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『魔女狩り』を狩る魔女  作者: ペルスネージュ
第一章 『森の庵』
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第001話 魔女狩り

第001話 魔女狩り


「ねえ、これいつまで続けるのさ」

「……」

「ねえ」


 人狼の女の名は「ビアンカ」という。祖母の庵の居候。祖母の生前、怪我を負い伝手を頼って療養に来た「帝国傭兵」の一人。


 祖母は既に病を得て他界している。とはいうものの、祖母が死んだと村人に知られると、フラウとその母親の立場が悪くなると考え、フラウだけが死んでいることを知っている状態で現在に至る。


 祖母から教わった「薬師」の能力で、祖母に替わり村で必要とされる祖母の用立てていた薬を作っているのだ。村人は相変わらず祖母が作っていると考えている。十歳を少し超えたばかりの子どもが祖母と変わらない薬を造れるとは思っていないからだ。


 そして、先ほどまでの遣り取りは、このビアンカが毎回行う「小芝居」の一節。狼と少女のお話の再現である。本来は、祖母に化けた狼が少女を襲い、食べてしまうお話で、年若い娘を独り歩きさせないための寓話の類である。


「狼ってのは本物の狼じゃなくって、『男は狼』の類だろ?」

「ビアンカも襲われた事ってあるの?」

「まあな」


 ビアンカは傭兵にして冒険者。戦場では敵と、依頼では魔物や盗賊、あるいは依頼主に襲われる事もある。


「みんな仕留めてやった。何しろ、俺は凄腕の戦士だからな」

「はいはい」


 適当な相槌をうつフラウ。母親が放任であり、祖母亡き後は祖母の遺命を受けて森の庵とフラウを守る為にビアンカはここに滞在している。祖母が死んだことを隠すため、不意の来客には「不在だ」とか「臥せっている」とフラウがいない時には番人のように振舞っている。


 そして、ビアンカには金を稼ぐための仕事以外に、ライフワークがある。


「昨日も夜更かししたんでしょ?」

「ちょっと街に情報収集にな」


 夜の酒場で傭兵・冒険者といった余所者から、街の住人まで酒で軽くなった口から紡がれる噂話を聞くこともビアンカの日常なのだが。


「魔女狩り、広まってるな。この村にも早晩、そういう輩がやってきそうだ」

「ああー そうなんだ」


『魔女狩り』というのは、異端審問とは少々異なる。異端審問を行うのは教会組織なのだが、『魔女狩り』を行うのはご当地の下級裁判所である。その内容は、その地で不幸な事が起こった事の原因が「魔女の呪詛である」という訴えから始まる。


 「羊飼い」と呼ばれる流れの「魔女ハンター」が村にやってきて、誰それが魔女であると告発するのだ。とはいえ、余所者の羊飼いに該当者が見つけられるわけもなく、その実、村の有力者が寡婦や老女で昔ながらの御呪い(おまじない)をしている者などを「魔女」として訴えるように唆す事になる。


 村社会では働き手を失った寡婦や老女を今まで庇護してきたのだが、街に働きに出ることも出来ず、無駄飯食い扱いされつつある彼女達を疎ましく思っているという流れがある。また、戦争で男が減る分、女が余ってしまい、子も産まず年を取った女たちが村にはそれなりにいるのだ。


 近隣の街に若い娘は「使用人」の下女として働きに出ているのだが、年老いて働けなくなり子も夫もいない女が村にはそれなりにいる。弱い立場の人間を的にした行為だが、村の有力者と街の裁判所が結託するのだから質が悪い。


「今回はいそう?」

「まあ、陰で糸引いている奴の中にいるんだろうが、ここにノコノコ現れるかは解らねぇよ」


 ビアンカのライフワークは「人狼狩り」。魔女の仕業とされる一連の不幸な出来事の中には、人狼が行っている事も少なくない。女子供が行方不明になったり、家畜が死んだりするのは人狼の仕業であると考えているのだ。


