18 3つ目の選択肢
えみりちゃんの説得は難航を極めていた。
そもそも、彼女は引っ込み思案な性格で、好きな人どころか女の子ですら、自分から気安く声を掛けにいくタイプじゃない。元々、いつも1人でぽつんとしていたえみりちゃんに私が声を掛けて、今のグループに引き込んだのだ。
そんな彼女だけど、グループの中に溶け込むこと自体は早く、1週間と経たないうちに他のメンバーと気楽に喋れるようになっていた。きっかけさえつかめれば、誰とでも仲良くできる子なんだけど……ただ、その最初の一歩を踏み出すことがどうも苦手みたい。
そんなえみりちゃんに、自分から告白してもらう。
……永遠に無理な気がしてきたな。
だからといって、麟くんと付き合うフリをするのも無理だ。練習とか……ああっ、もう!
思い出しただけで顔から火が出そうだよ……
「どうしたの苺ちゃん、顔真っ赤だよ。緊張してるの? 大丈夫だからリラックスしなよ、なおもいい人だって言ってたし」
「ううん平気。ありがとう琴音ちゃん」
どっちも無理なら、3つ目の選択肢に頼るしかない。
本当に彼氏を作って、その人をもってして岩田くんに諦めてもらうのだ。私は麟くんを忘れられるし、えみりちゃんは自分のペースでゆっくり恋を進められる。
それが一番、平和的かつ無難な解決策な気がする……。
ようし、頑張るぞ!
私は気合を入れて、琴音ちゃんと待ち合わせの場所に向かった。
◆ ◇
「へえ、苺ちゃんっていうんだ。可愛い名前だね」
「ありがとうございます、ええと………………上村くん」
あぶない。
緊張のあまり、一瞬名前が出てこなかった。
ここは本館2階の端にある喫茶コーナー。
私の隣には琴音ちゃん、斜め前には琴音ちゃんの彼氏であるなおくん、そして私の正面には初対面となる男の人が座っている。
ミルクティー色のふんわりとした髪。少し垂れ下がった目元に、やや太めの眉。全体的に柔らかい雰囲気をした、優しそうな人だ。
琴音ちゃんがなおくんに打診をしてみたところ、「丁度いい奴がいる」といって紹介してくれたのが、この上村くんなのだ。どうやらなおくんとは、高校時代からの友人らしい。
「あのさ、オレも苺ちゃんと同じ1回生だよ? もっとフランクに話してよ。名前も、苗字じゃなくて下の名前で呼んでくれると嬉しいな」
「あ……はい。ええと………………まもるくん」
焦るとスッと名前が出てこなくなる。
こういうところ、私はちっとも進歩していない。
「まだ堅いって。緊張してるの? はは、苺ちゃんって可愛いね」
まもるくんはお日さまのような笑みを浮かべている。さっきから何度も可愛いと言われて、言われ慣れていないこっちとしては余計に緊張してしまう。
まもるくんはこういう事、言い慣れているのかな? ものすごく、自然に口から出ている感じがする。照れている様子もないし……
よく見ると、まもるくんはそこそこ整った顔立ちをしていた。麟くんばかり見ていると基準がおかしくなりそうだけど、彼も普通にイケメンの部類に入るのだろう。カッコよくて、女の子の扱いに慣れていて、優しそうな人……
ねえ、なおくん。
こんな人が、チビで色気皆無の私を相手にするとでも思っているのっ!?
丁度いいって……たぶん丁度よくないよ。
素敵な人なんだけど、素敵過ぎて上手くいく気が全然してこない。ぎこちない笑顔を向けると、なおくんが慌ててフォローを入れてきた。
「おい、誤解すんなよ? こいつこんな調子だけどさ、軽いやつじゃないからな。モテるくせに幼馴染の女の子がずっと好きで、今まで一度も彼女いたことねえの。結構一途なやつなんだよ」
「ちょっ、なお! それを今言うなよ」
へえ。彼女いたことないんだ。慣れているように見えたのに……意外。
そっか。ずっと好きな女の子、かぁ。
なおくんからの証言に、まもるくんはあからさまに狼狽えている。その姿を見ているうちに、張り詰めていたものが解けてきた。ふふっと笑みを漏らしてしまう。
「その子のことはもう諦めているからいいんだよ。ごめんね苺ちゃん、こんな話聞かせちゃって」
「ううん、大丈夫」
叶わない恋というやつなのかな?
