8 合コンのお誘い
女子の苦手な麟くんが、私にだけは平気で近づいてくる。
それは私が、他の女の子達のように麟くんに恋愛感情を向けたりしないから。純粋な友達でいられるから、彼も安心して私と過ごせるのだ。
日々騒がれて心底うんざりしているのか、彼は女の子に好意を寄せられることを極端に嫌っている。
『くっそ、なんであいつら俺が嫌がってんのに追い回してきやがるんだ。睨んでも怯まないとか、空気読めないにも程があるだろ』
『みんな麟くんのことが好きなんだよ』
『俺の見た目だけが好きなんだよな、あいつらは。あー、女のいない世界に行きたい……』
『……あのさ麟くん。私も一応、女なんだけど?』
彼は私と葉山くん以外の人に偽物の恋人役を求めたことはない。それは恐らく、相手の子が本気になってしまうと厄介だからだ。
後々面倒なことにならない為にも、絶対に自分を好きにならなさそうな、そういった意味で信用できる相手だけを選んでいたのだと思う。
『苺はみんなと違うだろ』
クールな彼にしては珍しく、その言葉と共に私に向けられた笑みは柔らかなものだった。あの時の麟くんは……間違いなく私のことを信じてた。
彼の期待を裏切りたくはない。
だからお願い。
これ以上、私をドキドキなんてさせないで……。
◆ ◇
「ねえ、琴音ちゃん。彼氏とはどうなってるの?」
あれから1週間が経過した。
2,3日で仲直りして出ていくだろうという私の予想は大幅に崩れている。仲直りどころか仲違いが深まっているのだろうか、彼氏という単語を聞いた途端、琴音ちゃんの目がつり上がってしまった。
「どうもこうもないよ。相手の女をかばってばかりで話にならないったら……! こうなりゃ1ヵ月でも2ヵ月でも、あいつが土下座して謝るまでここをテコでも動かないんだから」
琴音ちゃん、月単位で居座るつもりなの?
琴音ちゃんは生活が夜型な上に寝相が悪い。おかげで私は寝不足気味なのだ。床で朝を迎えることも珍しくないので、正直背中が痛い。
うーん。マットレスでも買ってきて床に敷こうかな。
「はぁ~、苺ちゃんのお料理美味しいし、掃除は行き届いていて快適だし、ベッドも寝心地いいし、わたし、ここんちの子になろうかなぁ……」
琴音ちゃんはクッションを抱きしめながらベッドの上に寝転がっている。お気に入りの場所のようで、すっかりベッドが彼女の定位置となっている。
料理を褒められて、頬が緩んだ。年の離れた双子の妹がいるせいか、昔から母を手伝っていたおかげで料理だけは得意なのだ。
美味しいと言って食べてくれる人がいるというのは、張り合いがあっていい。琴音ちゃんがうちにやってきて、そこは嬉しいポイントだったりする。
「彼氏くん、琴音ちゃんに戻ってきて欲しいと思っているんじゃない?」
「戻ってきて欲しいならここに来るはずでしょ?」
「彼氏くんは、私の家の場所なんて知らないでしょ」
「知ってるわよ。初日にメールで、わたしの居場所とここのアパートの写真送っといたもん」
琴音ちゃん、本当は迎えに来て貰いたいんだね……
ぷっとふくれながら、クッションをぎゅっと強く抱きしめている。
なおくん、なにやってんだろ。
その日の夜も。琴音ちゃんは、寝言で「なお」と呟いていた。
◆ ◇
私が大学で仲良くしているグループは、結構な大所帯だ。
元々は4~5人位で固まっていたけれど、グループ同士がくっついて人数が膨れ上がったのだ。なのでお昼ご飯はいつも、本館3階の端にある空き教室で食べている。高校時代のように、毎日のように全員が揃う訳ではないとはいえ、混みあう昼時に、食堂で全員の座席を隣接で確保するのは不可能だからだ。
今日も2限の講義を終えた後、いつものように3階に向かおうとすると、琴音ちゃんに呼び止められた。