 つまり、人狼が起こした事件の犯人を「魔女」に押し付けている奴らが『羊飼い』として街や村にやってきている。それを「狩る」のがビアンカのライフワークなのだ。


「それに、ここに魔女が一人いるだろ」

「……な、なに言ってるの。まあ、おばあちゃんはたしかに魔女扱いされてもしかたなかったけどさ」

「いや、お前だよフラウ。お前、『魔女』じゃねぇか!!」

「何言ってるのぉ!! ボクは男だよぉ!!」


『魔女』とされるものの中にはごくわずかに「男性」も含まれることが有る。とはいえ、フラウは男の子である。いや男の娘であろうか。


「諦めろよ。お前『魔女』の加護持ちなんだからよぉ」

「うう、なんで……」


 フラウは男の子だが、一見少女に見える外見をもつ。やや深い緑がかった黒い髪に、翠色の目をもつ。色白、やや尖った耳を持ち、『魔女』の加護を持つ。


「魔女」の加護とは大地母神の巫女の権能と称される。同じ加護を持つ者、精霊・妖精、得夫(エルフ)はその力を感じ取ることができる。

 

 全ての妖精の力を対価に応じて借りることができ、「水」と「土」の精霊の祝福を得ている。『精霊の加護』と比べると魔力の消費が多くなるものの、汎用的な精霊・妖精からの力の借用を得ることができる。


「便利だろ? お前にくっついている『妖精』だって、その加護のお陰だしよ」


 フラウには二体の「妖精」が従魔のように付き従っている。精霊は妖精が成長したものだと考えられるが、妖精には「風」「土」「水」といった要素が確定していない。自然に満ちる「魔力」から生まれたばかりの存在が「妖精」と考えられている。そのうち、何かに宿るか力を得て「精霊」に替わるのだろうか。


「『ハイレン』と『グリッペ』は友だちだよ」

「まあ、お前村には友だちいねぇもんな」

「……そうだね……」


 フラウの祖母らは代々、村に住む「薬師」を生業としていたが、村の構成員ではなかった。父親はおらず、母と娘だけで血を繋いできた。時に子に恵まれ無い時には女の子の孤児を貰い受け、自分たちの巫女の技を継いできた。


 フラウの住む村中の家はフラウの祖母が貰い受けた元空家で、祖母が死ねば新しい薬師としてフラウが借り受けるか返さねばならない。今はそうした理由で祖母の死を伏せておく必要があるのだ。


 村に住む余所者として扱われるフラウに、村の子どもたちは関わろうとせず、フラウ自身も祖母と薬師の修行をすることを好んだため、顔と名前くらいしか村の住民を知ることはない。フラウにとっての『故郷』とは、祖母の庵であり、母と寝起きする村の家ではないのだ。


「がはは!! 心配すんな、俺は友だちだぁ」

「ええぇぇ……」


 揶揄うようにビアンカは友だち宣言を行い、フラウは嫌そうにするのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『フラウ ネルベ来た!』

『来た!!』


 猟師のネルベは祖母とも昔からの顔見知り。時折、顔を出す事もある。何かしら土産物を持ってきてくれるので、邪険にすることも出来ないのだが、最近ずっと臥せっている事になっている祖母のことをいぶかしんでいる節がある。


 二体の妖精の知らせの数分後、祖母の庵にネルベが現れた。


「よう、さっきぶりだなフラウ。これ、差し入れだ。精のつくもの婆さんに食べさせてやってくれ」

「ありがとう」

「それで、どうだ?」

「うん、さっきお昼食べて寝ているところ。ごめんね」

「ああ、相変わらずか。いや、いいんだ。よろしく言っておいてくれ」

「わかった。またね」


 庵の奥、寝室の辺りに視線を向けつつ、猟師は出ていく。本来ならお茶でも出すのが礼儀だが、何かの拍子に「ちょっと顔が見たい」などと言われたらこまるので、さっさと退出してもらったのだ。


