第012話 サラセン風メイス
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第012話 サラセン風メイス
「こ、こんな貴重な物……いただいちゃってもいいんでしゅか……すかぁ!!」
「おう。俺じゃ使いこなせねぇしな。魔術が使える嬢ちゃんが使うのが一番だ」
「うう、緊張しますぅ」
教練が終わり、若干魔力の消費で疲れた様子のプリムに「上出来だ」と答えたビアンカが、手に持つ魔銀ヘッドの馬上戦槌を渡した後の反応が以上の通りだ。
「村なら、宝扱いされるくらいの希少なものだと思うんです」
「そこまでじゃねぇよ。実戦用に硬度を出しているし、柄は精霊や魔力との相性がいいとはいえイチイだからな」
撓りがよく耐久性の良いイチイ、あるいは緻密で重量のあるオークを用いた木製の柄が竿状武器には多い。
「全魔銀なら魔力纏いは簡単だろうが、これはちょっと鍛錬がいると思うぞ」
「うーん……いけそうです……そぃ!!」
魔力が柄を突き抜け、先端の魔銀ヘッドが薄っすらと魔力を帯びる。
「えへへ、できましたぁ!!」
「お、おう」
「すごい?」
『すごいかもー』
『できるこー』
ビアンカは練兵場脇にある木人迄プリムとフラウを案内する。『木人』というのは、木で作った鍛錬用の案山子である。ただの巻き藁のように切りつけるだけではなく、撃てば反動で反撃してくる。騎士の鍛錬用に用いられるものだが、トラスブルでは市民兵・傭兵の個人鍛錬用に幾つか用意されているのだ。
「壊れると困るから、まずは、魔力纏い無しだ。身体強化は使って良し」
「……あ、あの、靴を脱いでもいいですか?」
恐る恐るといった態でプリムはビアンカに伝える。なんでも、「人の街では裸足になってはならない」と「ばっちゃ」に厳しく言われているのだそうだ。歩人は本来裸足で活動する。足の裏に「棕櫚たわし」のような剛毛が生えており、それが歩人の足音を消し、滑りを止めることになる。天然のスパイクソールというわけだ。
「構わねぇ。ここは街の中じゃねぇからな」
「は、はい!! 直ぐぬぎます!!」
胡乱げなことを言いつつ、プリムは半長靴の前紐をスパッと開く。元々二段ほどの結い上げなので、解くのも簡単なのだ。
歩人の足の裏、確かに……熊の毛のような剛毛が生えている。これなら、確かに、音もなく歩くこともできるだろうし、泥濘でも転ぶことはないだろう。但し……足をきれいに洗うのは大変そうであるし、可愛らしい靴を履くこともちょっと無理である。
「あの、その毛を整えたりは……」
「当然します!! 乙女の嗜みですぅ!!」
歩人の乙女は、足の裏のムダ毛処理に余念がないらしい。確かに、上から見る分には、剛毛が生えているとは思えない可愛らしい足である。
「ほら、試しに打ち込んで来い」
「で、では遠慮なく」
ビアンカが刃挽きの剣を持ち、斜め横に構え、打ってこいと手招きする。
「とぉ!!」
気の抜ける掛け声とともに、プリムは振り下ろすようにメイスを剣に叩きつける。
GAINN!!