私と同じだね。
「ねえ苺ちゃん。もっと2人でゆっくり話がしたいな。今夜、一緒に夕飯でもどう?」
この人となら仲良くなれるかもしれない。
親近感を覚えて。私は、こくこくと頷くのだった。
◆ ◇
お気に入りの店に連れて行きたいから、とまもるくんに言われて、私たちは駅で待ち合わせることにした。電車に乗って誰かとご飯を食べに行く、滅多にないシチュエーションにドキドキする。
講義を終えた後、約束の時間まで間があったので、家に戻って出掛ける準備をした。通学用のカバンは荷物が多くて重たいのだ。教科書やノート、筆箱の入った大容量のカバンから、財布と携帯、小物類だけを小さなショルダーバッグに移動させる。
「服は……着替えた方がいいのかなぁ?」
姿見に映る自分は、嫌になるほど幼く見えた。
リボンのアクセントが付いたゆったりとしたセーターに、フレアのミニスカート。顔立ちは幼く、髪だってふわふわとした癖っ毛のショートとこれまた非常に子どもっぽい。こんな中学生に見えるような子、大学生にもなる男の子は嫌だよねえ……。
昼間は不意打ちの顔合わせだったから、取り繕えなかったけど、もう少しマシな格好して行こうかな。
とはいえ、大人っぽい服なんて持ってない。
だって劇的に似合わないんだもん!
そもそも化粧品すら持ってない。大学生になりたての頃、一度デパートのカウンターで試してもらったけれど……あれは酷かった。ワクワクしながら鏡を見たのに、そこに映る自分は背伸びをしてママの化粧品を勝手に使った、イタズラ後の子どもにしか見えなかった。
ちなみに、一緒にいたあんずとこももはバッチリ可愛くなっていた。身長といい、世の中は不公平だとつくづく思う。
どうにも繕えない事実に、軽く打ちのめされる。
はあ。まもるくん、普通にイケメンさんだから、隣に並んで恥ずかしい思いしたくなかったんだけどなぁ……
「あれ、麟くん?」
落ち込んでいたらいつものようにチャイムが鳴って、扉を開けると、普通じゃないイケメンが家の前に立っていた。
「よお。入るぞ」
「あ、だめ! 今日はこれから出かけるの」
「は、誰と?」
だ……誰って……
まさか追及されるとは思わず、言葉に詰まってしまう。ふよふよと視線を彷徨わせながら、無難な答えを口にした。
「と……友達……」
「ふぅん。目、泳いでるぞ」
ぎくりとして視線をピタッと止める。
麟くんはそんな私を訝しげにじっと見つめている。
ええと……
友達……とも微妙に違うけれど、彼氏……と言える関係でもないよね。正確に言えばまもるくんは彼氏候補になるけれど、それを言うにはまだ早い気がする。下手に堂々と宣言して、上手くいかなかったら恥ずかしすぎる。
麟くんのことだ。意地悪く笑って、「やっぱりな」とかなんとか言われてしまうに決まってる。
やっぱり友達で通しておこう。
付き合うことになったら、ちゃんと報告するからね。
「友達だよ、これから夕飯食べに行く約束しているの」
「それって男の友達?」
ギクッとして身を縮こませた。気のせいか、麟くんの視線が鋭くなっている。まるで、全てを見抜かれているみたい。
「なあ苺。岩田に捕まって困ってんなら、言えよ。俺がついて行ってやるから」
「へっ? 岩田くん……?」
「違うのか?」
……全然見抜かれていなかった。
ホッとして口角が上がる。そっかぁ。麟くんは、私が岩田くんに絡まれたと思って、心配してくれたのかぁ。
じんわりと胸のうちが温かくなってきた。麟くんに優しくされると、どうしようもなく嬉しくなってしまう。
「違うって、岩田くんは関係ないよ。もっと別の人。心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ、琴音ちゃんとなおくんに紹介してもらった人だから」
「…………は?」
……あれ?
さっきよりもオクターブ低い声が返ってきた。気のせいじゃない、麟くんからものすごい冷気が漂っている。そ、そんなに変なこと言ったかな私……
「そ、そういう訳でもうすぐ待ち合わせの時間だから、またね」
「…………」
ぎこちなく彼に手を振った。
なぜか無言になってしまった彼を放置して、私は約束の場所に向かうのだった。