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いやもう、わたしの泣き顔もすごかったそうですけど。
みなさんだって、なかなか、なもんでしたよ?
もっとも、あの場に鏡はありませんでしたから。
結局、自分の顔は見なかったんですけどね。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの泣き顔で、大笑いしながら、仲間たちは喜んでくれました。
なんかねえ。
よかったです。
ここに帰ってこられて。
べしべし叩かれた背中の痛みがね。
ものすっごく、嬉しかったですよ。
一通り落ち着いたところで、聖女様に神殿にむかっていただくことになりました。
当面のオークの脅威は去ったと、村のみなさんにお伝えするためです。
わたしたち亜人種が行って、またみなさんを怖がらせるわけにもいきませんしね。
ところが、聖女様は、わたしの腕にしがみついて、行きたくない、とダダを捏ねられました。
こんな聖女様を見たのは初めてでしたから、みんな、大そう驚きました。
無理に引き剥がすと、わたしの腕なんて、かるーく、ぽきん、と折れそうですからね。
みなさん、ちょっと困っておられましたね。
仕方がないので、神殿の外まで一緒に行くことにいたしました。
しかしまあ、わたし、なんというか、病み上がり、みたいなものじゃないですか?
まだねえ、まともには歩けないんですよ。
そしたら聖女様は、かる~く、わたしのことを、お姫様だっこされて、ですね?
いや、わたしはお姫様じゃないんで、なにだっこと言えばいいんですかね?
とにかく、ひょいと抱えて、歩こうとなさったんですけど。
こちらは全力で抵抗させていただきました。
・・・・・・。
だって、ねえ?
グランとフィオーリが両脇から支えてくれましたけど、それはそれで、歩きにくかったです。
ほら、身長差が、ね?
しかし、わたしにはもう、自分に治癒魔法をかける、なんて余力はありませんでしたし。
ミールムの妖精魔法には治癒はありませんしね。
聖女様の治癒魔法には聖水が不可欠ですし。
聖水を手に入れるには、神殿に行かなければならないし。
要するに、八方塞がりだったわけです。
それでもね、気分だけは晴れ晴れとしておりましたね。
おりしも、雲の間から、明るい月が覗きまして。
もしもオークになってたら、この月も見られなかったんだな、と改めて思いました。
昼間の雨で湿った風のなかに、ふわり、ふわりと、蛍の灯りが灯ります。
それは、オークたちの魂が、光に還っていくようにも思えました。
報せを受けた村の人たちは、とりあえず、全員、自分の家に帰りました。
大騒ぎして、オークが来るなんて、嘘だったんじゃないのか、なんて言った人もいたそうですけどね。
聖女様は、泣いて抗議なさったそうです。
その場にいられなくて、本当に、申し訳なかったです。
聖女様が悲しい思いをしていらっしゃるときに、慰めて差し上げられないなんて、騎士失格じゃないですか。
そのときの様子は、後からアルエットに聞きました。
アルエットもね、聖女様を庇って、一緒に抗議してくれたんだそうです。
戻ってきたとき、なんだかおふたりは腕を組んでて、長年の親友のようになってました。
その夜は、またアルエットの家に泊めてもらいました。
大鍋はなかったんですけど、アルエットの家にあった道具を駆使して、グランはご馳走を作ってくれました。
グランもオークとの戦いで疲れてたはずなんですけどね。
ほんと、グランって、すごいなあと思います。
なんか、神殿でもらってきた聖水、一気飲みとかしましてね。
聖水のそんな使い方、わたしも初めて見ましたけど。
ぷはーっ、よっしゃー、って。
あとは、いつも通りなんですよ。
ほんと、すごいですよねえ?
