第011話 練兵場
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第011話 練兵場
傭兵団は勿論のこと、市民兵も定期的に訓練を受けることになっている。ビアンカが考えたのは、その兵士の訓練にプリムを「助手」として参加させることである。
どんなことをするのかと思い、その日午前中休暇をもらったフラウは、ビアンカとプリムにくっついて練兵場へと向かう事にした。練兵場となるのは、市の外郭にある堡塁の一角で、水路と土塁に囲まれた一角だ。
百年ほど前の法国北部を巡る王国と帝国の戦争において、軽量の野砲が多数投入され、それまでより速度のある攻城戦が行われるようになった。それ以前に、ドロス島の要塞に攻め込んだサラセン軍の攻城砲に対抗する為に、高く薄い城壁から、分厚く高さはそこそこで尚且つ奥行きのある防塁の組合せに防衛施設が変化してきている。
東方大公領の領都ウィンもサラセン軍の攻撃を防ぐ目的で、街の周囲を堡塁網を用いた防衛施設を張り巡らす工事を大々的に行っていると聞く。
「整列!!」
トラスブルに雇われている常備の傭兵は一個中隊四百名。三ケ月更新とはいえ、かなりの人間が何年か仕事をし、金を貯めるなりして退役していく。とはいえ、半数の銃兵は銃と同程度に消耗品。槍兵や鉾槍兵ほど練度を必要としていない。女子供老人でも騎士を殺せるから、銃は槍に変わる装備として徐々にその数を増やしているのだ。手っ取り早く戦力にするには新人に銃の扱いかた「だけ」教える方が良い。
とはいえ、鍛錬の場は重要。特に、射撃ではなく防御陣を組んで耐える訓練は中々経験できない。
「というわけで、今回、俺の助手が敵の銃撃の代わりに魔術を放つ。
銃弾より威力は低いが、それなりにいてぇぞ」
ビアンカは「軍曹」という役割で、兵士の教練を行う仕事を担っている。その「助手」として、小さな魔術を多数連続して放てるプリムを冒険者ギルド経由で実質的指名依頼をして採用したということである。
軍曹はかなり高給取りなので、ビアンカの私費で一人助手なり従卒をつけることくらいどうということはないらしい。
「でははじめる。射撃用意!!」
ビアンカの隣に立つプリムが、前面に立つ歩兵の戦列に向け数個の『小雷球』を顕現させる。小さくパチパチと音を立てているが、戦列からは揶揄するような笑い声が聞こえてくる。
「あ、あのぉ……」
「放て!! 良いというまで放ち続けろぉ!!」
「は、は、は、はいぃぃ!!!!!」
PANPANPAN……
PAPAPAPAPAPAPA!!!!!!!!!!!!!!!
戦列に向け、如雨露で花壇に水を掛けるように次々に『小雷球』を放ち続けるプリム。その横では、口角を上げ歯をむき出すように笑いながら腕を組んで仁王立ちするビアンカの姿。その右手には杖代わりにヴォージェが握られている。
「そらそらぁ!! 耐えろ耐えろ!!」
「「「「ぎゃあ!!!!」」」」」
小火球ならちょっと服が焦げて終わりなのだが、「小雷球」の場合、衝撃と痺れを伴う痛みが体を突き抜けていく。前列が膝をつき、あるいは倒れると、二列目三列目に次々と小雷球が命中していきバタバタと倒れていく。
数分と経たずに、戦列は崩壊。痛みに耐えつつ立ち上がる者もちらほらみてとれるが、八割方は倒れ伏せるか痛みをこらえて震えているかである。
「どうだ!! 痛てぇだろ!!」
「「「「……」」」」
呻き声と無言の同意。そして、いくばくかの反抗心。
「命を無くさずに経験できたんだから感謝しろ! てか、週に一度はこれやるからな。それと、騎兵は馬に経験させてやるから、馬場に移動しろ!!」