魔力を薄っすらと纏ったメイスが、鋼鉄の剣を叩き大きな音を立て弾き返した。メイスのヘッド部分で剣を打ち払ったといった感じである。
「メイスは剣よりも間合いが短い。馬上で振る分には、相手の剣より踏み込んでも全身鎧を着ているので問題ないんだが、徒歩で軽装なら剣や槍の間合いが長い分、メイスで相手を直接攻撃するのは無理がある」
と、ビアンカはメイスを徒歩で戦う際の欠点を述べる。
「だがょぉ、お前の場合、小魔術球の連射で槍や剣より遠間から攻撃できるだろ? 魔術を扱う奴の問題は近寄られた場合の対処だよな。だから、メイスで相手の武器を打ち払えるだけで十分だ。それとよ」
ビアンカは、自らが左ひじの辺りに備えていた『盾』らしきものを外し、プリムに渡す。
「これは、魔銀の糸で織った魔装布を下地に貼ってあるタージェだ」
魔装布は、王国で一部出回っている幻の素材と言われている。とある王家に仕える貴族の家で専属で作成しているらしく、入手が非常に困難だと言われている。
「魔装布……って……いいんですか?」
「いや、お前には貸すだけだ。それで、魔力を纏って自分で魔力の盾を作れるように練習しろ。タージェを持たずとも、自分の左手の辺りに魔力の塊で盾を作れれば、万が一メイスで弾けなかった場合も、お前自身を守ることができるようになる」
「なるほど」
プリムに貸してフラウに貸さなかった理由は、潜在的な魔力量の多寡による。フラウは精霊の力を借りるには十分な魔力量だが、プリムには敵わないだけでなく、ビアンカにも及ばない。魔力の壁を作るより、身体強化や「妖精」の力で姿をくらます方が効果があると考えたためである。
「それと、無駄魔力の使い道は他にもある。身体強化だな。プリムは、俺の助手を週一日程度行い、あとは冒険者としての依頼を受けろ。それと、在郷会館で薪割りをやらせてもらえ」
身体強化をしなくとも薪割りは出来るが、こんこんとなかばまで刃を入れておいて、一気に叩きつけて割くように割るのが一般的である。これを、最初から真っ二つにするにはそれなりの膂力が必要となる。
「じゃ、じゃあ、依頼も力仕事系を中心に受けた方が良いんですよね?」
「星一になったら、俺とフラウと三人で討伐依頼も受ける予定だ。人間の街を学ぶのに必要な仕事を何でも受ければいい。大聖堂の補修の人手はいつも不足している。力仕事に迷ったら受ければいいぞ」
大聖堂や礼拝堂は街の象徴であり、豊かさを示す道標でもある。故に、トラスブルではせっせと周囲に誇れるような教会施設を構築している。場外の要塞関係も仕事としてはあるのだが、そっちは完全に土木工事の類いであり、石材運びのようなわかりやすい力仕事から外れる。なにより、街の人間との交流なら教会関係の方が良い人間関係が作れるだろう。
「力仕事……憧れます」
「うえぇぇ……替われるものなら……」
「プリムは里長修行で出てきたんだろ? 力仕事だけなら、鉱山かなんかではたらきゃいい。トラスブルなら、冒険者ギルドで採取依頼なんて受けても歩人にとっちゃ大した意味はねぇ。人と交われ」
「はいぃ」
『教会って、変な彫り物おおいよねー』
『人間ってへーん』
文字の読めない者にも聖典の内容を理解させる為、その偶像・寓話の一場面を教会の内部の装飾などに反映させているのだ。その図象を見せながら聖典の場面を語ることで、聖典を読むことのできない者たちに理解させことができた。
もっとも、この百年ほどで古代語であった聖典が帝国語た王国語に翻訳され、活字印刷により広く聖典が出版され、文字の読める者が直接聖典を手にし読む事ができるようになった。トラスブルでは、初等教育が普及しており、文字の読める者が半数を占めると言われる。
なので、少々古い時代の遺物であり、聖典を読める者からすれば教会の人間が文字を読めない者を騙す手段として飾られた装飾に良い感情を持てなくなっている。時に、破壊の対象とされることもある。なので、古い教会・大聖堂には装飾が多く、新しい礼拝堂、特に聖典を大切にする原神子信徒の教会・礼拝堂には図象を用いた装飾がほぼない。
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「じゃあ、つぎはフラウとプリム、手合わせしてみろ」
「よ、よろしくですぅ」
