第018話 魔熊
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第018話 魔熊
『魔猪』は巨大だが、猪との差は倒してしまえば変わらない。肉や皮が大きい分、一頭換算なら「お得」ということになる。
「また来てください」
ほくほく顔の村長以下村人の姿に、多少の腹立たしさを感じつつ、依頼達成の署名をもらい、一先ずトラスブルへと帰還することにした。
「色々あっていい経験になったな」
「えー 私、見てるだけでしたよ後半」
「仕方ないですよ。魔物同士の戦いに、魔術で割り込んだら、両方から襲われてもおかしくないですからね」
「しょれは……しょうなんでしゅが……」
二頭の魔物の両方から「ヘイト」をかってしまうということも、プリムの小魔法の乱発なら大いにあり得る。魔力を纏っている分、魔術の効果が効きにくく、小石をぶつけられた程度のダメージしか与えられない代わりに二頭の魔物に襲われたのなら割に合わない。
「も、もっと威力のある魔術を……」
「いや、無理だろ? なら、地面を少し凹ませて足を取られるようにしたり、泥濘にして走りだせないようにするとか、こまけぇ仕掛けの手札を増やす方がプリムの資質と合ってる。細かくせこく仕掛けるんだ」
「かっこわるいです」
『かっこわるーい』
『ぷりむーかっこわるー』
あっさりビアンカにダメ出しされ、妖精たちに弄られ、ムッとするプリム。だが、事実だから仕方がない。
「ボクの弓も同じです。正確さと手数で勝負するしかないんで」
「いや、お前のアコナの毒とか罠仕掛けるとか悪辣だろ?」
「それは、そうなんですが」
プリムは単独で仕掛ける魔術師ではなく、手数で相手の動きを鈍らせ行動を制約する支援型の魔術師と割り切る方が良いだろう。今の段階ではビアンカで前衛は足りている。魔術と弓の遠距離攻撃だって組合せは悪くない。
プリムが魔術で注意をひき、その隙を狙ってフラウが弓で狙撃、弱った敵をビアンカが刈り取る。
「もう一枚前衛がいてもいいな」
「そこで、リンクをスカウトしたいんです」
「大山猫は人慣れしないって聞きますよぉ。猫は家に付くっていうけど、山猫は山に付くんじゃないかなぁ?」
確かに!!
トラスブルの冒険者ギルドに到着。依頼達成と、猪の中に一体『魔猪』が含まれていたことを報告する。すると、受付嬢は一瞬何か考えたのだが、ビアンカに小声でささやくように告げる。
「ビアンカさんに指名依頼が為されるかもしれません」
「ああぁ?」
ビアンカが面倒そうに反応すると、一瞬、受付嬢が「ひっ」と声にならない声を上げそうになるがぐっとこらえた。
「じ、実は、『魔熊』が近隣のギルドの冒険者から発見報告が為されているんですが、どうもトラスブル方面に縄張りがズレた様で。もしかすると、その魔猪の影響かもしれません」
魔物は縄張りを本来持たないのだが、力のある魔物同士が近くにいる場合、互いを避ける傾向がある。魔猪は魔熊より弱い個体であることが普通だが、争えば無傷とはいかない。あるいは、条件さえ良ければ勝つ可能性も三割程度ある。引き分け含めれば魔熊の勝率は五分以下であろうか。なら、リスクを取らないという選択をするのは解る。
「なら、魔猪討伐したから、こっちにはこねぇかもしれねぇだろ」
「被害が出るようであれば、指名依頼をさせていただきます。強制依頼を拒否されると、降格含めてペナルティが発生しますのでご理解ください」
高位の冒険者の優遇される理由は、指名依頼の強制という『義務』が『権利』に付随するからだ。冒険者ギルドは中立故徴用・徴兵は行われないが、その代わり、魔物の討伐に関しては強制される。緊急性が高く、人命他被害が拡大する案件に関して、その抑止力として高位冒険者が充てられるのである。
「まあ、魔熊なら断らねぇよ。こっちにもいささか絡みがある」
