第026話 小鬼の導き手
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第026話 小鬼の導き手
フラウは二手に分かれることにした。リンクに、ゴブリンの一団を追尾させ、拠点がわかればトラスブルの在郷会館に戻りフラウに報告するようにと。そして、フラウとプリムはコボルドの死体の残骸を穴に埋めた後、一度、トラスブルに報告に戻ることにしたのである。
既に日も傾き始め、明るい間にトラスブルに戻れないと判断したフラウは、コボルドの死骸のある場所から離れ野営に適した場所を探してトラスブル方面へと歩を進めていた。
来る途中に何箇所か見定めていた丘陵の斜面にある見通しの良い岩の陰で野営をする事にする。夜の監視役は妖精たちに任せ、一先ず夕食の準備を始める。
「わ、私は食べる専門だから!!」
「最初から期待していないよ」
「ぐぅ……」
プリムは料理が得意ではない。端的に言って雑なので、微妙な仕上げに
なるのである。生焼け、生煮え上等。味以前に、料理として完成していない
のだ。
「多分、料理もある程度できることが『成人の儀』に含まれてるんじゃないかな」
「しょ、しょんなことないもん!!」
里長以前に、主婦としてどうなのかという問題である。里長は主婦免除なのかもしれない。主夫を娶れば問題ないのだろうか。
今日の夕食は、先ほど捕らえて〆た兎の肉を使った塩焼きとシチュー、それに黒パンを少々。スープには近場で見かけた香草を加えて味を調えた。
「なんだかいい香りがします」
「野営は慣れているから。今日は、大食いがいないから楽だよ」
ビアンカと旅をするときには、食事の量を確保するのがなかなか大変なのだ。魔法袋にある程度食材を入れているとはいえ、時間が止まるわけではない。なので、生ものは常に現地調達する必要がある。ビアンカが飲む酒は大量に入っているが、白パンや肉は随時手に入れておく必要がある。
その点、食べ物の好みも近いプリムは、食事相手としては悪くない。料理は出来なくても、火の番くらいはしてもらえる。それに、酒も飲まないから頼み事もしやすいのだ。
「この天幕だけでも、十分ですぅ」
「斜めに風よけ程度に張れるなら、この場所なら問題ないよね」
大岩を壁のように使い、斜めに天幕を張る。その天幕の上には斬り落とした木の枝をかかげ、遠目には天幕とわかりにくいようにしてある。気候も寒くなく、毛布替わりのマントだけで十分眠れるだろう。
「それで、このあとどうするんです?」
「どうしようか。依頼と関係ない事に首を突っ込むのは良くないよね」
「確かに。ビアンカさんが居れば、相談できたんですけどね」
猟師や薬師としてならともかく、魔物討伐などというのは最近少し真似事を何度かした程度であるし、そもそもこの場所はトラスブルから離れたメイン宮中伯領とベルテンベルグ公領の境目の辺り。黒森の北西の外れあたりだろうか。
帝国は小領が入り組み、特にこの辺りは少し移動すれば他領に入り込む事がおおい。帝国はここの領地が独立しており、余程の重犯罪で貴族絡みでもなければ捕追されることもあまりない。
まして、怪しげな魔物の動向など、事件が発生してからでなければ領主も住民も騒ぎ出したりすることはない。常設以来のゴブリン討伐の分の報酬は申告できるであろうが、そんな程度の問題で済みそうにもない。
「報告して、あとはリンクの報告待ちかな。一月以内にはビアンカも戻るか、連絡くらいは取れるだろうから、その時に相談してから動けばいいんじゃないかとおもうんだ」
「それもそうですねぇ。でも、ゴブリンだけなら私たちだけでも狩れるんじゃないでしょうか」
「考えておく」
『ゴブリン嫌いー』
『わるいゴブリンは皆殺しだー』
この世に遺恨を残した人間の悪霊が土の精霊ノームと結びついて生まれるのが『ゴブリン』となると考えられている。百年戦争からしばらくの時代、連合王国軍により滅ぼされた町や村で死んだ人間の無念が悪霊となり、王国内には多数のゴブリンが発生し、しばらく前まではかなりの数のゴブリンが人を襲っていた。それも、駆除され今は平穏となっている。
