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結局、その日は街道までは辿り着かず、草原で野営ということになりました。

しっかし、これほどに道が進まないのは、やはり、聖女様の転び癖、のせいなんでしょうか。

森の主の呪いが解けたら、きっと全部すっきり解決~と思っていたのですけどね。


食糧は聖女様のリュックにまだたーんとありましたし、グランもご機嫌に腕をふるってくれたので、なかなかに野営は楽しいものでした。

野生の動物やオーク避けに、大きな焚火を燃やします。

森のなかではあまり大きな火を焚けなかったので、なんだか久しぶりに明るい火を見た気がしました。


火を見ると安心するのは、人が獣ではない証拠なのでしょうか。

人の他の生き物はみな、火を怖がります。

ならば、オークが火を怖がるのは、もはや、人ではないものになってしまっているからでしょうか。


踊る炎をぼんやりと眺めていると、なんだか、いろいろなことを考えて、ちょっと無口になってしまいます。

とりとめもなく溢れ出すのは、さまざまな思い出。

辛かったこと、悲しかったこと、そしてそのむこうにある温かな記憶・・・


ふと気づくと、いつの間にか隣に聖女様がいらっしゃいました。


「聖女様?どうかなさいましたか?」


傍にいてくださったことが嬉しくて、思わず微笑みかけてから、聖女様の憂い顔に気づきました。

いったい、どうなさったというのでしょう?

なにをそんなに気に病んでいらっしゃるのですか?

わたしで解決できることならば、なんでもいたしましょう。

そういう気持ちを込めて、瞳をじっと見つめます。

すると聖女様は、はっとした顔をなさって、それから少しばかり頬を赤く染めました。

あまり人にじっと見られることには慣れていらっしゃらないのでしょう。

まじまじと見つめるなどと失礼なことをしてしまったと恥じて、わたしはそっと目を逸らせました。


「すみません。貴女の瞳があまりに綺麗だったので、つい見入ってしまいました。

 ご無礼をお許しください。」


「・・・いえ・・・あの・・・」


聖女様は俯いたまま、なにかごにょごにょとおっしゃいます。


「申し訳ありません、聖女様。

 わたしの耳は人間よりは少々大きくできておりますが、その聴力を以ってしても、今の聖女様のお言葉は聞き取れません。」


「・・・いえ、その・・・」


「失礼。」


わたしは聖女様の口元に耳を寄せて、その言葉を聞き取ろうとしました。


「・・・シルワさんって、酷いです。」


「は?」


しかし、聞き取れたのは思ってもみなかった言葉だったので、思わずきょとんとなってしまいました。


「わたし、酷い、ですか?」


「はい!」


顔を上げてきっぱりと断言なさいます。

それはよほどのことなのでしょう。


「それは申し訳ありません。

 ご不快にさせてしまったのなら、深く反省して改善いたします。

 ただ、もし可能なら、わたしのどのあたりが酷いのか、教えていただけませんか?」


「そういうところです!」


「はい?」


聖女様はなにやらひどくお怒りのようで、ばっと立ち上がると、向こうへ行こうとして、一回けつまづいて、なんとか踏みとどまって、・・・はあ、やれやれ。とりあえず、転ばなくてよかった。

聖女様を見ていると、いつもはらはらして、なのに、それが奇妙に楽しかったりもするのです。


聖女様、今はリュックも背負っておられませんし、今なら抱き上げて運んでさしあげられるかな?とちょっと思いました。

しかし、なにやらわたしはご不興を買ってしまっているようですから、余計なことはしないほうがいいのでしょうか。

今度、もう少し聖女様のお心の和らいだときに、お怒りの理由を尋ねることにしましょう。


「そういうところやねんなあ。」


「は?」


突然、反対側から聞こえた声に、またぎょっとしました。

振り返ると、グランが温かいお茶の入ったカップを差し出していました。


「あ、有難う、ございます。」


とりあえずお茶を受け取ると、グランは自分の分のカップを両手で抱えながら、そこに座りました。


「あんたさあ、具合は、どうやねんな?」


「あ。からだ、ですか?今のところは問題ありません。」


さきほど魔法玉を百個ほど作りましたから、少々、魔力切れではありますが、それも心地よい疲労、といった感じで、不快なものではありません。いえ、むしろ、この魔法玉で聖女様を癒せると思うと、それだけで疲れなど吹っ飛んで、もう百個くらいは作れてしまいそうです。


