第002話 羊飼い登場
第002話 羊飼い登場
ヴュルテンベルク公国の公都『Schduagert:シュドアゲアト』近くにある村。帝国南部に広がる『黒森』に接する村には、公都の影響が徐々に広がりつつあった。
一つは、経済的な結びつき。村から公都へと働きに出る者、あるいは、硬との商工業者から仕事を受け村で下請け仕事をする者も増えている。割りの良い仕事を得て、村は少しずつ豊かになっている。
今一つは、公都の大聖堂の影響。今までは目溢しされていた村の祭祀・風習の中には教会の聖職者、あるいは都市の貴族からみれば『異端』とされる行いもある。教皇庁とその支配下にある教会組織の腐敗、それに対抗する改革派と改革派に対抗する反改革派の行動は、村に古くから伝わる、御神子教の広まる以前からある精霊に対する信仰を「悪魔崇拝」などと貶める思想に侵されていく。
精霊の力を借り、あるいは代々伝わる薬草や施術を行う者は昔からいた。
教会とは異なる祭祀を執り行い、揺り籠から墓場まで村の様々な厄介事を片付ける陰の存在。
都市と村は異なる原理で動いている。都市には教会と貴族の原理、村には農民と……精霊の巫女の原理。あるいは、魔女の原理。
長い間、異なる仕組みで併存してきた世界が都市と村とが接近することで摩擦を生むことになる。
こうした理由で村を支配する原理・魔女の存在は『異端審問』『魔女狩り』として都市の原理により排除される。
村人は利益と時代の流れに乗る為、これまで『魔女』に世話になったことを忘れ、魔女を訴追する側に回った。そうでなければ、魔女の仲間として自ら排除されることになるからだ。
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「『魔女狩り』の一団が、『シュドアゲアト』に来ている」 シュドアゲアトというのは、この村のある公国の都の名前だ。ビアンカはシュドアゲアトの冒険者ギルドでその話を聞いたという。
「ボクも村でちらっと聞いたよ」
フラウ母子、そして祖母の「魔女」を良く思っていない村の女たちが、聞こえよがしに良くない噂を話しているのである。
「そうか。潮時だな」
「潮時だと思う」
祖母は村に家を持つものの、村の人間と見做されていない。祖母は、直接シュドアゲアトの薬師ギルドや商会と取引しており、村の住人でも街の住人でもなく「森の住人」であった。それなりに収入があると伝わって
おり、村にそれなりに「税」を払っているので、女たちは自分たちが畑に縛りつけられ村の男たちに従う立場なのと比べ、面白く思っていない。
最近は寝込んでいることになっているので、遠慮も無くなってきている。祖母は「三年は喪を秘せ」と言い残して亡くなった。フラウの母親もその死を知らない。それでも、顔を見なくなって随分と遠慮が無くなっている。母は村に戻らなくなり、フラウのことも気にしなくなっている。
「早い方が良い」
「そう。悪いのが来そうなの?」
フラウは「魔女狩り」の人物を知っているのだという。
「『ベルハンド・ルング』っつうのが魔女狩りの首謀者で、元傭兵。それも、質の悪い奴だ」
帝国傭兵で、ネデル総督府に雇われていた傭兵団の団長であったのだが、いわゆる戦場以外での『仕事』が得意な旧いタイプの傭兵であるのだという。原神子信徒との内戦中のネデル総督府・神国軍からすれば、真面目に戦わない数合わせの傭兵など無用なのである。
結果、『魔女』の摘発を主に行う『羊飼』に転職したのだという。それも、得意の詐欺の類だ。
「適当に村で財産を持っている寡婦や老女に因縁付けてしょっ引く。村長や街の裁判官とはグルだ。裁判費用は「魔女」持ちだし、取り上げた財産は村と奴とで分配しているらしい」
裁判所や裁判官は直接利益を得ることは出来ないが、名声や裁判に関わる諸費用から間接的に利を得ることができる。「魔女裁判は帝国全土で並行して発生しているのではなく、この手の行為に魅力を感じる街の世俗裁判所の幹部、街とのコネを作ろうとする周辺の村、そして「魔女狩り」が訪れた先で発生する。
半年か一年、魔女狩りが村々を訪れ、『魔女』を摘発し、裁判所に送りこむ。その間に、村では『魔女』の財産が案分され、裁判所は裁判手続きで様々な動きをする。そして、ほぼすべての摘発されたものが「魔女」である事を認め、そのうち何人かが処刑され幕が下ろされる。一度目は許されるが、再犯や、自白の撤回を行えば即処刑となる。異端審問に似ているが、異端審問ほど審問官には教義に対する理解は不要である。