反面、帝国内においては五十年ほど前に農民・騎士の反乱が南部で続き、北東部においては先住民相手の「聖征」の結果、悪霊が発生し小鬼の増大につながっている。また、サラセン軍の西進に対して東方大公領は継続して戦争が行われており、そこにおいても農民の犠牲に伴い小鬼が発生していると言われる。
表向き小康状態が続いている帝国だが、『魔女狩団』の横行を始め、原神子信徒と教皇庁を指示する御神子教徒の間は険悪となりつつある。教皇庁と教会組織の専横に対して、力をつけてきた帝国自由都市の都市貴族・富豪やその力を利用しようとする帝国北部の貴族にとっては対抗し影響力をそぐ良い機会となりつつある。
帝国を二分する内乱は、サラセンの西進が収まれば再開されるであろう。既に、内海において、教皇庁と神国・海都国の連合艦隊がサラセンの艦隊を打ち破り、サラセンの西進は頓挫しつつある。
ネデル北部の都市が都市連合を形成し、『共和国』として自立する動きも加速し始めている。ネデルが南北に別れ、原神子信徒と神国・御神子教会教徒に二分されたのと同様に、帝国も二分される可能性が高まりつつある。
「ネデルの戦争もずっと続いているし、こっちにも影響が出てくるのかもしれないね」
「それが、ゴブリンを操る男と関係があるってこと? ちょっと飛躍があるんじゃないかなぁ。たまたま一緒にいただけとかかもしれませんよ」
ゴブリンが人間と行動を共にし、指示に従っている事自体が異常なのだが、プリムにはそのあたりぴんと来ていないようだ。歩人の常識と人間の常識は少々の行き違いがある。
「そうだね。ゴブリンだけなら討伐しよう。実戦で戦う練習もしたいし」
「ゴブリンだけならそんなに難しくないかもしれませんね」
フラウには選択肢がある。ゴブリンだけを選んで狩るなら、さほど難しくはないだろう。狼を狩るよりもずっと簡単である。但し、あの薄汚れた男が深く絡んでいるのなら、ビアンカが戻るのを待つことにする。その間、効率よく討伐できるように、道具や手立てを準備しておく必要がある。
「トラスブルに帰って冒険者ギルドに報告。ゴブリン狩りの準備を進めながら、リンクの戻りを待つ。討伐が難しそうならビアンカの戻りを待って相談してから向かう……でどうかな」
「良いと思います。先延ばしにしている間に、問題が消えることがあるってじっちゃんが言ってました!!」
歩人の里長ぇ。
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翌日、トラスブルに戻ると早々にギルドに足を運ぶ。コボルドを討伐した事を報告し、その際、奇妙な個体を発見したことを説明する。証拠の手とショートスピアを提出する。
「……確かに。少々お待ちください。ギルド長に報告して指示を仰ぎます」
受付嬢が奥へ向かい、暫くすると二人はギルマスの元へと案内される。
ギルマスは元冒険者……などではなく、トラスブルの老舗の商会を持つ一族の一人。当主の弟であるとか。騎士の身分を持ち、有事には騎士として参戦することになる。
案内された部屋へはいると、丁度ギルマスは既にスピアとコボルドの手を確認していた。実際、斬り落とされた手でスピアを握らせていたのだ。
「良く来てくれた。事の経緯を聞きたい」
今のパーティ-リーダーは暫定フラウなのだが、ここは見かけと中身はともかく「名誉市民」であるプリムに説明してもらうことにする。何を話したかよりも、誰が話したかが世の中重要であったりする。
今回の狼駆除の常駐依頼の最中に偶然発見した怪しげなコボルドの群れ。そして、その後に現れた『ゴブリン使い』に見えた怪しげな男と集団。話を一通り聞き、ギルマスはひとしきり考えた後、「ありがとう。良く分かった」と話を区切る。
「そ、それで、ギルドとしてはどう対応するんでしょうか?」