しかしまあ、みんな、今日は、昨日ほどには元気がなかったです。
そりゃ、疲れてますよね。
わたし自身も、ただでさえない体力が、今日はまた、ごりごりに削り取られましたからね。
なんといってもほら、一度、オークになりかかったわけですから。
今回はなんとか引き戻してもらいましたけど、それでも、なんとなく、自分のなかに危うい陰は残っている気がします。
まあ、わたしの犯した罪は、そう簡単に帳消しにはならないのでしょう。
今夜の聖女様は、もうずーーーっとわたしの傍から離れないでいらっしゃいました。
ちょっと、幼かった頃の弟を思い出しました。
昼間の間、ほんの少しだけ、郷に用を足しに行った日なんかに。
夕方、帰ってくると、べーーーったりひっついてね。
なんか、あのときの弟も可愛いと思いましたけど。
聖女様は、弟以上に可愛くて、困ってしまいます。
弟のことを思い返せばまた、胸の奥が、ずきり、と痛みます。
この痛みを、わたしは生涯、抱えていくのでしょう。
抱えていかなければ、ならないのです。
生きている限り、それはわたしの背負うべき罪なのですから。
お腹もいっぱいになり、人心地着いた辺りで、わたしはアルエットにお願いをしました。
「アルエット、貴女はお歌がお上手でしたね。
ほら、あの、以前、故郷の歌だって言って歌ってくれた歌。
よろしければ、ここで一曲、ご披露、願えませんか?」
以前、一緒に旅をしたときに、一度だけ、焚火の傍で歌ってくれたことがあったのです。
そのときの心に沁みるような歌声を思い出して、言ってみたのですが、アルエットは、いきなりむっとした顔をして言いました。
「シルワってさ、無自覚なんだろうけど、ときどき、残酷だよね?」
「あ。分かります。」
隣で聖女様もおっしゃいました。
おふたりともなにやら怒っていらっしゃるようで、わたしはびっくりしました。
「え?わたし、なにか、酷いこと、しました?」
「そういうとこ、ね。」
アルエットは腕組みをしてわたしを睨みました。
「弓が得意とか、歌が好きとか、ほんっと、余計な事、よく覚えてるよね?」
「ああ!記憶力は、そう悪くはないほうだと・・・」
「なんでそんなの覚えてるわけ?
わたしとはあの村で別れてさ。
普通だったら、もう二度と会わないはずだったよね?」
「だとしても、しばらくの間、一緒にいた方なのですから・・・」
「あんたがさ、そういうこと言うからさ、あたしだって、ちょっと勘違いなんかしちゃってさ。」
アルエットは怒りながら鼻をずずっとすすりました。
「あたしだって、あれからいろいろあって、この村まで流れてきてさ。
シルワとは、もう絶対、二度と会うこともないだろうって、思ってたのに。
偶然、市場で再会するなんて。
もうこれは、運命なんじゃない?なんて、思うよね?」
「はい?・・・ああ!再会する運命だった、ってことですね?
なるほど。運命でもなければ、この広い世の中、再会なんてしませんよね、普通。」
「だーかーらー!そういうとこ!!」
「ですっ!!!」
新旧二人の聖女様に睨まれて、わたしは小さくなりました。
「え?え?わたし、またなにか、いけないことをいたしましたか?」
「だいたいさ。そもそも、オークのところから単身、助け出してくれたり。
ひとりじゃ危ないからって、近くの村まで一緒に行ってくれたり。
そういうのって、恋が芽生えたりするもんじゃない。」
「ええっ?そういうものなんですか?」
「そういうものなのっ!・・・その、吟遊詩人の物語、とかじゃ・・・」
「ああ!吟遊詩人!
申し訳ありません。わたしは、その方面にはとんと、疎くて・・・
吟遊詩人なんてもう百年訪れていないような、田舎の森の出身なもので・・・」
「だから言ったでしょう?
ただの、うっかりぽっかりな朴念仁なんだ、って。」
って、ミールム、それ、この間より、言い方ひどくなってませんか?
「だって、誤解するでしょう?
