第020話 魔熊討伐
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第020話 魔熊討伐
リンクの治療をしている間に、プリムとビアンカが周囲を捜索したのだが、『魔熊』の形跡はこの辺りには見当たらなかった。リンク曰く、この場所から東にかなり離れた別の山に今は潜んでいるのだという。
その話を聞き、フラウは危機感を覚えた。
「不味いな」
「はい。おそらく、トラスブルとデンヌ方面を結ぶ街道に近い場所へ移動していると思います」
トラスブルは法国から山国を越えランドルに向かう南北の街道と、王国から帝国に向かう東西の街道の交叉路に位置する。司教領はその西側に位置しており、東に進めばトラスブルからランドルに向かう街道があるのだ。
「洒落になりません」
「ああ。急がねぇとな」
魔熊が街道に出れば、少なくない人間が襲われ被害を被る。出会った人間も馬車をひく馬も恐らくは皆殺しになるだろう。獣と魔物違いは魔力の有無だけではない。獣は自ら生きる為に餌として他の動物を襲う。腹が満たされていれば危険を冒して他の動物を襲う事はない。
反面、魔物は動物を殺す事に執着している存在と言い換えてもいい。狂化しているからか、それとも魔物がそういう存在なのかは何とも言えない。ビアンカの人狼化も、度が進めば「魔物」と化しかねない。そういう意味では、従魔契約を結べないほど狂化した魔物であったなら、リンクも討伐しなければならなかっただろう。それはそれで厄介な存在なのである。
何故か、穴兎が二羽捌かれていた。どうやら、プリムが簡単な括り罠を作って合間に捕らえていたらしい。塩味最強などと、宣っているがのだが、調理はフラウの担当だ。プリムは食べる専門である。
「ちょっと差し入れに行ってくる」
「おう。明日にはここを起って魔熊を追うことを伝えてくれ。できれば、行動を共にしてもらいてぇとな」
「うん、伝えるよ」
再び闇迫る中、岩の斜面を焼きたての肉を持ってフラウは登っていく。臭いで気が付いたのか、既に穴の外の岩棚迄リンクは出てきていた。
フラウは魔熊の動向と、明日にはあと追って討伐に向かう事を伝える。
『連れていけ』
『傷は?』
『明日には治る』
『わかった。陽が昇る前に降りてきて。下にいるから』
黙って肉に齧り付くリンク。フラウはその食べ具合をしばらく眺めていたが問題なさそうだと判断し、崖を滑るように降りて行ったのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
翌朝、リンクは合流。朝食は歩きながらと、干し肉をかみしめながら三人と一頭は東へと向かう。
熊は一日五十kmも徘徊すると言われる。なので、魔熊がその気なら、とっくに街道に出ていてもおかしくはない。
「街道迄10kmくらいか」
「ジュノの街まで距離がない。街が襲われるかもしれない」
「洒落になりません!!」
山の中を東西に抜ける街道がある。その東には帝国自由都市である『ジュノ』の街がある。元は既に今はない皇帝家の父祖がメイン川支流の川中島に作った街に端を発する。トラスブルと比べれば歴史は浅いが、人口も数千人は住んでいる中々の規模の都市と言える。
街道を行く人を襲い、逃げる方向を追いかければ、ジュノの街まで辿りつくのは難しくない。そして、街壁で区切られた空間は逃げだす場所が限られているぶん、一度中に入られれば魔物にとって良い餌場となりかねない。
「一気に街道迄駆けるぞ」
「先行します。魔熊の位置を確認して、連絡します。『いくよリンク』」
HYAAUU!!!
大きな叫び声をあげ、魔山猫は一陣の風のようにフランとともに走りだした。
『熊ー探しに行くよー』
『くまがくれしてないといいけどー』
「頼んだよ!!」
山の中を猛スピードで疾走しながら、妖精の力を借りて同時に索敵する事は難しい。先行するフラウの行く手をさらに妖精に先行させ、街道沿いにいるだろ魔熊の位置を、先んじて特定してもらう。
『どうするのだ』
『まずは足止めだよ。ボクたちだけじゃ、仕留められない。リンクもわかっているでしょ?』
不満そうに「フン」と鼻を鳴らすものの、深手を負わされたのはつい先日のこと。面白くなかろうと、それは身に染みているはずなのだ。
森の中を駆け抜け、山裾を回り、フラウは街道が見える斜面にまで到達していた。
『いたー』
『くまはっけーん!!』
妖精が戻ってくるが、聞くまでもない。街道上には破壊された荷馬車や倒れた馬があちらこちらに見て取れる。向かって右手にその惨状は広がりその先では何やら叫び声や悲鳴が聞こえている。
『急ごう』
『承知』
街道に駆け下り、一人と一頭は東に向かって街道を走り抜ける。荷馬車の残骸を飛び越え、倒れて腹を食い破られた馬の死体を躱し、叫び声の元へと必死に駆ける。
「でかい」
脚を止めたフラウの視線の先には、予想以上に巨大な灰色がかった毛並みの魔熊が街道を歩いていた。その前方には、幾人かの人間が逃げており、甚振るようにゆっくりと魔熊は歩を進めている。
リンクはそのまま疾駆し、その巨大な背中に向け一気に飛び掛かろうとしていた。
『いそげー』
『ゆみーはなてー』
しまってあった弓矢を取り出し、矢導樋を据えて、アコナの毒を塗った短矢をつがえ妖精の魔法を行使する。
――― 『妖精の小径』
魔熊の背後の位置と目の前の空間を繋げ、毒矢を射込む。
『だめー』
『はじかれたー』
矢の質量の問題か、単純に魔熊の毛・表皮、あるいは皮下脂肪が厚いのか、短い矢では貫徹できなかった。
背後にパシリと衝撃を感じ、その上、魔山猫が背中に跳びのったことで、魔熊は背後に注意を向けてぐるりと向きを変えた。
GWOOOOOO!!!!
