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理系男子の恋心  作者: 鈴木ユウスケ
第1章
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第5話 やり残したこと

3月9日

 夜、尾崎さんに電話して、映画に誘った。高校時代にやり残したことを完遂するために。


「明日、暇?」

「暇だよ」

「受験も終わったことだし、暇つぶしに、明日、映画でも見に行かない?」

「ん?これは、もしやデートの誘いか? まぁ、これといってやることもないし。いいよ」

「じゃあ、9時に駅で待ち合わせしよう」

「うん、分かった」


尾崎さんの口から”デート”という言葉が出た直後、僕の心臓の鼓動は、その前後のものとは明らかに違う動きをした。


3月10日

 映画とランチのデート。僕のジャケットの買い物にも付き合ってもらった。映画「コットンクラブ」はストーリーが難しくて、理解できなかった。才女の尾崎さんも同じことを言っていた。レストランでは丸いテーブルに90度の角度になる位置関係に座った。正面で向き合うよりも、斜めから顔を見たかったからというのと、少しでも近くで顔を見たかったから。

 僕はトマトソースのパスタ、尾崎さんはシーフードのドリア。ドリアの中心にカニのハサミが立ててあった。指でハサミをつつきながら、

「可愛いでしょ」

と、彼女。

「実は僕、シーフード苦手なんだ」


 僕は、音をたてないように注意しながら、パスタを口に運んだ。尾崎さんは、時々左手で自分の耳たぶ触りながら、ドリアを食べた。入学試験での出来事などを話しながら、食べ終わったのは尾崎さんの方が早かった。僕の方がたくさん喋ったというのもあるが、根本的に僕が食べるのが遅いことが原因だった。


「ごめんね。僕、食べるの遅くて」

「ううん、私、食べるの早いじゃんね。食欲旺盛だし」

「それで、そんなに大きくなったんだ」

「可愛くないでしょ」

「そんなことない、可愛いよ」


「可愛いよ」自分で言いながら、少しドキッとした。僕はコーヒー、彼女は紅茶を飲んでいた。今の「可愛いよ」の一言が、【やり残したことを完遂する】号砲となった。


「高1の時、僕が山口に殴られたの覚えてる?」

「あったね、そんなこと」

「あの後で、尾崎さんが僕のところへ来て、なぜか謝ってくれて、最後に『お主も、なかなかやるのう』って言ったんだよ。」

「え、そんなこと言った?」

「言ったの。あの時に、この子面白い、って僕思って」

「私、自分から男子に話しかけることってほとんどなかったから、多分照れ隠しのつもりで、言ったんじゃないかな」

「で、今、なんだけど。僕って、きちっとしてなきゃっていうか、はっきりさせないと気が済まないタイプだから、はっきり言うね。僕、今まで、いろいろ図々しいことしてきたでしょう、美沙さんに。で、そこはいろいろ反省しました。でも、好きだったの、美沙さんのこと」


 このタイミングで、初めて本人に面と向かって下の名前で呼んだ。美沙さんは、にこっと微笑んだように見えたが、すぐに顔を下向き加減にしたので、よく確認できなかった。下向き加減のまま、美沙さんが言った。

「きちとってことなら、小学校の頃の私だったらよかったのにね。今はずぼらになっちゃったから、もう一回その頃の自分に戻そうかな」

そこまで言うと、顔を上げて言葉を続けた。

「実は、私もね、高広君のこと、いいなって思ってたんだよ。ちょっと変わってて、危険なにおいがして、何か神秘的なものを感じてたの」


 まったく予期していなかった言葉が返ってきて、幽体離脱のように、僕の霊魂が一瞬身体から飛び出すほど驚いた。卒業して会えなくなる前に、自分の気持ちだけは伝えたいと思って、僕はこの日に臨んだのだった。それが思いもよらない返事が返ってきたことで、次の展開を考えるチャンスが与えられた。

 美沙さんのはっきり言うところが、僕の性格には気持ちよかった。ただ、「いいなって思ってた」は、過去形とも現在進行形ともとれる。どっちだ? それによって今後のプランが変わる。いや、正確には、今後のプランがいるか、いらないかが決まる。


 帰り。私鉄のローカル線は4両編成で、僕たちは進行方向前方から数えて2番目の車両に乗った。座席は空いていなかったので、二人並んで立って、吊り皮につかまっていた。僕が進行方向側、美沙さんはその隣に立った。美沙さんの身長はクラスの女子で一番高く、165cmくらいあったが、175cmの僕とお互いの肩が触れるような距離で並ぶと、それなりの角度で見下ろす格好になった。


 各駅停車の電車が走りだし、いくつかの駅を過ぎたころ、ふと隣の先頭車両に目をやると、なんと同じクラスの山崎、石原、森田、伊藤の男4人が、進行方向右側の座席に並んで座って、こちらを見ていた。八対二で目が合った。完全に捕捉された。僕は、反対方向に首を回し、耳たぶに小さなほくろがある美沙さんの耳に口を近づけ、ことを告げる。

「ねえ、あそこ、山崎たち」

美沙さんは、吊り皮につかまったまま、体を後ろに振り、4人のクラスメイトを確認した。


 僕たちはふたり、目を見合わせた。美沙さんの目は、三日月形に弧を描いていた。

「見つかっちゃったね」

と言って、両肩を持ち上げ、舌先を出した。今の二人の様子をも、4人に見せつけていることを思うと、僕は大いに自己満足に浸れた。


 終点で電車を降りた。山崎たちも同じ駅で降りたはずだが、視界の中にはいなかった。どこかに隠れて見ているのではと、辺りをきょろきょろ見回したが、こちらから見つけることはできなかった。外はまだ明るく、僕は駅まで自転車で来ていたので、美沙さんとはここで別れることにした。


「今日、暇つぶしにしてはよかったでしょ」

と、僕が言うと

「暇つぶしにしてはじゃなくても、よかったよ」

とにこやかに彼女は言ってくれた。

「またね、バイバイ」

と、美沙さん。

「うん、バイバイ」

と、僕。


「またね」ということは、あの時の「いいなって思ってた」は、現在進行形と理解してよさそうであった。必要になった今後のプランを考えながら、帰路についた。【やり残したことを完遂する】は、この日、全く予想外の成果を伴って成し遂げられた。人生最大の喜びの始まりだった。


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