「苺ちゃん、今日はこっちで食べようよ」
琴音ちゃんは小さなビニール袋を提げている。恐らく、パンやおにぎりが入っているのだろう。天気もいいので外で食べたいのかな……と思いつつ彼女の後ろをついていくと、そこはなぜか別棟にある食堂だった。
普段は縁のない場所だ。ここの限定品でも食べたいのかと思いきや、なにかを注文するわけでもなく、空いている椅子に琴音ちゃんが座り込む。私もその隣に腰を下ろした。
「あ~、おっなか空いちゃったぁ~。食べよ食べよ!」
と言いながら、なぜか琴音ちゃんは食べ物を取り出そうともせず、覗うようにチラチラと辺りを見回している。私がカバンからお弁当を取り出して、食べ始めた頃、ようやく満足そうな顔をして視線を私に移した。
「ねえ苺ちゃん。苺ちゃん彼氏欲しくない?」
「ぶっ!」
掴んだ卵焼きがポロっと零れ落ちてしまった。
お弁当箱の上で良かった。セーフセーフ。
「……突然どうしたの? 琴音ちゃん」
「欲しいよね。分かった、今度の週末、わたしと一緒に合コンに行こっ!」
「えっ!? ちょっと待って、琴音ちゃん彼氏がいるんじゃ―――」
「わたし知らなかった、苺ちゃん、そんなに彼氏が欲しかったのね。期待してて、バイト仲間の子に頼んで、カッコいい子たーっくさん連れてきてあげるからっ!」
琴音ちゃん、相変わらず声が大きいよ……!
そしてなぜか、私が恋人募集中ということになってしまっている。
や、やめて琴音ちゃん……! すんごい恥ずかしいんだけど!
周囲の視線が気になって、私はそろりと辺りを見回した。琴音ちゃんから顔を背けるように首を動かすと、見たことのある顔と目が合った。
琴音ちゃんの彼氏くん―――なおくんだ。
正確に言うと彼は私ではなく私の後ろにいる琴音ちゃんを見つめている。苛立たし気に拳を握りしめながら、ぎりっと口元に力を入れているのが分かった。
ひえっ!
琴音ちゃん、彼氏のいる前で合コンの話をするなんて―――……それ、絶対わざとだよねっ!
当てつけのつもりなんだろうけど、拗れるだけだってば。
「琴音ちゃん、やめなよ。彼氏くんすぐそこにいるよ。怒ってるよ」
「知らないわよそんなの。怒ってたらなんだって言うの?」
ぼそぼそと小声で言うも、琴音ちゃんは怯まず大声で話し続ける。絶対に彼氏に聞かせるつもりで言っている。なおくんがつかつかと私たちの側までやって来た。
「どういうことだよ、琴音」
「…………なんか文句でもあるの?」
「俺がいるのに合コンとか、何考えてんだよ」
「わたしがいるのに、他の女と飲みに行ったなおに言われたくないし」
「だからっ! しぃちゃんは違うって言ってるだろっ!」
「何が違うのよ、全然違わないじゃないっ!」
私の頭越しに2人が言い合いを続けている。
どちらも引きそうにない。ある意味、似たものカップルなのかも知れない。
「ちょっと2人とも、落ち着いて。注目浴びてるよっ」
ぼそぼそと小声で声を掛けてみたけれど、2人には全く響いていない。というか、私の言葉なんて聞こえていなさそうだ。
おろおろする私の腕を、琴音ちゃんががっしりと掴んだ。
「わたしはね、友達に彼氏が欲しいって相談されたの。だから合コンを開いてあげることにしたの。幹事だから参加はするけど浮気するつもりなんてないけど? なに、なおはわたしのこと信用できないわけ? まあ、素敵な人がいたら心がぐらつくかもしれないけどねっ!」
実に挑戦的な発言と視線を、琴音ちゃんは彼氏に向けた。
彼氏くんにされたことの仕返しをして、反省を促したいのだろうけど……仲直りどころか破局一直線な気がする……
「……勝手にしろっ!」
苛立たし気に去って行くなおくんの後ろ姿を、琴音ちゃんは切なそうな顔をして見つめていた。