怪我したら、魔法で治してくれるし。
眠れないって言ったら、子守歌歌ってくれるし。」
「まあ!わたくし、子守歌を歌っていただいたことはありませんわ!」
「え?それは・・・聖女様はいつも三つ数えないうちに熟睡なさいますから・・・」
「ひどいっ!」
「ひどいですわっ!」
また両側から責め立てられてしまいました。
「もうこの際だから言っちゃうけど、あたしさ、野宿してたとき、一度思い切って 、寝ぼけたフリして、シルワに抱きついたこと、あるんだ。」
「ええっ?」
「大丈夫。マリエの心配するようなことは、なんもないから。
シルワってば、お腹を出して寝ると、寝冷えをしますよぉ~、ってあたしのこと、きちんきちんとマントにくるんじゃってさ。それから背中向けて、すーすー寝ちゃったんだよ。」
「あああっ、目に浮かびますわっ。」
「あたし、あ、もう、これはだめだわっ、って思い知ってさ。
翌日、村について、シルワは、それでは、ごきげんよ~って。
にこにこって、あっさり手を振ってさ。
名残りもなにも、あったもんじゃない。」
なんだかこれはもう、さっさと謝ってしまったほうがよさそうです。
「・・・どうも、いろいろ不調法なようで・・・申し訳ありません・・・」
「って、ここで謝るんだからさあ。
もう、ほんと、どうしようもないよね?」
「なんでしょう・・・、わたくし、涙が出そうです・・・」
「いいのよ、同情してくれなくて。
この大変なの、引き取ってくれたのは、あんたなんだから。
もっとも、あんたはこいつにはもったいなさ過ぎるって思うけど。」
その場の全員が、なんだか同時にため息を吐きました。
どんよりとした空気を払うように、アルエットは歌い始めました。
それは、さっきアルエットも言っていた、わたしの故郷の子守歌でした。
幼いころ、わたしが両親に歌ってもらった。
わたしも弟に歌ってあげた。
その歌でした。
そう何度も歌ってはいないと思うのですが、アルエットは歌をよく覚えていました。
少しも間違えずに歌うなんて、流石だと感心しました。
アルエットの声は、変わらず美しく、いいえ、むしろあのころよりもっと美しくなっていました。
気が付くと、全員、黙り込んで、アルエットの歌に聞き惚れていました。
わたしはちらりと横目で、隣の聖女様を伺いました。
なんだかさっきからやたらとご不興を買ってしまっているようで、怖くて顔を見られなかったのです。
聖女様の目は、うるうるとしておられました。
アルエットの歌は、それほどに素晴らしかったのです。
わたしはそんな聖女様に見惚れておりました。
聖女様に泣かれるといつもはらはらするのに、このときは不思議と、そうなりませんでした。
つん、と少し上を向いたお鼻が赤くなって、大きな玉になった涙は今にも零れ落ちそうで。
あ、と思ったわたしは、とっさに、聖女様の目尻にくちづけてしまっておりました。
「え?」
「あ?」
「うわっ!」
「って、ちょっ!」
「げげっ。」
ぺろりと唇をなめると、しょっぱくて、ほんのり甘い味がしました。
この味を知っていると思いました。わたしの命を救ってくれた味でした。
心臓が一度、どくん、と跳ねて、なにか、からだのなかを清浄な気が廻りました。
「ちょー、あんた、うちの嬢ちゃんに、なにしてくれてんねん!
病み上がりや思て、大目に見とったら、調子こくのもええ加減にしぃや!」
突然、グランはそう叫ぶと、聖女様の腕をぐいと引いて、自分の後ろに隠しました。
「え?
グラン、今、なんとおっしゃいました?」
「ふざけとんのんか、こら。
いっぺん、いてこましたろか?」
「???」
「あーあ。おいら、グランさんのここまで怒ったの、初めて見たっすよ。」
そう言いながら、フィオーリも聖女様の姿を隠すようにグランの隣に並びます。
「うちの嬢ちゃんに手ぇ出そうなんざ、一億年早いねん!」
「一億年経ったら、ぼくたちみんな、化石になってるだろうけどね。」
けけけけけっ、とミールムが笑いました。
やれやれ~とアルエットが肩を竦めます。
ふふふっ、と聖女様は笑っておられました。
翌朝になってから、オークの遺した布を集めに行きました。
村の有志の人たちも何人か手伝いにきてくれましたけど、それまで半信半疑だった人も、オークの布の数を見て驚いたみたいです。
全部集めて、こんもり積み上げて、火をつけて燃やします。
それから、灰を埋めて、小さな墓標を作りました。
なかなかに気の重い作業で、皆、無言で黙々と働きましたが、いつの間にか、有志の人たちのわたしたち亜人種に対する視線は和らいでいたように思います。
村を護るためにも、周囲にいつでもすぐに篝火を炊けるようにしておいたほうがいいです、とアドバイスすると、すぐにもそうします、と言ってくれました。
アルエットの選んだ場所は、きっと、これからもっと暮らしよい村になっていくことでしょう。
どうか、末永く、元気に暮らしてほしいと思います。
わたしたちは、また、次の場所を目指して出発しました。
そうして、仲間たちとの物語は、まだ、これからも続いていきます・・・
長々とおつきあいいただき、どうも有難うございました。
おりしも、今日は夏至。
妖精たちの悪ふざけをする夢は見られるでしょうか。
あなたにも、よいことがおとずれますように・・・




