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え、っと・・・はじめまして、こんにちは。シルワと申します。一応、今のところはまだ、エルフです。職業は、魔法使い、と言えばいいのかな?剣術なんかは、あまり得意なほうではありません。
お嬢様言葉はもうこりごり!と言われたので、語り手を引き継ぎました。
え?誰に言われたのかって?
はて。誰でしょう・・・?
さて、無事に鉱山の森を出たわたしたちは、次のオークの集落を目指して旅を続けておりました。
「ここから一番近いオークの集落って、どこにあるのかな?」
「きゃっ。」
「あいつら山とか洞窟とか深い森とか、そういうところに住んでるもんやけどな。」
「う、わっ。」
「もう少し行って、どこかの村で聞いてみたらいいんじゃないっすか?」
「あっ、っと。」
「このまましばらく行って街道に出たら、あとは道沿いに行くというのは如何ですか?そうすれば、村か町に出られるのではないかと。」
どがしゃん!
あ、しまった。
わたしたちの会話の一言ずつにまるで合わせるようにつまずいていた聖女様。
わたしは手を伸ばして、なんとか転ばせないように支えていたのですが・・・
うっかり自分が話している間に転ばせてしまいました。
仲間たちはわらわらと集まってきます。
でも、最初のころほど緊張感がないのは、いい加減、聖女様の転ぶことにみんな慣れてしまったからです。
「聖女様?大丈夫っすか?」
「あんたってさあ、本当、何にもないところで転ぶ達人だね?」
「それがヒロインの素質、ちゅうやつやないの?」
呑気なことを言う人たちをちらりと横目で見て、わたしは聖女様の前にひざまずきました。
「聖女様、お怪我は?
あああああ、膝小僧をすりむいておられる!
ちょっと待ってください。今、治癒魔法を。」
急いで魔法をかけようとするわたしの手を、聖女様はやんわりと引き留められます。
「大丈夫ですわ、シルワさん。
このくらい、聖水をかけておけばすぐに治ります。」
ええ、それは存知ております。
存知ておりますけれども・・・
できることなら、わたしが治してさしあげたいのです。
ささいなことでも、貴女のお役に立ちたい。
それがわたしの生きる価値。
貴女にもらったこの命。
いつか貴女に捧げることが、今のわたしのささやかな夢なのです。
「まーた余計なことして倒れたら、かえって迷惑やし。
聖水で治るんやから、それでええやん。」
グランに言われなくても、そのくらい分かっております。
だからこそ、涙を呑んで、出そうになる手を必死に抑えているのです。
そうこうしている間に、聖女様はリュックから取り出した聖水を・・・おや?あ、もう一本取り出して・・・あれ?・・・もう一本・・・またもう一本・・・
都合十本、ずらりと空き瓶が並びました。
「あらまあ、わたくし、聖水を全部使い果たしてしまいましたわ。」
まあ、どうしましょう・・・と両手で頬を抱える仕草もお可愛らしい。
はっ。いやいや。
しかし、その痛々しいお膝は、放ってはおけません。
「ならば、今こそわたしが!」
「ああ、いえ、治癒魔法なら、わたくしも・・・」
「あああああ!だめっす!聖女様!詠唱はだめっすよ!」
「ここはシルワに任せよう!うん。そうしよう!」
詠唱を始めようとした聖女様は、両側からフィオーリとミールムに引き留められました。
聖女様に魔法を詠唱させるとろくなことにならない、はわたしたち既に、経験済、です。
そのときの顛末を語り始めると、それはもう長くなりますから、それはまた次の機会にお話ししましょう。
とにかく、聖女様に詠唱はだめ、ぜったい、なのです。
わたしはもはや有無を言わせず、治癒魔法を施しておりました。
焦ったので詠唱を省略した略法にしましたが、怪我の程度が浅かったので、なんとか倒れずに済みそうです。
「シルワさん、申し訳ありません。」
聖女様はしょんぼりと小さくなっておられます。
「いいえ。この程度。」
にっこり笑って油断した途端に、ほんのすこし、くらり、ときました。
「あ。」
「略法なんかするからやろ。ええ加減、懲りたらどうやの?」
なんとかとりつくろうとしましたけれど、目ざといグランの目をごまかすことはできなかったようです。
「・・・すみません。」
結局、やっぱりお小言をくらってしまいました。
「・・・あの、聖女様、もしよろしければ、次の聖水を補給するまでの間でいいですから、治癒魔法はわたしに任せていただけませんか?