距離は100mは離れているだろうか。親指ほどの大きさに見える魔熊の魔力を乗せた咆哮がフラウに叩きつけられ、一瞬、気が遠くなる。
『かくれろー』
『かくせ!!』
――― 『頭隠して尻隠す』
フラウの姿を消し
――― 『この道は、いつか来た道』
先ほど駆け抜けてきた森の中の風景を、妖精の力を借り魔熊の周囲に錯誤するように映して見せる。これで、街道を一直線に『ジュノ』の街へと走り抜けさせずにすむだろう。
街道を大声を上げ逃げていく人々さえいなければ。
周囲の環境が変わって見えたことに魔熊は一瞬戸惑ったようだが、頭を東に向け、背中に爪を立てる魔山猫をそのままに、再び走り出そうとし始める。
フランは姿を隠したまま一気に距離を詰め、二つ目の矢を放つために位置につく。その距離30m。臭いは隠せないので背後のフランの存在に魔熊は気が付いているだろうが、先ほどの小石が当たった程度の衝撃しか受けない矢ならば無視できると判断したのだろう、気にする素振りもない。
「ならこっち」
魔熊用に誂えた長軸の矢。先端は鎧通なのだが、一工夫が加えられている。
SHOOT!!
TANN!!
GWAA?
魔熊は刺さった矢を面倒そうに振り払う。矢軸が抜けるが、鏃はついて
いない。
「上手く行った」
鏃を矢軸と緩く結び、鏃の中は中空にしてアコナの毒を仕込んでおいた。今頃、体内、恐らくは刺さった足の付け根周辺の筋肉にしみ込んでいるだろう。魔熊は魔力で身体強化している分、即、効果はでないだろうが、毒が無効化されるのには半日以上かかるはずだ。並の動物なら、既に痙攣が始まり呼吸困難になってもおかしくない程度の毒が入っているはずなのだが、魔熊は若干後肢を引きずるようにみえるだけである。
だが、これで突進する力を抑え込む事ができる。
「こっちだ!!」
『風の囁き』をつかい、魔熊の頭のすぐそばで大声を叩きつける。再び振り向いた魔熊は、威嚇の意を込めて後ろ足で立ち上がり、両腕を上げて再び魔力を込めた咆哮をする。
HYAAUU!!!
背から落ちたリンクが、地面を蹴って今度は鏃の抜けた後肢に噛みつく。多少、皮を割き血が流れているようだが所詮はかすり傷。致命的な傷にはほど遠い。プリムの矢もリンクの爪牙も、多少の失血を生んでいるものの動きを鈍らせるほどではない。
自らを嗾け続けなければ、魔熊は背を向けて街へと逃げる人の群れを追う。
「もっと近づかないと」
『やばいー』
『きけん!!』
魔熊の腕の一振りでも当たれば、フランの体は圧し折られるに違いない。近づけばなんとなかるような腕があるわけでもない。だが、近寄らなければ、魔熊を逃がしてしまう。フランの役割りはビアンカとプリムが追いつくまで、この場に魔熊を止めておくこと。その為には、体を張るしかないかもしれない。
フランは弓を仕舞い、短矢にアコナの毒を塗って両手に持つ。
「二人とも手伝って」
『いいよー』
『まかせてー』
――― 『頭が西向きゃ尾は東』
フランの位置を魔熊を中心に180度反対の位置に見せる妖精の魔法。フランの気配が一瞬別の場所へと移動する。魔熊は、その方向に頭を向けた。
――― 『忘れることは幸せ』
一瞬の記憶の忘却。前後不覚になったのか、激しい憎悪に顔を歪ませていた魔熊の表情が、呆けた表情へと変わる。力の弛緩、その隙を突いて、フランは二本の矢を魔熊の左目と鼻に突きさしたのである。
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