表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/37

26 また揺れて


 あれは(りん)くんだ。


 間違いない。あんな見た目の人が他にいるもんか。


 麟くんが私の知らない女の子と歩いている。顔が小さくて、手足が長くて、サラサラの長い髪をなびかせたその子は、女の私から見ても、ため息が出るような美少女だった。


 麟くんよりも幾らか年下らしい彼女は、むくれた顔をしてそっぽを向いて拗ねている。そんな彼女に向ける彼の眼差しは、子供っぽい態度に呆れつつもどこか優しげで、彼女を理解して受け入れているように見えた。


 ―――あ。この子は、麟くんにとって特別な子なんだ。


 一目見て脳が理解した。この子は私とは違う。私を相手にしている時よりも、ずっと自然体な彼の姿を見て、すぅっと心が冷えていく。


 あぁ。あれはやっぱり夢だったんだ。


 すとんと全てが腑に落ちた。おかしいと思ってたんだ。彼みたいな人が私を好きだなんて。それなのに私は、好きだと言われて、舞い上がって……。


 思い上がりが恥ずかしい。

 その好きは、友達としての好きだったのに。


 麟くんたちは横断歩道の手前で信号が変わるのを待っている。私は立ち止まったまま、そんな彼たちの姿を呆然と視界に入れていた。

 

 長すぎる信号のせいだろうか。


 彼の瞳が気紛れにこちらを向いた。ふっと目が合って、その先の反応を知るのが怖くて、彼の表情に色がつく前に急いで視線を逸らして、私はその場から駆け出していた。










「おいっ、苺っ!」


 ――――え、なんで。





 アパートとは真逆の位置に向かって走る私を、追いかけてくる足音がする。


 なんで、麟くんが、ここに。


 胸がざわざわと音を立てる。混乱する頭でちらりと振り返ると険しい顔をした彼が見えて、ひゅっと息を飲んでまた前を向いた。麟くんが怒っている。私を捕まえようとしている。やだ、なんで!?


 さっきの彼女はいなかった。置いて行ったのだろうか。

 だから、なんで。なんで……


 疑問がどんどん沸き起こり、不安に変換されていく。彼と向き合うことが怖くて、足の速度を速めた。自分が今どこを向っているのか、正直良く分からない。一人暮らしを始めて8カ月ほど経つけれど、アパート付近と駅と大学、それ以外の場所はさほど詳しくないのだ。


 迷路のように感じる道を先に進むと、そこは行き止まりだった。愕然として足が止まる。恐る恐る後ろを振り返ると、やっぱりそこには麟くんがいた。


 硬い表情のまま、ゆっくりと私に近づいてくる。


 無意識に一歩後ずさる。それ以上に彼が距離を詰めてくる。何度かそれを繰り返していると、背中に何かがコツリとぶつかった。……壁だ。


「どうして逃げるんだよ」

「だって麟くんが、追いかけてくるから」

「先に逃げたのは苺だろ。俺を見て、逃げただろ。お前はいつもいつも、そうやって俺から逃げようとする……」


 そう言って麟くんが、私の左右の壁に手を置いた。すっかり囲い込まれてしまっている。ああ悔しい。いつもいつもこうやって、私は彼から逃げきれない。


「だからって追いかけなくても……。体調はもういいの? 無理したらまた倒れちゃうよ」

「熱は昨日から下がってる」

「あの子は、放っといてよかったの?」

「あの子?」

「麟くんと一緒に歩いていた、女の子」


 彼が怪訝そうな顔をした。


「もしかしてお前……なんか勘違いしてないか?」


 麟くんの言葉に、体がびくりと反応した。彼の疑うような視線が私をしっかりと捉えている。そんなにジッと見ないで欲しい。胸の内のすべてを見透かされていそうで、ドキドキする。


「してないよ……」


 嘘。してた。

 麟くんの特別は私なんだって、勘違いをしていた。さっきの光景を見るまでは、彼の一番近くにいる女の子は私なんだと思い込んでいた。


 だって好きなんて言うから。期待しちゃったよ……。


「熱出して倒れた日にさ」

「うん」

「苺の声で好きって聞こえたけど、あれは?」

「あっ、あれはっ!」


 やっぱり聞かれてたんだ!