馬は本来臆病なもので、大きな音やちょっとした痛みに狂乱状態になる事も少なくない。馬が暴れる状況を人工的に作り、咄嗟の対応をする。落馬した後、馬に踏まれて戦傷死ということもないわけではない。経験、大事。
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ビアンカがプリムを「助手」として雇い、教練に参加させた理由はいくつかある。傭兵団に対しては、実戦に近い「苦痛」を与え慣れさせるため。正直、痛みで人間は簡単に混乱に陥る。武器を打ちあう理由の半分は、「痛みに慣れる」為でもある。痛くても体が動くことが重要なのだ。
これをマスケット銃でやれば死人が出る。装備も損耗する。加えて、一人一人に行う訓練コストも馬鹿にならない。だが、プリムの『小雷球』ならば威力はそこそこで痛みもあり、尚且つ、相応の数を放つことができる。
雷撃の痛みは銃弾ほどではないが相応に体を痛みで硬直させ、尚且つ、装備はさほどいたまない。これが火球なら燃え上がるであろうし、水球なら濡れる程度で装備の上からでなら大した衝撃を与えることは出来ないだろう。いや、正確には可能だが、それでは装備が破壊されたり兵士が過度に負傷することになる。雷で痺れる程度がちょうどいい。
一つは、兵士のいる状況に世間知らずの箱入りであるプリムに慣れさせることにある。冒険者とは「休業中の傭兵」あるいは「引退した傭兵」「見習傭兵」という存在で、荒くれ然としている。里では「里長」の孫娘として大事にされていたであろうプリムがトラスブルの貴族街にある在郷会預かりになった理由も、一言で言えば「お嬢様」であるからに他ならない。
とはいえ、冒険者として活動する際、周囲は「傭兵だらけ」なのである。言葉遣いに所作、習慣から食事まで何から何まで今までのプリムの環境とはことなる。在郷会館の食事は貴族向け故に、故郷の食事と変わらないだろうが、貧民に近い兵士・冒険者なら屋台で購入した怪しげな食事や、不味いパンに薄いスープだけ、あるいは粗悪なエールなどの飲み物になる。
そして、何より「臭い」。風呂には入らないし着替えもない。だが、衣装には変なコダワリ……目だてるような華美な装いの一張羅を着る。それが「傭兵」としての矜持らしい。それに慣れてもらう必要がある。
今一つは、彼女の魔術の問題点。大きな魔力を発することができないという体質、状態に対する対処療法。これは、水以外の『火』『雷』『風』といった比較的高出力の魔術を多数連続して放つことで、一回当たりの魔力の放出量を拡大することにある。
魔力の総量を増やすためには枯渇する迄使うこと。結果、魔力量の「超回復」により増加するという経験則がある。
魔力の出力を増やすには、何度も反復して魔力を放出し、徐々に出力を増やすという方法が適しているのではないかとビアンカは考えた。彼女自身は魔力は有れども魔術は使えない。だが、その昔、共に仕事をしたことのある『灰色乙女』という二つ名持ちも高位冒険者である魔術師に、そういう話を酒の場で聞いたことがある。今では帝国から王国王都近郊に拠点を移したらしく、話をする機会もないのだが。ギルド経由でなら連絡が取れるかもしれないのだが、今すぐどこうできるはずもない。
これと、あと一つの方法を用いても行き詰まるのであれば、「依頼」として話をするのも吝かではないのだが。
「うをおおぉぉぉ!!!!」
何だか叫び声を上げながら、何度か目の『小雷球』の連続射撃を開始するプリム。どうやら、訓練開始当初より一発当たりの威力が上昇、一度の発射するも少し増えている気がする。
「良いんじゃねぇか」
「はい!! これ、毎日でもいけそうでしゅ!!……です!!」
魔術の出力が上がっていることを実感し、今まで不安気・半信半疑であったプリムの表情が、本来のにこやかで朗らかなものとなる。但し、その眼には若干の狂気!!
