰ろうとするビアンカをプリムが止める。まずは、
土壁を解除し、狂戦士農婦を確認する。
目を閉じぐったりとして倒れているものの、胸は動いており、生命に問題
はなさそうだ。とはいっても、瀕死の状態だからとポーションを与える義理は
ない。操られていたからと言って、攻撃されていたのだから。
「塞いだ出入り口を解除して、あとは討伐証明を切り取って、小鬼共の死体は
中庭に穴でも掘って埋めればいいでしょうか」
「あー アンデッド化しないように、燃やせるのがいいな。あとは面倒だが
首を切り離してから埋めるか」
『首ぐらい斬り落としてやるぞ』
リンクが首切り役に名乗りを上げる。猫パンチ乱打で、爪が研ぎ足りない
というところだろうか。爪とぎ替わりも必要なのだ。
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「ビアンカが来てくれてホント助かりましたー!!」
「俺が死体を運んで、リンクが首を刎ね、プリムが穴を掘り、フラウが
鼻を削いで穴に放り込む。役割分担だな」
力仕事担当がいてくれてほんとたすかった!!
城壁から城門楼、城塔・中庭・城館と魔物の死体は百六十余り。そのうち、
八体は「ゴブリン・ナイト」、十体は「ゴブリン・ソルジャー」、コボルドの上位種
も数体確認された。幸いだったのは、魔術系の上位種がいなかったことと、
身体強化のレベルが低かったことである。
おそらく、魔力を持っていたとしても強化するノウハウがノインテーターに
なかったのだろう。生前の男爵子息も魔力は多少あったであろうが、
傭兵としてあるいは冒険者として成上れるほどではなかったと推測される。
故に、銅強化して良いのかがわからず、数を増やすという選択肢しか
なかったのか。
ゴブリンの死体を処理している間に、四人の農婦は正気に戻ったようで、
断片的な記憶から、ゴブリンの巣で不死者の世話係をさせられていたという
ことは理解できたようだ。
四人はトラスブルとは関係のない農村の主婦で、対応するのも面倒だ
と考えたビアンカが、銀貨数枚ずつを渡し「出稼ぎに行っていた」と誤魔化せば
無事元の生活に戻れるだろうと提案すると、喜んで自分たちの足で廃城を
去っていった。
「現金は力也ですねー」
「あー お前らの討伐報酬から返せよ。立て替えてやっただけだからな」
「うぇー」
「わかりました」
フラウはともかく、プリムは不満そうである。とはいえ、ビアンカがいなければ
止めをさせずに逃げるしかなかっただろう。なので、ここは同意するべきだと
頭の中では理解している。
『周囲に逃げた小鬼がいないか一回りしてくる』
首切り役を終わらせたリンクが、城の外へと駈出していく。そろそろ死体
の処理も終わりそうだ。
ビアンカは何やら真面目な表情を作りフラウとプリムに向かい合う。
「二人とも、何か言いたいことはあるか」
「……ご心配をおかけしました。正直、不死者がどんな魔物かよくわかって
いなかったので、あのままだと逃げ出すしかなかったです」
「は、反省していましゅ……しゅ……」
二度噛むプリム・二十五歳。
ビアンカは二人に拳骨を落とす。ゴンとばかりに重たい音がし、二人は頭を
押さえて蹲る。
「まあ、なんだ、二人とも調子に乗り過ぎだ。リンクはともかく、お前ら
星二とは言え駆け出しに毛が生えた程度なんだぞ。魔物だって、上位種や
希少種と遭遇する可能性も考えて行動しろ。自分で討伐できるなんて
思うな」
とはいえ、ショボい魔術と妖精の魔法の組合せで、並の冒険者なら
数パーティーをもって計画し、相応の犠牲を伴う可能性のあった討伐を
二人と一体でほぼなしえたことは誇ってよいだろう。
「城塞を上手く使って、各個撃破の算段は悪くねぇ。だがな、予備戦力が
無い状態でやりくりして討伐なんてするのは素人の考えだ。三分の一、
相手の能力が分からなければ半分程度の戦力で討伐できるくらいの
余力が欲しい。討伐とはいえ戦争も同様。疲労が重なったり、予期せぬ
増援が現れた場合、あっという間にやられる可能性もある」
今回の相手は獣や単純に魔物化した生物ではなく、元人間が魔物化
した存在。人間相手の場合、山賊や野盗あるいは、依頼主だとしても
油断できない可能性がある。
「人間かそれに類する魔物の場合、駆け引きしてくるからな。依頼主も
そうだ。何か隠していたり、必要な情報を意図的に伝えない、あるいは
歪めて伝える。そういう可能性も考えて、話を聞き行動する事だ。印象で
決めつけるのは良くねぇ」
祖母の庵と薬師の手伝いで、それなりに経験のあるフラウはともかく、
山出し・歩人の里の外との遣り取りの経験がほぼないプリムには必要
不可欠な視点だ。
単純で陽気、基本善性の歩人や、人に害意しか持たない小鬼と異なり、
人間にはその両面が存在する。そして、相手の悪意に気が付くこと、悪意を
表に出させないことが必要になる。
銀貨を与えて追い払った農婦などもその類だ。村に送り届けた後、
恩をあだで返されたり、あるいは身の立てようがないからと追いかけられて
も困るのだ。
適当な希望を持たせ、小さな恩を着せて追い払うのが吉。そんな世知辛い
知恵を回さねば、寄る辺の無い冒険者などは、ちょっとしたきっかけで
転落してしまうのである。
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