「そうか。それやったらええねんけどな。

 まあ、あんま嬢ちゃんに心配かけたらあかんで?」


「・・・聖女様は、お優しすぎるのです。

 わたしのような者の心配など、なさる必要はありませんのに。」


わたしは手を温めるように両手でカップを持ち直しました。

お茶の水面がゆらゆらと揺れて、そこになにか像を結ぶように見えます。

・・・いいえ。

もちろん、そんなものは目の錯覚。今のわたしにそのようなもの、見えるはずなどないのです。


「あんた、『オークの涙』、飲んでんのやて?」


唐突にグランはそう言いました。

自分が息を呑むごくっという音がしました。


「・・・フィオーリに、聞きましたか?」


以前、フィオーリの前で発作を起こして飲んだのを思い出しました。

あのとき、フィオーリはなにも気づかなかったようでしたが、グランならその話しを聞けば、だいたいのことには気づいてしまえるかもしれません。


「いつから?」


「それほど前ではありません。

 『オークの涙』が必要なほど大きな発作を起こしたのは、あのときが初めてです。

 もっとも、発作を起こした人は見たことがあったので、どういう状況かはすぐ分かりましたけど。」


「発作を起こした人?」


「・・・弟です。」


それはあまり口にしたくないことでした。

けれど、このまま一緒に旅を続けるのなら、いずれ話さなくてはならないことでした。


「弟は禁忌を犯して・・・わたしは弟を連れて逃げました。

 わたしの友だった人が、郷の宝物庫にあった『オークの涙』を持ってきてくれました。

 多分、わたしは彼らにも余計な罪を背負わせてしまったのでしょう。

 それでも、少しでも長く弟の命を繋ぎたくて、わたしはそれを受け取りました。」


「エルフ王の命を受けてるようにも見えんし、どこかへのお使者でもなさそうやし。

 はぐれエルフとはまた珍しいなあ、とは思うてたけどなぁ・・・」


グランはそう言っただけで、そのいきさつについては、それ以上詳しくは聞いてきませんでした。

わたしは、ほんの少しだけ、ほっとしました。


「あんたの具合が悪いのも、そのせいもあるんか?」


「・・・多分。」


「なんか、薬とか、療法とか、ないのん?

 少しでも楽になれるんやったら・・・」


親切なグランに、わたしは静かに首を振りました。


「いっそ光に溶けてしまうのが、一番楽だ、とは聞きましたけどね。」


知らず、笑みが零れました。冷たく苦い笑い。


「いつか、そのとき、が来たら、グラン、あなたがわたしに光を掲げてください。」


「『オークの涙』なら、こないだぎょうさん手に入ったやろ?

 あれ飲んどったら大丈夫なんちゃうん?」


グランは怒ったように言いました。

そんなグランの優しさが、わたしの胸に沁みました。


「いずれ、効かなくなります。

 弟も、そうでした。

 あの、残った一粒は、弟のものだったんです。

 最後の一粒を飲まずに、弟は・・・」


唐突に、弟の顔が浮かびました。

苦しさに耐えきれずに歪み、絶望に泣きながら、最期に笑った弟の顔。

・・・兄様、ごめんね・・・

どれだけ叱られても、謝ったことのなかった弟が、最期の最期に言った言葉。

そして、その息を断ち切ったのは・・・


「弟が遺してくれた一粒で、わたしは命を繋ぎました。

 これで最後だと思っていたのですが、聖女様のおかげで、ずいぶん最後は先延ばしにしていただきました。

 だから、わたしはこの命を、聖女様のために使いたいと思っています。」


「あんたの命を何に使おうと、それはあんたの自由やけど。」


グランはきっぱりと言いました。


「もしあんたがオークになったら、そんときは黒い布でぐるぐる巻にして、嬢ちゃんのリュックに放り込んだる。」


わたしは思わず笑ってしまいました。

あまりにとんでもないことなのに、その様子を想像したら、なんだか笑えてきたのでした。


「そんなことをしても、そのときのわたしはもはやわたしではありませんよ?」


「そんなん知ってる。けど、それでも、や。」


ふん、と鼻を鳴らしたグランが可笑しくて、笑っていると涙が零れてきました。


「エルフさんは、森から出たら、それだけで調子悪いんやろ?」


「まあ、森の居心地がいいのは確かにそうなんですけど。」


今のわたしには、エルフの好む清浄な森よりも、オークの棲む暗い森のほうが心地よい。自分でも認めるのは恐ろしいけれど、それが事実でした。


「こんなふうにワタシらと旅してて、大丈夫なんか?

 ワタシにできることがあったら、なんでも言いや?

 好物言うたら、なんでも作ったる。」


ふふふ、と思わず泣き笑いになりました。


「有難う。」


仲間というのはこんなに温かなものだったのだと、久しぶりに思い出しました。






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