『魔女に戦槌』といった手引書通りに多数の裁判を進め、「魔女」を作り出し処罰・処刑していく。それを受け入れる土壌が村や町にあれば簡単に状況が生まれる。
「それで、このまま村を出ればいい?」」
「いや。一仕事しておきたい。手伝ってもらえるか」
「もちろんだよ!」
母親は当てにならず、貢献してくれていた祖母も今はいない。ビアンカは祖母の友人であり村の外のことをよく知る帝国傭兵にして高位の冒険者だ。そして、義理堅いということもある。
「じゃあ、この庵を出る準備からだな」
「大丈夫。おばあちゃんがしてくれているから」
祖母は魔法袋にフラウが必要とする錬金術の道具が収まるように生前用意してくれていた。庵にあるものよりは小さくなるが、旅先で大きなものを広げることも難しい。小さなテーブルに乗る程度の蒸留器など、むしろ、並のものよりも高価になる。それでも、フラウが旅立つときのため、祖母は用意してくれたのだ。
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フラウとビアンカは互いの予定をすり合わせる。フラウは、祖母の師匠に当たる錬金術師を訪れることを計画していた。
「婆さんの師匠っていったい何歳なんだよ。生きてんのか?」
「大丈夫みたい。得夫だってさ」
「……いるのかそんなもの。御伽噺の存在だろ?」
今は王国領に編入された帝国西部のとある場所に、その錬金術師は住んでいるという。距離はさほどではない。十日もあれば十分に辿り着けるだろう。
「その前に……ぼ、ボクも冒険者登録しておきたくって!!」
「そうか。だが、公国内ではやめとけ。自由都市の方が良い」
村から出て、一先ず『シュアゲド』に向かう。その後、『トラスブル』に向かう。ここは、原神子信徒の市議会が力を持つ自由都市で、魔女狩りの影響は今は出ていない。機械細工や印刷で潤っている街らしい。
「登録はトラスブルが良いだろう。帝国の一部だが王国もすぐ近くの独立した都市だ」
「そこから……ここまでってどのくらいかかるのかわかる?」
フラウは祖母の残した手紙を見せる。簡単な地図、同封する師匠あての紹介状を持って『ド・レミ』という村を訪ねろと書かれている。
「ここが、トラスブルだな。トラスブルから大体三日くらいか。まあ、野営すればだけどな」
「野営? 問題ないよね!」
フラウは、一度この森で祖母とビアンカの三人で野営をしたことが有る。フラウに野営を体験させる事と、魔物除けの結界の試用試験を兼ねてビアンカに同行してもらったのだ。それが殊の外楽しい思い出としてフラウの記憶に残っている。
祖母が亡くなったのはその一月ほど後のことであったのだが。
「婆さんの結界があれば、見張も大して必要ないしな」
「それに、『ハイレン』と『グリッペ』も教えてくれるからね」
フラウの使い魔というよりも友だちに近い二体のピクシーは、魔物や接近してくる人間を知らせてくれる。基本的に不意打ちの心配はないのだ。
「こっちの都合は、『魔女狩り』の討伐だな」
「え」
ビアンカは帝国の上層部からの指名依頼で、『ベルハンド』率いる「魔女狩り団」を討伐を引き受けているのだという。
所謂、『羊飼』と呼ばれる魔女狩りのお先棒担ぎの問題点は、魔女であるかどうか不確かにも拘らず「解る」として摘発だけ行い、その後、裁判とは関係なくどこかへ移動してしまう事にある。
これが、近隣住人からの訴えなどであれば、言いっぱなしやりっぱなしとはいかないので、訴える方も慎重になる。『羊飼』と呼ばれる『魔女』を見分ける能力があると自称する者たちには、そうしたリスクなく罪を作り出すことができる。そして、それを利用して自分たちの利を得ようとする人間が跡を絶たない。
「狩れるの?」
「ん。まあな。この庵を囮に使わせてもらうことになるがな」
「うわぁー 燃やされたりしない?」
「何もしなくとも、略奪の対象になりかねねぇぞ。庵を残しておきたいなら……俺に協力する方が身のためだ」
妖精にこの庵を隠してもらうつもりなのだが、妖精の隠蔽を解除できる魔術師でも現れれば発見され、略奪されかねない。なので、敢えてこの庵を利用して魔女狩り団を掃討するほうが手間が省ける。
「村の協力者も一緒に囲むだろうからよぉ」
「お仕置きするのはボクに任せて」
「……殺しはしねぇよ。まあ、手足のニ三本は圧し折れるけどな」
農民が手足のに三本圧し折られたなら、処刑と変わらないのではないだろうかとフラウは思うのである。