第021話 敵討
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第021話 敵討
GYA WOOOOOO!!!!
目と鼻に毒矢を突き刺され、視界の半分と呼吸困難に陥る魔熊。鼻からとめどなく流れる血が、その激情を更に高める。
油断していた。一瞬気が緩んだ。何故かは解らない。
その結果、本来ならば歯牙にもかけない人間の子供にしてやられた。勝つことは当然。できる限り痛めつけてその子供を叩き殺さねば気が済まない。そう、あの、生意気な山猫の母子のように。そんなことを魔熊が考えている間、足に何度も爪を立て、牙を刺そうとする山猫が自分に絡んでいた。正直、なんということもない。
GAAA!!
邪魔だとばかりに、体の向きを反転させ、飛び掛かる魔山猫を前腕で弾き飛ばす。脚が痺れてきているものの、目の痛みと鼻から口の中に流れ込む血の不快さに比べればどうということはない。
吹き飛ばされた魔山猫は街道脇の大岩に運悪く叩きつけられ、ぐったりとしてしまう。恐らく、気絶したのだろう。攻撃が通らなかったとしても、纏わりつくだけで、随分と牽制になっていたリンクの攻撃が無くなり、魔熊は目の前の子供を殺す事に集中できるようになっていた。
『やばいー』
『逃げろー』
とはいえ、鼻を潰したことで魔力を込めた咆哮を放てなくなったようだ。動きを止められかねない手段を一つ奪ったことは良い事だ。あとは、二人が追いつくまで、逃げ延びられればいい。
――― 『小さい穴見つけた』
――― 『小さい穴見つけた』
その妖精の魔法は大したものではない。土魔術の『土牢』よりずっと小さい人間の膝ほどの深さの穴を魔熊の足の下に作り落とし穴とするようなものである。
だが、前足二つを穴に落とされ、尚且つ片方の後脚はアコナの毒で麻痺が進んでいる中、フラウが逃げ出すのに間を取るに十分な攻撃であった。詠唱も必要ない、二体の妖精に願うだけの簡単な発動。そして、弓を取り出すと、矢を片手に持って背後へとフラウは走り出した。
GWOOOOOO!!!!
あっという間に仕留めようと簡単に考えていた魔熊は、その逃げ出した背中を見て怒りが再爆発。目の前が真っ赤に染まるほどの怒りを表し、咆哮するが魔力が正面に向かっていないのは、前脚が埋まって前かがみの姿勢になっているからであった。
『にげろー』
『かくれろー』
本気で逃げるわけではない。時間を稼ぎ、距離を取る為だ。
「リンクは大丈夫かな」
魔物化しているとはいえ、叩きつけられたダメージは相応にある。まして、前日も大怪我をして無理やりポーションで回復させたのだから、平素以上にダメージは大きいだろう。
――― 『風の囁き』
『リンク、起きて!!』
妖精の魔法で、離れた場所にいる魔山猫へとメッセージを送る。フラフラしながら立ち上がるリンク。
HYAAUU!!!
咆哮を上げ、足元を確かめるようにゆっくりと歩きながら、徐々に加速を始める。
魔熊は街道を西方向にフラウを追うように突進。途中にある馬車の残骸を蹴散らし一直線に追いかけて来る。
『きたー』
『あぶなーい』
魔力を更に込めて跳躍すると、今までいた地面が爆ぜた。魔熊の力を込めた前脚が地面を深く抉り取るように振り抜いたのだ。
フラウは弓をつがえる間もない。逃げるか、腰の短刀で反撃するか。その時、背後から無数の小雷球が魔熊に叩きつけられ、激しく魔熊の体表が明滅するようにはじけ飛ぶ。
「待たせた!!!」
ビアンカがヴォージェを構えフラウの前に出る。フラウは弓を仕舞い、代わりにオウル・パイクを魔法袋から引き出した。構えるのと、ビアンカに手渡す為の両方の意味でだ。
「任せます」
「おう。ゆっくりしておけ」
「プリム、リンクの離れるタイミングで魔術を撃ち込んで!」
「無理難題!!」
ビアンカの前に立ち上がり、前脚を大きく振りかぶる魔熊。その背後から、リンクが背中を駆け上がり、魔熊の耳に噛みついた。
GAAA!!
腕を振り回し、魔山猫を弾き飛ばそうと体を揺さぶる。
「逝っとけ!!」
胸と腹の間あたりに、ビアンカのヴォージェの先端にあるピアス・ヘッドが深々と突き刺さる。
ヴォージェを手放し後退しつつ、フラウから次の長柄を受け取り構えるビアンカ。そのタイミングで、リンクも離れる。
『小雷球』『小雷球!』『小雷球!!』『小雷球!!!』『小雷球ぅ!!!』
『小雷球ぅぅぅ!!』
PAPAPAPAPAPAPA!!!!!!!!!!!!!!!
再び、無数の雷球が、魔熊の体に炸裂する。
GYA WOOOOOO!!!!
