第035話 臭いものは臭い
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第035話 臭いものは臭い
屋上に小鬼の姿形は見当たらない。城館はL字型に作られており、西側に大広間と領主の寝室などの生活スペース北側に使用人の生活空間・厨房などがまとめられている。
「まずは、北側から中を確認してみて」
『はいはーい』
『いってみよー』
屋上から館内に入り、北棟の三階から各部屋を確認していく。最上階は使用人用の大部屋であったようで、ゴブリンが寝起きするスペースに当てられているようだが、今はその姿は見当たらない。
とにかく、臭いものは臭い。異常に臭いのだ。
乱雑に投げ捨てられた動物の骨や木の実の破片などが床に散乱し、寝床は変色した布と黒ずんだ藁で覆われている。人間ならば新しい藁と交換したり、掛ける布も洗濯するだろうがゴブリンにそんな習慣はない。
「あとで燃やそうか。部屋ごと」
『ゴブリンの巣穴は焼く方が良いだろうな』
動物の巣は大抵綺麗に整えられるものだが、ゴブリンはそれ以下の魔物ということになるだろうか。巣を綺麗にするために、糞を巣の外に飛ばすのはどうかと思うが。
二階もゴブリンの巣。そして、更に汚い。小鬼密度が高いのだろう。そして一回は厨房と人間の使用人の生活空間。使用人は前回確認した時は四人であったが、それは今も変わっていないようだ。
地下に降りる階段。恐らく食糧庫と酒蔵だろう。大広間のある城館主棟の地下は地下牢と宝物庫となっている可能性が高い。
北棟地下は食糧庫だが、腐朽した木箱などが散乱しており、棚も原型を止めていないほど壊れたままである。恐らく、人間の使用人は自分たちとあの薄汚い男の食事の準備だけをしているため、厨房とそこにある保管場所だけで食材の保管は十分なのだと思われる。
「ちょっとだけパンを焼くとか不経済だよね」
パン焼き窯なども厨房には存在している。恐らく、城が健在の頃には、領主とその近侍する者、城に詰める兵士や使用人が食べるパンを毎日焼いていたことだろう。朝一番早いのはパン焼き職人だ。
主棟と繋がっているのは屋上と一階のみ。そのまま、主塔へと移動していく。入ってすぐの場所には、朽ちた木片が散乱し、それと同じように武装したゴブリンが集まっている。数は、凡そ三十体ほどだろうか。
「プリムに北棟との通路を塞いでもらわなきゃだね」
『屋上もだ』
中で待ち構えているゴブリンたちは、麻痺毒入りの霧を警戒して中庭に出てこようとしていない。結果、フラウとリンクは中庭から様子を伺っていても安全安心なのだ。
「リンク、あっちの塔にはコボルドが何体くらいいたのさ」
『二十と少々。ソルジャー種がそのうち三体ほどだ』
「主力はゴブリン。足らないのでコボルドを加えたって感じかもね」
コボルドは土夫ほどではないものの、鉱夫の真似事が得意なのだが、残念ながら道具を手でも角に向いていない手を持つ。なので、素手で掘ることになるのだが、武器を持つのに向いていないので兵士にも向いていない。
警備や物資の輸送などに活用していた可能性が高い。
主力は武装ゴブリン、ゴブリンを集め周辺を警邏・襲撃し、優秀なものを兵士として選抜。その中には、人間から力を得たものも含まれている可能性が高い。魔術や身体強化、あるいは剣術などだろうか。
中庭からの出入門を塞いだプリムが戻ってくる。
「次はどこ塞ぎますか」
「北棟一階を塞いだ後、北棟の屋上の出入り口をふさいでもらえる」
「なんか無駄な気がしますけど」
「無駄足を踏ませるのが目的だからね」
襲撃方向は主棟屋上からの侵入。三階二階と制圧して、二階の大広間に登ってくる一階の武装ゴブリンを限られたスペースで迎撃しつつ、小汚い男と対峙する。
「その時、北棟から屋上経由で後背を突こうとする別動隊が出るはずだから、そこを塞いで置こうかなと思ってさ」
「はー なるほど。相手が勝手に分断されて、各個撃破ってことですね!!」
『悪くない』
話は決まったとばかりに、プリムは再び走り去る。追いかけ、追い抜くフラウとリンク。階段を上り屋上から、円塔を下りプリムの到着を待つ。主棟三階にはゴブリンはおらず気配は二階からするのみ。
――― 『梟鷹の目』
二階へと文字通り妖精を通して目を向けると、中庭からフラウたちの姿が消えたこと頃で、何体かの武装ゴブリンが中庭に出て探っているようで、小汚い男が声高に指示を出している。音が拾えていないので内容はわからないが、恐らく叱咤しているのだろう。
子供にしか見えない二人に翻弄され、戦力の半数が倒されているのだから激昂するのも理解できる。
「やっぱり、魔術が使えるってすごく有意だよね」
小さな魔術を何度でも素早く展開できるというのは、大きな魔術を一回だけ使えるよりも格段に戦いを容易にしてくれる。一回だけの大魔術は使い所に悩むところだろう。
小雷球を百も二百も放てるプリムなら、城塞を盾に防衛戦などで大活躍できるであろうし、発動も早いので野戦でも優位に立てる。雨や夜が弱点であるマスケット銃よりも戦う場を選ばないし、なによりも低コストで運用できる。