「そうなら、助かります。トラスブルを離れる時には、必ずギルドにお伝え下さい」
「しばらく予定はねぇ。依頼は大したことなかったが、初心者連れては
少々疲れちまった」
ちらりと、背後にいるフラウとプリムにわざとらしい視線を向ける。フラウはいつものことであるし、大した疲れはないがプリムは相当疲れている。夜討ち朝駆けは狩の基本なのだが、プリムにとっては初体験なのだ。それを、「俺が疲れたから」という理由でビアンカが代弁してくれたのである。
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一週間ほど、今まで通りの生活が戻ってきた。とはいえ、魔熊討伐の依頼が来てもおかしくないだろうと、ビアンカは装備を整えている。今のヴォージェでは威力不足であろうと、刺突性能の高い長柄を幾つか手配し入手することにしていた。
プリムは、新たな魔術の習熟に取り組んでいる。いわゆる『土凹』である。地面を軽く盛り上げる『土凸』ではなく、掘り下げる『凹』にしたのは、魔熊の突進力なら穴に足を落とした方が効果的であると考えたからだ。多少の土の盛り上がりなら、蹴り飛ばして粉砕されてしまう。
加えて、ノータイムで発動でき、尚且つて数も複数可能なので、足元にボコボコと穴をあけ、どれかにはまればいいという態にする。加えて、深さをある程度掘れるように練習しているのだ……練兵場の片隅で。
「プリム、終わったら埋めとけよ」
「も、もちろんでしゅ……す!!」
絶対忘れていた。
フラウは日常の業務をこなしながら、早朝はトラスブル近郊の山に入りアコナの根を採取し、毒の精製にあたっていた。前回それなりに使ってしまったのでその補充だ。加えて、速射に重点を置くために長い矢軸の鎧通の矢を四十本ほど用意してもらうことにした。矢筒二つ分に相当する。それ以上は背負って動き回るのに問題が生じる。
「魔法袋に入れておいてもすぐに取り出せるわけじゃないから」
『そんなものはないよー』
『作ればー』
魔法袋は得夫が得意とする空間をゆがめる魔術を用いた魔導具である。簡単に手に入ることはなく、購入するとすれば、トラスブルでそれなりの邸が買えるほどの金額がするとか。つまり、祖母の魔法袋を売れば一瞬で金持ちになることができる。
「たしか、魔物の胃袋を加工して、魔術的な処理をするとかおばあちゃんに聞いたことがあるな」
祖母の師匠は『得夫』の錬金術師であり、その手の魔導具の作成も可能だったと聞く。但し、祖母が弟子入りしている最中は丁度魔法袋が無かったようで、作れたならやると言われた。森に庵を構えた後に独立祝いだと届けられたものがいまフラウの手にしているものだ。
フラウも小さなもので良いので、魔法袋の矢筒が欲しいなと思うのである。
因みに、前回討伐した『魔猪』の胃袋はさりげなく解体して回収してある。魔物の肉と毛皮はともかく、内臓は利用することなく処理されたからだ。捨てるならもらっておけということである。
胃袋を洗浄処理し、干して乾かしてある。鞣してしまう方が良いのかどうか解らないので、塩漬けにして保存してある。残念ながら祖母の魔法袋は時間経過を停止させることはできないものであったからだ。並の魔法袋は時間の経過がそのままだが、高級なものは時間経過を遅延させたり、停止させるものもあるという。
とはいえ、そのような魔能袋は所有者の魔力をより多く取り込んで効果を維持するので、魔力量の少ないフラウでは持つことも難しい。時間停止と内容量を拡張するのにはより多くの魔力を必要とするのだ。
『矢筒』ならば、拡張効果だけでよいので魔力も大して消費せずに済む。使わないときは中身を出してしまえば、魔力も消費しない。
そして、ビアンカの元に冒険者ギルド経由で『指名依頼』が届いたのは直ぐであった。依頼主は司教領の領宰。司教の代理として領の差配をする『宰相』に相当する者からだ。