体に突き刺さったヴォージェを通して、体表で逃せなかった雷撃が、体の中へと伝わっていく。肉の焦げる臭い。今までにない強いダメージが魔熊へと与えられた。
「もういっちょぉだあぁ!!」
オウル・パイクを握りしめ、ビアンカは再び突進、突き倒す勢いで突錐槍の穂先を今度は左胸の辺りに狙いを定め突き刺す。身体強化、そして、体重を乗せた突進の効果。ヴォージェのピアスヘッドより深く、オウル・パイクはその穂先を魔熊の胸に突き刺した。
咆哮は魔力を乗せられなくなったようだ。恐らく、肺が傷つき、十分に膨らませられなくなったのだろう。浅い息を繰り返し、苦しそうな表情をする魔熊。魔熊は魔物とはいえ、獣と変わらない部分も少なくない。魔力持ちの人間と同じで、獣としての弱点を同じくしている。
つまり……
HYAAUU!!!
飛び掛かったリンクはその爪で残りの右目を傷つけ、魔熊が前脚を地面に付けたところですかさず鼻先に飛び掛かり鼻を噛み千切った。
GYA WAAAAAA!!!!
鼻の先端を失い、既に顔面の毛には血が流れ滴っている。視界を失い、鼻を失い、耳も掛けた状態。そして、腹には折れた柄の二本の長柄が突き刺さっている。
「プリム。穴掘れ、穴だ!!」
「ひ、ひゃい!!」
プリムの魔術はどれも『小』のつくものだ。目の前には、小さな落とし穴が次々と作られていく。『小さい穴みつけた』で作られるものと比べれば大きいが、大人の胸ほどの深さで、藻掻けば容易に魔熊が逃げ出せる程度である。
だが、それで十分だった。
「おらあぁぁぁぁ!!」
腰の戦槌を手に握り、身体強化した腕を思い切り振り降ろしピックを魔熊の頭に何度もたたきつけるビアンカ。その身体強化の効果を高める為か、若干『人狼化』をしているようであり、目がつり上がり、口も大きく広がって犬歯がむき出しになっているように見える。
ビクビクと体を痙攣させ、既に頭を半ば粉砕された魔熊が死につつある様子であるのが見て取れる。
「ビアンカさん!! 十分です!! プリム!! ビアンカに小水球を乱打してください!!」
「う、うわああぁぁぁ!!!」
狂乱しているように見えるビアンカに若干恐怖したプリムが、水球をバシバシと飛ばし命中させていく。
十数えるほども経っただろうか。
「プリム!! ぶへっ!! いい加減にしろぉ!!」
「ふぁい!! わたし悪くありません!! フラウ君がやれって言いましたぁ!!」
十二歳に責任を押付ける二十五歳。どうなんだろうかその辺り。
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砕かれた苦悶の表情を浮かべる魔熊の首。その首を串刺した新しいオウル・パイクをビアンカが肩に掛ける。
「さて、凱旋と洒落込もうじゃねぇか」
魔熊の接近は逃げおおせた者たちにより、ジュノの街に、そしてトラスブルの街を含めた幾つかの周辺としにも伝わっている事だろう。ジュノは周囲の自由都市と同盟を結んでいる。トラスブルほど巨大ならば独自に数千の軍を動員可能だが、その数分の一の規模では単独で自衛することは難しい。皇帝の庇護下にある帝国都市・帝国自由都市とはいえ、皇帝が武力で直接守ってくれるわけではない。故に、同盟を結んで小都市が結束して立ち向かう形を取っている。『上メイン都市同盟』と称される組織は、相互防衛の取り決めもある。
魔熊のように『魔王』と称される事もある強力な存在に対しては、小さな街が単独で討伐する事も出来ない為、都市同盟名でギルドに依頼を出し、あるいは上位冒険者への指名依頼を出す事になる。
司教領の場合、その規模は都市同盟より小さいが、上は教皇庁が存在する分、直接「ケツ持ち」してもらえる故に、動きも決断も早い。都市同盟も同盟内に被害が出れば、冒険者ギルドに討伐依頼を出しただろう。
暫く進むと、前方から軽装の騎士数人がこちらに向けて進んで来る。騎士とその従卒といった様子だ。
「おお、物見が来たな」
「みたいですねぇ。はぁ、おそ」
プリムは魔力を相当消耗した上に、山中を疾駆して疲れ切っている。休みたいと騒いだのだが、早々に知らせなければパニックが広がると考えたビアンカの強い主張―――「嫌なら置いてく」――― と説得されて渋々歩いているのである。
ビアンカたちの姿を認めた騎士達が馬脚を緩め近づいてくる。
「馬上から失礼。その方に掛けている首は―――」
「さっき討伐した魔熊の首だ。俺は星四冒険者のビアンカ。司教領からの指名依頼で追跡していた魔熊を街道上で討伐した」
「そ、そうか。それは重畳。おい、急ぎ戻り、伝令を」
「「はっ!!」」
三人の従卒のうち、従騎士と思わしき若い騎士とその従卒が馬首を返し元来た街道を戻っていく。
「俺達はこれからトラスブルの冒険者ギルドに戻り、討伐報告を行う。その他への対応は任せる」
「承知した。我々はこのまま街道を進んで、被害状況と救護の確認をする。之にて失礼!!」
騎士と従卒は、砕かれた荷馬車や倒れ伏した馬に視線を送りつつ、先へと進んでいった。
「ボクたちはこのままトラスブルに戻っちゃっていいんでしょうか?」
「あぁ? けが人はいなかっただろ」
「……死人はいましたけどぉ」
魔熊の被害者で要救助の人間がいればポーションでも差し入れたのだが、幸か不幸か、現場でけが人はいなかった。死人はいたのだが。
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