マスケット銃はそれなりに高価であるし、ニ百丁に火薬と弾丸、扱える兵士を雇うコストを考えると、プリムはマスケット銃二百丁に相当する対価を得られる傭兵と見做す事も出来る。
傭兵隊長並みの賃金でもおかしくない。伯爵並の身分である。つまり、星四冒険者相当。
『今自分のできることを為せばよい』
「そうだね」
『だよねー』
くるくると回りながら中を漂う妖精。そういうことじゃない。
「はぁ。お待たせしました。しっかり塞いできましたよ。今度はぶち抜かれ無いように、周りの天井『堅牢』掛けてきました」
「うん。さっきは大変だったもんね」
「ですです」
扉を固定しても、その横の壁をぶち抜かれる恐怖。今度は大丈夫と信じたい。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
降りる前に簡単な打合せ。
「ボクとリンクで二階の奴らを押さえる。最初に霧を展開するから、警戒して混乱すると思う。そこでプリムは下からの階段に居座って、ひたすら小水球と小雷球を放つ。登ってこさせないでね」
「なら、階段の途中で膝丈くらいの土壁で塞いじゃいましょう。乗り越える為に立ち止まれば、丁度いい的になりましゅ……す!!」
『しゅっしゅしゅー』
『しゅっしゅっ、ぽっぽー!!』
「むきぃー!!」
大事な所で噛むのが様式美。ともかく、階段を塞ぐのはプリムの裁量に任されることになる。
足音を殺し先行するリンク。妖精の魔法でで姿を隠し、その後に続くフラウ。最後尾はプリム。
円塔の階段を下り出るのは二階大広間。その正面には、背もたれの大きな領主の座る『玉座』の如き椅子に薄汚れた男が座り、何やら喚き散らしている。
椅子も、薄汚れてしまっているのでその象嵌の豪華さは全く分からず、少々寂しくもある。少し高くなっている謁見の座の周囲には、鎖帷子の上に金属の胸当をつけ、ドングリ型に鼻当ての付いているロマンデ式の兜を装備し、腰にはロングソードを装備している。まるで、ロマンデ人の騎士のようないで立ちである。
『断てるか』
「まずは、目くらましからだね」
――― 『霞か雲か』
『いたぞ、二階だ!! 直ぐに討取れ!!』
妖精に魔法を頼むには、一体に一つ。なので、姿を現さざるを得ない。霧が発生し、領主の座に座る小汚い男はパニックとなる。が、慌てず、背後の騎士ゴブリンたちは二人一組となり、階段手前のフラウとプリムに近寄ってくる。
「ここからは二手に別れよう」
『承知』
背後からは、プリムの魔術を喰らって倒れる階下から登ってくるゴブリンの悲鳴が聞こえてくる。
霧の中を姿勢を低くし二体の騎士ゴブリンへと接近する。全身が鎖帷子で覆われていては、フラウが数を揃えたバゼラードでは貫けそうにない。金属のリングを重ねて作る鎖帷子は、刺突に弱いのはリングを貫く効果のある剣が弱点となるからである。
板金鎧も鎖帷子も、鎧の隙間から長い錐のような切っ先の剣を突き刺し止めを刺すことになるのだが、組打ちで押し倒したのちに決めることになる。二人一組で迫る騎士装備のゴブリンに、刺突している間に、もう一体のゴブリンに斬られるとしか思えない。
膂力があれば、戦槌のピックや刺突槍の穂先で貫くこともできるのだが、フラウにその能力はない。
霧に慣れた二階の敵には別の手を考える。妖精の魔法を別のものに切り替える。
――― 『頭が西向きゃ尾は東』
敵対する存在に対して真逆の位置に自身を見せることができる魔法。何もない空間に自身の姿を投影しつつ、実体と誤解させる。
その囮となる仮体を攻撃することで、相手は隙を作ることになる。
NUGAAA!!
FUGA!!
気合の一閃が何もない空間を切裂く。
GAA!!
背後に回り込んだフラウは、魔銀鍍金の施された刺突短剣で一体のオークの首の後ろを貫く。魔力を纏った魔銀の切っ先は、金属の環を容易く破断し、首を貫いたのだ。
そのまま体を捻って床近くにしゃがみ込むと、もう一体の騎士ゴブリンの膝裏を突き刺し、更に左の肩甲骨の辺りを突き刺した。痛みを感じ、その後心臓を刺されたのだろう、前のめりに倒れる。
一組はリンクが押さえているが、もう一組はフラウの背後からプリムのいる階段に向かっている。
――― 『されどその間に時は飛ぶ矢の如く逃げる』
身体強化した上での妖精の魔法で体内時間を加速させる。周囲はゆっくりした動きへと変わり、プリムの背後に迫る騎士ゴブリンの背中を一突き、そして、首の後ろから喉を一突きする。
妖精の魔法を解除すると、二体はそのまま崩れ落ちるように倒れた。
「プリム、大丈夫」
「大丈夫じゃありません!! もういい加減、疲れましたー!!」
螺旋階段に作った土壁の向こう側には、折り重なる武装したゴブリンの死体が見える。
「塞いじゃって」
「最初からそうすればよかったんじゃありませんかー」
プリムはフラウに向かって強い口調で言い放つ。
『それはだめー』
『ゴブリンはみなごろしだー』
フラウの言いたいことを代わりに妖精が伝えるのだが、残念なことにフライうがいに声は届かないのである。
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