それなら安心して詠唱できるので、からだの負担もだいぶ軽くなるのです。
いえあの、負担をかけられるのが嫌なのではなくて、むしろ、聖女様にかけていただけるものならば、負担だろうとなんだろうと、至上の歓び、喜んで拝受いたしますけれども。
脆弱なこの呪わしいからだが動かなくなって、ご迷惑をおかけするのがあまりに申し訳ないのです。」
「そんな、わたくしが転ぶたびに、シルワさんにご負担をおかけすることになってしまいますわ。」
そう言って悲し気に目を伏せる聖女様の、なんと可憐なことか。
そのように優しいお気遣いを頂いて、奮い立たずにおかれましょうか。
「かまいません。いえ、むしろ、是非、そうしていただきたい。
わたしの技が貴女のお役に立つのならば、この上ない喜び。
魔法を習得したのもこの日のためかと、昔の自分を褒めてあげたいくらいです。」
「そうしてもらったら?
シルワもちゃんと詠唱すれば、そんなに魔力使わなくていいんでしょう?」
「そうっすよ、聖女様。
仲間に遠慮は無用っす!」
ミールムもフィオーリも援護してくれます。有難う、仲間たち。
「まあ、トータルで考えたら、それが一番効率的やろうし。」
ご意見番のグランの一押しで、聖女様もしぶしぶながらうなずいてくださいました。
「分かりました。
申し訳ありませんが、よろしくお願いいたしますわ。」
「はい。任せてください。」
とん、と胸を叩いたつもりが、少々力が入りすぎて、けほけほとむせてしまいました。
「そーんなうっすい胸、力いっぱい叩くからやろ?」
はい。おっしゃる通りです。
しかし、となると、治癒魔法の魔法玉を作っておいたほうがよいかもしれません。
そうすれば、詠唱中、聖女様をお待たせすることもありませんし。
今までは作っても使っていただけないかと、作るのを諦めておりましたが。
使っていただけるのならば、ばんばん作っておきましょう。ええ、この非力な背中に背負える限り。
・・・と、しかし、あまり重い荷物を背負っていては、機敏な動きもできません。
怪我をなさった聖女様にいち早く駆け付け、治療を施さなければ、魔法玉を作っておく意味もありませんね。
となると、魔法玉の個数の最適解は・・・
はっ!これではわたし、聖女様が怪我をするのを待っているようではありませんか!
なんということだ!大切な聖女様が傷つくのを願うなんて。
あってはいけません。そんなこと、ぜったい。
そもそも、聖女様を転ばせないようにしよう、と誓っていたはずだったのです。
ええ、治癒魔法を使わせていただけないのですから、できるのは、魔法の必要な事態にさせないことだと思って。
あああああ、なんということでしょう。わたしというやつは。聖女様を癒せるとなった途端に、無意識に聖女様が怪我することを望んでしまうなんて。これぞまさしく鬼悪魔の所業ではありませんか!
思わず頭を抱えてしゃがみこんでしまいました。
「どないしたんな?」
面倒臭そうに立ち止まったグランを、わたしはすがるように見上げました。
「あ、あ、あ、グラン・・・わたしというやつは、なんて罪深いのでしょう?!」
「はぁ・・・まあ、考えてること全部口から出てたから、なに落ち込んでんのかは分かるけどな。」
「げ。わたし、全部、言ってました?」
顔から血の気が引いていきます。
「わたくしがそそっかしいばかりに、ご心配をおかけして申し訳ありませんわ。」
聖女様にもそんなことを言われてしまいました。
あ、あ、あ、あ、あ、わたし、もう立ち直れません・・・
「申し訳ありません。聖女様。わたしは貴女が傷つくことなど望んでおりませんとも。」
「もちろん、そんなことはよく分かっておりますわ。」
あああ、なんてお優しいお言葉。思わず滂沱の涙が流れます。
わたしはすくっと立ち上がりました。
「ええ、ならば、失礼して、こういたしましょう。
そうすれば、聖女様が転ぶ心配もなくなります。」
そうだ、最初からこうすればよかったのです。
わたしは聖女様をお姫様だっこし、よ・・・うぐぐぐぐ・・・
っもっ、持ち上がら・・・な、い・・・
「あら。わたくしそんなに重かったですか?」
申し訳なさそうにする聖女様に、平謝りしたい気持ちです。
グランはここぞとばかりに首を振ってため息をつきました。
「あーあ。女の人に恥かかすとか、ないわあ。
まあ、非力なエルフさんには所詮、無理やろなあ。」
「グランさーん、お人が悪いっす。
あのリュックはグランさんにだって持ち上がらないでしょう?」
「そうそう。
あのリュックさえなければ、ぼくが運んであげたっていいんだけどさ。
あのリュック、持ち運べるのはマリエだけなんだよねぇ。」
「そうなんです!
聖女様ではなくて、リュック!リュックが重かったんですよ?」
ええ、いくら非力なわたしだって、聖女様のひとりくらい、持ち上げられますとも!・・・多分。
「あの。わたくし、自分で歩きますわ。」
聖女様はにっこりとおっしゃって、すたすた・・・きゃっ、ばたん!
かくして、お話しは振り出しに戻る、なのでした。