第027話 悪意ある存在と廃城塞
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第027話 悪意ある存在と廃城塞
帝国には、大小数多くの城塞・元城塞が存在する。聖征の時代、サラセンから奪った技術の中には、『石積』があった。カナンの地は樹木に乏しく、木造の壁や建物など作れないのだ。石や岩、あるいはそれを突き固めた壁を持って家や街壁あるいは城塞や寺院を建造することになる。
木造の建物は比較的簡単に建てられるが腐敗する。あるいは、燃やすこともできる。斧で叩き切ることもできる。
それからすると、石切り場で切り出した素材を積んで石壁を作る技術は城塞の防御力を大いに高めた。今でこそ労役はその分の金銭を税として納める事になっているのだが、通貨の流通が少ない時代においては労役を用いて城塞を構築することは意味があった。
ということで、帝国内には、小領主や騎士が作った小さな城塞が無数に作られた。その数一万を超えるともいわれる。ほとんどの城塞は数人の兵士が詰める見張台のようなものが多く、また、拡張性に乏しい城塞はうち捨てられ、別の場所に新たな城塞を構築することになる。
廃城塞はメイン川を下ればそこかしこに見て取れるし、街道沿いには関所の名残のように数多くの廃城塞が見て取れる。小領地の多いトラスブル周辺は帝国内でも特に多いのだ。
『ゴブリンだけではない。コボルドの亜種も隠れている』
「亜種……あの人の手を持つコボルドってこと?」
フラウの質問にリンクは『是』と返す。
「ど、どういうことでしゅか」
「多分、あの時討伐したコボルドは、城塞に集められていた小鬼軍団の一部だったってことでしょ」
「な、なるほど」
『数は百近かった』
フラウとプリムは大いに驚く。
『すごーいー』
『百までかぞえたー いんちきじゃなくって?』
妖精的には三以上は「たくさん」らしい。妖精<<魔山猫という賢さの序列。驚きのポイントがちがう気がする。
「城塞っておおきいの?」
『この街よりはずっと小さい。が、中心の大聖堂よりは二回りほど大きいだろう』
つまり、見張台に毛が生えた程度の廃城塞ではなく、本格的な城塞の跡ということになる。
「あの辺りで空家になっている本格的な城館は……ビール城かな」
「知ってるんですか?」
ビール伯爵家は既に断絶しており、その縁戚の者が「ビール男爵家」として城館を維持してきた。とはいえ、何十年か前にその家も後継ぎもなく断絶し家系は途絶えた。
「じゃあ、なんで魔物の巣になっちゃってるんですか」
「調べないと分からないけど、大体、破却された修道院とか城館は石材を調達する場所になるんだよ。だから、どんどん壁とか壊されて運び出しやすい場所から石を持ち出していくんだ」
「へー 。あ、そう言えば、歩人の里でも、近所の廃修道院から石材パクってました!!」
百年戦争の頃、王国内ではかなりの数の修道院が大小かまわず廃院に陥ったことがある。寄進していた貴族が滅んだり、窮して所領を回収するなどした結果、多くの修道院が維持できなくなったことによるとか。
王家に従わない修道院も解散させられている。結果、その修道院の敷地は王家に差し押さえられ、また、修道院の施設などで教区教会に転用された礼拝堂などを除き、多くは解体され街壁の増強や市街の建物の建設に転用されている。
石壁に教会のレリーフの施された石材が見つけられたりすることもある。石を新しく切り出すのは手間暇もカネもかかる。廃石材を再利用するのはごく当たり前のことでもある。
「ビール城に関して、調べてみましょう」
「ボクは冒険者ギルドで資料を当たってみるよ。もしかすると、石材を回収する際に小鬼に襲われたりして、護衛や討伐依頼がでていたかもしれない。それと、ビール伯爵家についても、調べておくよ」