「今のところは、各商業ギルド経由で、メイン川右岸の丘陵周辺の森は、武装したゴブリンの上位個体率いる群が見かけられたので、旅程に注意と告知をする。その上で、周囲の都市と諸領には同じ情報を伝え、注意喚起をする……といったところだな」
「それだけなんですか……」
報告したプリムからすれば、物足らないと感じたのだろう。その質問には若干の険がある。
「冒険者ギルドは、依頼もないのに勝手に捜索することはできない。トラスブルに直接かかわる事ならば、参事会に諮って依頼を出してもらう事も出来るだろうがな。川の右岸の丘陵の先では、完全に公爵領か宮中伯領だ。職掌の範囲外だ」
「ぐぅ。わかりましたぁ」
里長としての教育をそれなりに受けたプリムであるから、職務の責任を越えていると言われれば、納得せざるを得ない。各領地の領主なり、その領宰が判断すべき事であると言われればその通りなのだ。
「依頼があれば、私たちも参加できますか?」
「勿論だ。プリム殿は優秀な魔術師だとビアンカ殿からも聞いている。トラスブルの冒険者には魔術師が少ない。手伝ってもらえれば助かる。相棒の少年も……狩人としての能力に秀でていると聞いているぞ。
二人とも、その時は頼む」
プリムは嬉しそうに、そしてフラウは無礼にならない程度、慇懃に同意をした。
昼食をギルドの食堂で済ませ、在郷会館に戻る前に次の探索に必要な消耗品を買って帰ることにした。
「急いで買い物?」
「その通り。リンクの報告内容次第では、直ぐに取って返すことになるかもしれないからね」
ギルマスの職掌とフラウの冒険は完全に一致するわけではない。ゴブリンの討伐依頼は常設。討伐する事自体には問題ないのだ。問題なのは、相手が多く、尚且つ指揮する人間? がいたり、傭兵のように武装している可能性である。
「でも、なんでコボルドやゴブリンを武装させるんだろう」
「人間の仕業に見せかけるためとかじゃない?」
ゴブリンもコボルドも『暗視』の能力がある。野営地などで商人の隊列を襲ったりするには都合がいい。まして、傭兵ならば利益配分などで文句を言われるかもしれないが、小鬼たちなら殺した人間の死体を与えるだけで十分満足する。
「小鬼を使った山賊団ってことなの」
「もっと大きなことを考えているかもしれないし、力に目覚めた『小鬼遣い』が悪だくみを始めている最中かもしれない。本人に確かめてみないと何とも言えないよね」
それはそうだろう。魔物使いというものは存在する。魔物化した獣を従魔にする存在。フラウもリンクとの関係を人間側から見れば『魔獣使い』ということになる。冒険者ギルドにも総登録されている。
けれど、それはあくまで既知の存在を定義した言葉に過ぎない。あの「死に戻り」の男が『小鬼使い』であるとすれば、それは人間ではない者がそういう能力を有しているということになる。
例えば、アンデッドが数種集団で現れることがある。レイスやファントム、ワイトやスケルトン、あるいはウィル・オー・ウィスプ。死霊同士がたまたま群れているのか、あるいはその中のどれかが召喚あるいは統率しているかは判然としないが、可能性が無いわけではない。組合せは常に同じような者同士であるのだから。
「小鬼使いについては、あんまりはっきりしないけど。これが一番重要なんだとおもう」
『悪意ある存在』が、小鬼を使って何か為そうとしている。それはプリムにも理解できる。
「推測で動けないってことでしょ?」
「そう。でも、冒険者は自分の推理で行動しても、誰も咎めない。それが自由な冒険者、そして結果は自己責任」
「ですよねー」
『ぼーけーん!!』
『いくぞー おー!!』
このままあの『悪意ある存在』を放置する気には二人ともなれない。より詳しく動向を確認し、ビアンカが戻った時に報告して、出来れば討伐を進めたい。
そんなことを考えていると、リンクが戻ってきた。
『かなりの数のゴブリンを集めている。場所は……』
リンクの報告を聞くと、ビアンカが戻るのを待つのは難しそうだと二人は考えるのである。
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