「ありゃ、なんか感づいているだろうな」

「そうかもね。でも……」


『猟師』も『薬師』と同じく、村と関係はあるが村人ではない。あるいは、『羊飼い』

も同様に余所者なのだ。


「余計な事、言われなきゃいいけどよ」

「なら、ビアンカ出ていくしかないんじゃない?」

「それは困る。野宿し続けるのにも限界があるからな」


 ビアンカは「人狼」ではあるが、「狼」ではない。普通に野営はシンドイし、体も休まらない。


「この森は良い森だ。獲物には困らないし、魔力も豊富だ」

「魔物も増えやすいけどね」


 帝国南部ではしばらく前に「騎士戦争」という反乱が発生した。零細土地持ち貴族である「騎士」が経済的に困窮し、皇帝に何とかしろと反乱を起した。地代は定額であり、諸物価高騰の折に困窮するのは当然であり、軍役を果たせば収入を大きく超える出費が発生する。


 幾度も周辺国へ遠征した皇帝に対し、零細騎士達は「いい加減にしろ」と反旗を翻した。やったことは、周辺の都市を包囲し資金を提供させ、あるいは略奪のために街や村を襲った。


 幾つかの都市が身代金替わりに金を支払い、幾つかの都市は攻囲され破壊された。そして、少なくない街や村が蹂躙された。一時期は数万の戦力を誇っていたが所詮は寄せ集めの困窮した騎士の集団に過ぎない。


 最後は、討伐軍を起こされその地方ごと殲滅された。


「死んだ騎士が多いからな。その辺で、悪霊も湧きやすい」

「さっさと騎士なんて廃業して、傭兵にでも転職すればよかったんだろうけどね」


 爵位と土地を返上して臣下を離れてしまえば軍役に苦しむ事もなかったのだろうし、少なくない騎士はそうした。先祖代々の騎士を捨てられなかった者たちが切羽詰まって、あるいは何某らかの切っ掛けを得て暴発したというところだろうか。


「そろそろ『魔女』も廃業する時代かもしれねぇな」

『人狼はやめられない』

『人狼は死ななきゃなおらない』

「ぷぷ」

「人狼舐めんなぁ!!!」

『『ひゃあー』』


 妖精に揶揄われたビアンカは激怒してみせ、『ハイレン』と『グリッペ』はパっと隠れて見せる。姿を隠すのは妖精の得意技だ。


「あーあ。ボクもぱっと消えちゃえればいいんだけど」

「なんだ。村に未練でもあるのか?」


 フラウは首を振る。未練はないが、祖母に連なる「魔女」たちのしがらみがあるのだ。


「村から『お前はいらない』と言葉也書面也態度で示してもらえれば、ここを離れてもいいんだ。そういう約束だから」

「なるほどな。じゃあ、魔女狩りが始まったなら?」

「真向から逃げるよ」

「なんだそりゃ。逃げるならこっそり逃げろよ」


 フラウは祖母の庵が好きであった。薬師として「魔女」としていろいろなことを祖母から教わった。


 薬の調合、薬草の見つけ方育て方、罠の仕掛け方に獲物の捌き方、薪割りや家事全般、糸紡ぎに裁縫、武器の扱いに手入れの仕方、あるいは、読み書き計算……フラウの人生の全てがこの庵に祖母の記憶と共にある。


 村の家に戻るのは、母の世話をする為と……この村にいる理由を作るため。母には祖母に対するほどの思い入れはない。母も、フラウには大して関心をもっていないと思っている。最近は、顔も見ていないし言葉を交わす事もない。


 母は文字はある程度読めるが、各ことは自分の名前程度である。なので、フラウが一方的に手紙を残しているだけなのだ。母は恐らく、自分が後を継がなかった祖母に懐いたフラウを面白くなく思っているのだろう。


 フラウにもその気持ちはわからないでもない。けれど、男に唯々諾々と従うような人生を送る母よりも、様々な人と交流し、認められる祖母の在り方の方が魅力的に思えるのだ。


「それに、ボクは男の子だし」

「そのうち冒険者にでもなるか。それで、腕を磨いてもいいだろうさ」

「その時はよろしくね」

「任せろ。死ぬほどしごいてやる!!」


 ニコリと笑うビアンカ、しかめっ面を作るフラウ。二人とも、この生活が長く続かないだろうという予感を感じていた。




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