「はい。お手柔らかに」
身体強化を伴い、メイスを振り回すプリム。対するフラウは『妖精』の力を借り、自身の位置をずれて認識させる術を使い翻弄する。メイスの振り下ろしを受け流し、『羊飼いの斧』の柄で払いのける。
身体強化は為されていても、直線的な動きを続けるプリムはフラウからすれば狩りの獲物同様、動きを想定しやすいので往なすのはさほど難しくはない。
とはいえ、プリムは魔力だけでなく体力も底無しであるようで、何度躱されいなされようともすぐさま立ち直り、次の攻撃を始める。
「い、いい加減つかれたな」
「ふぅふぅ、だらしないですねフラウは。はははは!!」
勝ち誇ったかのように笑い声をあげ、追撃を強めるプリムに、フラウはいい加減面倒になり、妖精の力を借りることにする。
――― 『霞か雲か』
フラウの周りに視界1mほどの霧が立ち込める。それが徐々に鍛錬場全体へと広がり視界を奪う。この時点で、まともな立ち合いは難しくなった。
フラウはそろそろ鍛錬をやめたかったのだ。
「鍛錬終了!! フラウ、これを消せ!!」
『まかせてー』
『いーよー』
フラウからの合図を受け、妖精たちは一瞬で霧を消す。
「こ、これは凄いです」
「時と場合による。こんな時間にいきなり霧が広がりゃ、明らかに怪しい」
「普通は上手に使います。夜中とか、雨の日とかね」
昼の鍛錬場ならともかく、森の中なら霧は大きな脅威だ。水分を体に纏わりつかせ体温を奪い、方向感覚の失調は気力と体力を奪う。
森の中で霧を放たれ、更に方向感覚迄狂わされたなら、遭難待ったなし。なにも、武具や魔術で殺すだけではなく、自然の迷路に取り込んで自然死させることだって立派な攻撃なのである。フラウの『魔女』の加護は直接的な攻撃手段は少なく、事故や病気に近い状態で相手を害する対処が得意なのだ。
言い換えれば、病気や怪我の理由、突然の不幸な出来事を魔女の仕業と言い出す者が後を絶たないのは、本物の魔女のもつ、環境を利用した己を利し敵を害する手段の豊富さによる。
今では『魔女』の御業を知る者は『魔女』自身を除けばほとんどいないのだが、その結果の恐ろしさの記憶だけがぼんやりと伝えられていると言えばいいだろうか。
翌日、在郷会館の『薪割り』の仕事はプリムが受け持つようになった。そこから、幾つかの貴族街の施設でプリムは『奉仕活動』として「薪割り」をになうようになった。
これはプリムの後見人となった貴族が手を回し、幾つかの貴族街の教会やその関係の救貧院などでの『薪割り仕事』を冒険者ギルド経由でプリムに依頼することで進んでいった。本来、幾らかの金銭が支払われ対価として労務を行うのが冒険者ギルド経由の街中の仕事の依頼なのであるが、薪割り奉仕活動に関してはギルドに支払う手数料以外は無償である反面、昇格評価の査定は倍付されることになるという段取りが為された。
また、金銭の支払いはないものの、プリムは行った先では午後のお茶の時間に呼ばれ、そこに足を運ぶ貴族の夫人らと話す機会を得たり知己を得ることができ、やがて昼食や晩餐に呼ばれることもあった。
また、日曜の礼拝に参加することで貴族街の住人に顔を売ることができた。その中には、街の守備隊の幹部らもおり、鍛錬場で会えば気安く挨拶する程度にはなれた。
傭兵だけでなく街の市民兵もその様子を目にしており、只の小さい女の子の魔術師としか思われていなかったプリムも、「貴族の知己を持つ」魔術師という程度には見直された。
しかしながら、外見はフラウより若干年上程度にしか見えず、成人したばかりかと思っている者も少なくなかった。ある日、フラウが自分の年齢である十二歳をプリムに伝え、「少し年上ぐらいですか?」と何気なく聞いたところ、プリムは激しく動揺していた。
見かねたビアンカが間に入る。
「俺は知ってるが、フラウよりずっと年上だ。むしろ、お前の母親に近い年齢だと言ってもいい」
「……え……」
プリムの課された『成人の儀』というのは、成人年齢に達した者が課される課題ではなく、次期里長となる為の修行の意味があった。
「ニ十五……でしゅ……」
プリムは里長である祖父の後を継ぐべく修行の旅に出されたのである。
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