「私は、在郷会館とかトラスブルの知り合いの貴族に、ビール城と伯爵家のことを聞いて回ります。魔物を集めて何かやらかす理由が、わかるかもしれません」
一人? 探索を行ってきたリンクは休憩ということで、二人は手分けをしてビール城について調べてみることにした。
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冒険者ギルドの資料室。トラスブルの歴史に関する冊子に目を通したフラウは、その中に「ビール伯爵」の名前を見つけた。
聖征の時代末、トラスブル司教の支配に抵抗するトラスブル市民・貴族軍が戦った記録があった。それは、ビアンカとトラスブル司教領の依頼を受けた際に少し話を聞いていた。
ビール伯爵はトラスブル司教軍に援軍として参加したことがあるのだという。その後もトラスブル市との対立が続き、トラスブル市民軍はビール城の包囲攻撃を行ったこともあるのだという。
「市民軍が攻城戦は無理でしょ」
『むーりー』
『むりかべー』
トラスブル市民軍の主な役割は市の防衛戦。街壁を盾に守り切れば勝利となる。また、司教軍との野戦の経験などはあるが、攻城戦はまた別格なのだ。
長期に城塞を囲むのは市民兵や従軍に期限のある騎士の参加では限界がある。遠征・長期の攻囲を行う為には、戦争に専念できる傭兵あるいは諸侯の常備軍・専門の兵士が必要となる。
なので、攻められても時間を稼いでいるうちに包囲は解除される。ビール伯も攻められこそすれ、陥落はしていない。
とはいえ、司教領からトラスブル市が独立し、さらに『帝国自由都市』となり皇帝から特権を得てある意味直臣となった。例えば、ビール伯爵が「他の諸侯からの攻撃を受けた際に、俺が守ってやる。だから金を出せ」
と伯爵軍をもって圧力を掛けたとしよう。
しかしながら、その場合「いや、皇帝陛下の庇護下にあるので無用です」
と帝国自由都市は突っぱねることができる。領地を広げずに庇護するだけで一定の資金を集めることができ、諸侯に対しても皇帝の権威をもって対抗することができる。
これが教皇庁や選帝侯に該当する諸侯ならともかく、ビール伯爵家程度の規模ならば皇帝に対抗してトラスブルと揉めるのは得策ではない。地域の有力貴族であったものが、トラスブルとそれに追従する都市同盟の影響を受け、伯爵家は商業の流れから取り残されていく。
やがて、没落。本家が途絶え傍流の男爵家が後を継ぐ。その時点で、男爵程度の力しか残っていなかったとも言えるだろう。
「トラスブルの商人が恨まれているかも」
ビール伯爵だけでなく、帝国南西部の騎士・領地持ち貴族の多くは経済的に困窮している。叛乱も起こしたことがあるが、土地を離れて専業軍人=傭兵となるか、あるいは小規模地主としてつつましく農業経営に専念するしかないのは周囲も変わらない。
内海と外海を繋ぐ経済網の一角を占めるトラスブル市は、印刷・製紙や金属加工などの職人ギルドを発展させ、周辺の街や村を影響下にいれ大きな経済圏に組み込まれている。そこから外れた小領主たちが逆恨みするのもわからないではない。
「けど、魔物を嗾けて人を襲わせるのは……どうなのさ」
ビール伯爵家所縁の人間が小鬼使いとなってトラスブルを始めとする近隣商人たちを攻撃しようとしている。
「襲われるのは、行商人とか自ら輸送に携わる小さな商店なんだよね。トラスブルの有力者は、街の外に何て出ないのにね」
王侯貴族もそうだが、必要なことは下の人間にやらせるのだ。だから、出歩く人間を襲っても、トラスブルの参事会員のような『上級市民』には殆ど痛みがない。全くないとは言わないが。
プリムは紙の記録に出てこない情報を集めてきていた。
「男爵の息子がいたんだね」
「そうらしいです。なんでも、貧乏男爵の次男坊じゃ先がないからって、傭兵になってネデルの神国軍に雇われ活動していたらしいです」