「そ、それは、その……」

「苺が、俺を好きってこと?」


 口ごもる私に、意地悪な彼がにやにやしながら追及する。頼むから顔を近づけないで欲しい。どんどん激しくなっていく動悸と動揺を堪えるように、手のひらをぎゅっと強く握りしめた。

 目の端に、じんわりと熱いものが滲んでくる。


「りっ……麟くんこそ……好きって言ったよね……」

「あぁ。言った。好きって、俺も言ったな。で? 苺は?」


 拍子抜けするくらいあっさりと、肯定の返事が返ってきた。


 なんで。なんでそんなに平然としていられるの。こっちは目を回しながら反論しているというのに、なんで麟くんは、そんなに簡単に好きなんて言葉が言えちゃうの。なんで、……なんて。


 そんなことくらい分かってる。


 麟くんの好きは私の好きとは違うから。友達としての好きだから……だから余裕で言えちゃうんだ。


「私も、麟くんと同じだし」


 ああ悔しい。

 本当は同じなんかじゃない。


 私のはただ誤魔化しているだけだ。


「本当か?」


 指摘されてかっと頬が熱くなる。そんな私を、麟くんが真剣な顔をして覗き込んでくる。私の言葉が真実なのか、見極めようとするような彼の真っ直ぐな眼差しに、たまらなくなって目を逸らした。


「好き?」

「うん、同じ好き」

 

 答えた瞬間、唇に柔らかな感触が降りてきた。


 すぐ離れたそれに、何が起きたのかとっさに理解できなくて。目を開いたまま固まっていると、あの日の続きのように彼が柔らかく笑いながら私の顎を掬い上げ、熱い眼差しが向けられる。


「次はもう、逃げんなよ」


 甘やかな彼の声が耳に響いてくらくらとする。

 長い睫毛が近づいて。あ、と思う間もなくまた触れた。ぐっと押し当てられる彼の温度に、今度は嫌でも理解する。私は今、麟くんとキスをしている……


 熱が離れた途端に、全身からどっと力が抜け落ちた。私は放心して、ずるずるとその場に腰を落とすのだった。

 




 ◆ ◇





 悪い苺、今日はバカのお目付け役任されてるから、帰るわ。

 そう言って、麟くんがこの場を去っていった。


 悪いって、キスのことじゃないんだ。

 麟くんの謝るポイントがよく分からない。


 明日は?と聞かれたので、明日はバイトと答えておいた。

 そうか、それじゃ月曜だな。

 そう言った麟くんは、なぜか少し寂しそうに笑った。


 バイトがなかったら、うちに来る気だったのか。

 あんなに可愛い彼女がいるのに。麟くんの考えていることがよく分からない。

 

 月曜、会うって本気なの?

 あんなことをしておいて。どんな顔をして私と会う気でいるんだろ。


 ―――ねえ。どうして私にキスしたの?



 好きの意味がはっきりして。スッキリする間もなく、私は新たな謎で心を揺らしていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
麟の妹・雛と侑のお話です♪
その好き
バナー/楠木結衣様

雛の友達・紗英と蓮のお話です♪
可愛くない
バナー/楠木結衣様
― 新着の感想 ―
[良い点] ―――あ。この子は、麟くんにとって特別な子なんだ。 うん、一見正解。 しかしニュアンスはエベレストの山頂と日本海溝の海底くらいの開きがあるという…… [一言] 麟くん、これはもう思い…
[一言] 壁ドンしてキスまでされておいて……まだするか誤解!!!!(゜Д゜;) いや、説明不足な麟くんも悪いけどさ!! 次回が気になってたまらない!!
[良い点] 壁ドン! そこから「好き」って言って、キス! なのに、苺ちゃんが勘違いしたまま……! あああ! 「兄」シャツと「妹」シャツさえあれば、こんなことにならなかったのに! もう、切なくてきゅん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