それを横目に見ながら、フラウはビアンカに質問する。
「ねぇ、もう一手ってどんなことなの?」
魔力の出力を上げる方法のもう一手について、フラウは気になっていた。自身は『魔女』の加護により、魔力総量・出力とも小さいが『妖精』の助力でなんとかなっている。多少の身体強化をビアンカの鍛錬ついでに教えてもらい、今では弓もそれなりに強いものが引け、『羊飼いの斧』を使った杖術もそう悪いものではなくなっている。
「あ? お前は既に使ってるだろ」
「へあぁ!」
「羊飼いの斧の柄は、お前の魔力の出力改善に寄与してる。あれは、イチイだったか。楡とかその辺は、精霊や妖精、それに魔力を助ける効果がある。総量が少なきゃ底上げしたり、精度を上げて消費量を少なくしてくれるし、魔力の多い者ならその流れを滑らかにする。魔力の通りが良くなるっつーわけだ」
魔術師が『杖』を使う者は少なくない。スタッフと呼べるほどの長さを持つものから、ロッドと呼ばれる前腕の半分ほどの長さのものまで。大概が、魔術と親和性の高い樹木を用いて作られており、魔力の制御や出力を補助してくれると言われる。
出力が安定すれば発動の失敗が減り、魔力の出力が上がれば短い時間で術が発動。精度が上がれば、魔力のロスが減る結果、発動回数が増加する。無くても問題ないが、「杖」を持っている方が魔術師の力を底上げしてくれる。良い杖は、良い剣や良い鎧同様、その者の能力を高めてくれるのだ。
「へぇ、ビアンカは杖持ってるんだ。意外だよ」
「ん? 俺が魔術師の杖なんて持ってるわけねぇだろ」
何言ってんだとばかりに、ビアンカはフラウの言葉に反論する。
ショ
「俺が持っているのは、こんな程度のものだ」
ビアンカは腰に吊るしていた一本の棒を取り出す。大柄なビアンカからすれば肘から手首ほどの長さでしかないが、フラウやプリムからすればショートソード位の長さに見て取れる。
「確かに、魔術用の杖じゃねぇが、お前の斧と同じで、魔術の適正が高いんだよ。それに、先端の金属は魔銀の合金だ」
精霊魔術の力を高めてくれる素材がある。とはいえ、意思が伝わりやすくなったり、消費する魔力・対価を少し減らしてくれる効果程度だ。
「それはメイス?」
「ああ。こいつは大沼国の魔戦士・魔騎士が使う馬上戦槌だな」
ビアンカは依然、帝国東部でのサラセン軍との小競り合いに参加し、魔銀合金製のヘッドを持つメイスを手に入れたのだという。もともとは、サラセン軍の騎兵が装備する装備で、帝国や王国のフィンが刃のようについたゴツイ者と比べるとかなり小振りなヘッドが付いている。
「大原国のは『玉葱』って呼ばれる丸みのあるもんだが、こいつは、多少板状のフィンがついている。魔力纏いができれば、このフィンの部分で切断することもできるんじゃねぇかな。俺は魔力纏いはしたことねぇから知らんけど」
「ええぇぇぇ……」
『てきとー』
『てきとー狼』
「やかましい!!」
ちょっと貸してとばかりに、フラウはメイスを受け取る。確かに、羊飼いの斧に似た柄の感触がある。
「サラセンや大沼国に駐留する帝国の魔力持ちの騎兵は、こんなんで魔力を纏ってすれ違いざまや乱戦で殴り合うんだよ。サラセン兵は最初は軽装騎兵なら弓、重装騎兵なら馬上槍で突撃、その後、接近戦では騎士同士なら鎧の効果で刃が立たない場合も多いから、打突武器で殴り合うんだ」
ヴォージェやハルバードについているフックやピックも切れない鎧を穿ったり、馬上から引きずり降ろす為の装備であったりする。
「でも、騎士が持つにしては短いね」
「まあな。腰に差しておいて即抜けるようにしているからだろうな。長いと片手で手綱握ってりゃ扱いにくいしよ」
とはいえ、これはかなり短い。全体が金属でできているメイスならともかく、この木製の柄と魔銀ヘッドの組合せのメイスの場合、柄は交換して使うことが前提なのだろう。
「全魔銀なんて、目ん玉飛び出す程高価だろうしな。ヘッドだけでもひと財産になる」
「え!! いいの? あげちゃっても」
「歩人の里の次期様と縁が結べるなら悪い事じゃねぇ。歩人は斥候や伏兵として優秀なんだよ。柄もちいせぇから、忍び込んだりするのも得意だし、荒事も苦にしねぇ」
自分の傭兵団を持たないビアンカからすれば、有力な知人友人を持つことは傭兵として大事なことなのだろう。フラウの祖母もそういう関係で繋がっていたのであり、これは今現在のフラウの存在もそういう「損得づく」「利害関係」の上で成り立っている。『魔女』の加護を持つ精霊・妖精使いの少年というのは、隠密行動や街中での依頼には重宝するのだ。
「使えると良いねプリムさんが」
「そうだな。本人次第だな」
鍛錬場で小魔術を乱射するプリムを身ながら、ビアンカはそうつぶやいたのである。
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