「チッ、めんどくせぇな」
「でも、金貨百枚の報酬は凄いでしゅ……す!」
金貨百枚というのは、領地持ちの男爵の三年分ほどの収入に匹敵する。通常、『金貨』として流通し使われるのは「小金貨」であり、領宰の提示した金貨の価値の十分の一として扱われる。なので、一般の金貨の価値に換算すれば千枚ということになる。
「傭兵でも雇えばいいじゃねぇか」
「魔熊を傭兵で追い払うならともかく、討伐は無理です。猟師なら、熊を狩る事は出来ても、魔物はちょっと難しいですから」
「そこで、冒険者になるわけですね。なるほど!!」
人間相手なら傭兵で構わないのだが、魔物討伐、それも完全な獣の上位互換なら、餌が増えるだけで凡そ勝てる見込みはない。獣の熊でも相当の凶暴さであり、鎧をへし曲げ兜を叩き割るくらいの膂力はある。魔力持ちなら身体強化をさらに行い、体格も巨大化しているはずだ。
猟師なら熊を狩ることはできても、魔熊は難しい。魔力を纏っているので、毒も効きにくくなる。罠も容易に破壊する。魔術を用いても、体表の毛に魔力を纏っているので、なかなかダメージが入らない。
今回、ビアンカが手配したのは、肘先ほどの長さのピアスヘッドを有するギュサムに似た長柄である。斧刃の代わりにビルに似た鎌刃がついている。ヴォージェに見えなくもないが、どちらかというとビルの派生形に近い。
キャンドルスピアやオウル・パイクのような『突錐槍』も検討したのだが、数を揃えて抑え込むのでなければ、日頃のヴォージェに近い扱いのできる刺突性能を高めた装備が良いと判断し、選んだのだ。
「そう言えば、魔山猫とはどうなってんだよ?」
「まだ連絡はないです。魔熊討伐に出る日には声をかけて同行をお願いしようと思っています」
魔猪の魔石を喰らい、能力を高めたであろう魔山猫のリンク。今は、少しでもその能力に慣れる時間を確保してあげたいというフラウなりの配慮だ。見つけても即討伐に移行するとは考えにくい。足取りを追って、暫くは依頼のあった目撃情報のある山の中を歩き、形跡を追いかけることになるだろう。
「熊は縄張りあるよな」
「そうですね。かなり広い範囲なので、探すのは妖精の魔法にお願いしようと思っています」
「ふいぃ……少しは楽できそうです」
熊よりさらに大きな魔熊ならば、妖精の魔法を借りて探し出すのは然程難しくないだろう。とはいえ、術を行使して妖精の視点を借りて山の中を探すのはそれなりに疲れることになる。体は動かさないが、魔力を相応に消費するので、発見が長引けばそれなりに消耗する。
「まあ、頑張れ」
「魔術でお手伝いできることは何でも言ってください!」
捜索・索敵はフランの仕事なので、ビアンカとプリムはいたってお気楽なのである。
「二人は討伐で頑張ってもらいますからね。魔熊には毒は効きにくいですし、ボクの矢では深く刺さりませんから」
「だよなぁ。何本かボアスピアも用意してある。熊は攻撃する時に立ち上がる事も少なくねぇ。突進を躱し、立ち上がって威嚇する時に、腹にスピアを突き刺す。何本もな」
「わ、私は、ショボい魔術で牽制して、あとは、水と雷を継続的にぶつけて苛立たせて時間をかけて弱らせようかと思いましゅ……す」
探すのはフラウ、体を張るのはビアンカ、魔術で痛めつけるのはプリムという役割になりそうだ。
「あと、フラウは目、狙ってけ。目は強い魔物も中々強化で気ねぇ。あとは鼻だな。鼻潰せ」
「ピンポイントに指定しますね」
「できるだろ?」
ビアンカは非力とはいえ、妖精の力を借りることができるフラウの弓術の強みを理解している。離れた空間同士を繋げ、至近距離からの精密な射撃ができるからだ。
「やりますよ。妖精たちに力を借りて」
できるできないかではなく、「やる」のだとフランは思うのである。
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