帝国傭兵の幹部級は帝国南西部、黒森周辺の小領主の子弟出身者が多い。家の力も弱く、与えられる領地もないので、騎士としての身分を生かして傭兵となるのだ。
「三十年前に男爵家が潰れた時はどうしてたのさ」
「長男が継いでいたんですけど、病死して、次男は傭兵として成上りそうな時だったので、そのまま戻らなかったみたいですね」
「でも、三十年前で二十代とかでしょ? 今なら六十近いよね」
あの時見た顔色の悪い男。それをリンクは『死者』だと断言していた。とするならば、死者は年を取らないので姿が変わらないということも納得できる。
「リンク、城内はどんな感じだった?」
『む、城は二重の壁に囲まれている。その中の大きな屋敷の中に、あの男はいた。世話をする下女が何人かいて、その女たちは普通の人間に思えた』
「え、ゴブリンのいる城館の中に、人間の女たちがいるの」
「た、助け出さないとぉ!!」
近隣の村から浚われたのか、あるいは、襲った商隊から浚ったのかはわからないが、何らかの形で人間が囚われている。とはいえ、これも山賊討伐の依頼でもない限り、勝手に助け出して報奨金を請求できるわけでもない。
攫われた人間が報酬を払うのではなく、庇護するべき領主が対価を冒険者に支払うのであるから、依頼抜きで助け出す事は難しい。それに、フラウとプリムが助け出せるかどうかは疑問だ。馬車か何かを用意して助け出す必要があるだろう。それは無理だ。
「ビール城は、結構、攻めるに難く守に易い城塞らしいです」
「そうだろうね。大勢で近寄るには見晴らしの良い場所にある城塞から直ぐに見つかる。少数なら百を超える小鬼たちを討伐することも難しい」
『むりなんだーい(無理難題)』
『むりなんだーい(無理なんだい)!!』
ビアンカが戻るまでは保留に使用かと考えていると、リンクが討伐しようと嗾けて来る。
『少数で多数を倒すのは難しいが、不可能ではない』
ビアンカ頼みにするまえに、何か方策はないかと考えろということだろう。冒険者なら、不可能な依頼を断る事も必要だが、出来うる手段を考えることも、また必要だ。
「城塞の縄張りがわからないと、なんともいえないよね。あと、正確な配置とかもね」
「じゃあ、一度近くまで行って、見てみましょうか」
『巡回ルートは決まっているようだ。あ奴らに気付かれぬよう接近することは難くない』
「なるほど」
百のゴブリンを二人と一頭で討伐できるかといえば……かなり難しいだろう。
「あ、分けて考えればいいんでしゅ……す!!」
『その通りだ』
『どいうことー』
『どいうことー』
妖精たちに思わず同意しそうになるが、フランは思い返した。
城塞というのは一気に突破されないように行く段階にも分けて戦えるように設計されている。少数で多数を相手にする事の内容に間口を狭くし、つづら折りの順路を進んで初めて主郭に到達することができる。
だが、攻め手が少数ならどうなるか。各個撃破しやすい環境を作り出しているともいえる。こちらの少数が負担にならず、同時に多数の相手をする必要がない。
「それと、色々できるよね」
「いろいろ?」
『はは、楽しみにしておく』
フランが日ごろ使わない薬の中には「混ぜるな危険」とされるものがある。ある金属に酸を掛けると毒が生まれる。この毒は気化して周りの空気と混ざり、呼吸を困難にさせる。重たい気体なので、部屋ならば床付近にたまり、屋外の場合流される可能性があるのだが。
「幸い、城壁がある内郭の中庭あたりにゴブリンが屯ってくれているなら、纏めて始末できるかもね」
毒殺で多数を殺す。どのくらい用意できるかはわからないが、フランの魔法袋と、妖精の魔法があれば、安全に毒を振りまく事は出来そうなのである。
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