16 勘違い
期待を、してしまっていた。
分かっていたはずなのに。彼が私に対して抱く感情は、夢見るような甘いものじゃないって事くらい。それなのに……
『ねえねえ。苺ちゃんのどこが好きなの?』
あの言葉に、どうしようもなく反応していた自分がいる。
彼女のフリさえしなければ、平気だと思っていたけれど……そんなに甘くなかったみたい。側にいるだけで、日に日に想いが強くなってしまってる。心が、制御しきれなくなっている。
友達だって、散々自分に言い聞かせていたのにね。
そんなの、全然上手くいかなかった。
ほんの少し触れられただけで、私はすぐにドキドキしてしまう。
このままじゃマズイな。
抑えきれなくなる前に、どうにかしないと……。
「私、彼氏が欲しいの。誰かいい人いないかな?」
きっと麟くんが好きだからいけないのだ。他の人を好きになってしまえば、彼とは友達でいられるはず。
誰か他の人に目を向けないと。そう思った私は、ランチタイムにみんなの前で思い切って切り出してみた。
「ええっ!? 苺がついに恋愛に目覚めたの!?」
「なになに、どういう心境の変化っ?」
今までずっと恋愛の話題を避け続けていた私の突然の恋人募集宣言に、みんな目を丸くして驚いている。そして興味津々な顔をして食いついてきた。
「ええと……琴音ちゃんと彼氏くんを見ていたら、その、羨ましくなっちゃったなぁ、なんて……」
ううっ。目が泳いでしまう……。
私、つくづく嘘をつくのが下手だなぁ。
「うーん、どうしようかな。なおが嫌がるから合コンは開いてあげられないんだよね」
「紹介の方がいいんじゃない? ちょっと彼氏に聞いてみよっか」
「うんうん、知り合いの方が安全だよね」
「え、待ってみんな。あたしも彼氏募集中なんだけど! あたしにもいい人紹介してよ~!」
「あんたこないだ別れたばかりじゃん。苺が先よ先」
私のたどたどしい言い訳を誰一人不審がることもなく、みんなはすっかり盛り上がっている。
さすが恋愛絡みの話題だ。みんなこの手の話が大好きなのだ。この調子なら、近いうちに誰か紹介して貰えそう。
麟くんより好きになれる人が現れるといいな。
◆ ◇
その日の放課後。えみりちゃんから新たなミッションを請け負っていた私は、とある部室の前に立っていた。
「ん? なんだお前は。そんなところでジッとして、入部希望者か?」
「あ、いえ! ちょっと岩田くんを待っているんです。お構いなく……」
どうやら彼は武道系の部活に所属しているらしく、放課後は大抵、体育館で活動をしているようなのだ。練習中に声は掛けにくい。だから、その前に捕まえてしまおうと思ってここに来てみたんだけど……勘違いされてしまったようだ。
先輩かな? この人も岩のような体格をした大きな人だ。見上げた先にある顔は、岩田くんに負けず劣らず迫力がある。
「あぁ? 岩田を待ってる……?」
威圧感あふれる野太い声。じろりと不審げな視線を向けられて、びくっと身体を揺らしてしまう。
怪しい奴だと思われているんだろうか。彼は太い眉を寄せながら、上から下まで値踏みするようにジロジロと私を見回している。
こ、怖い……!
涙が滲みそうになり、私は慌てて扉の前から退散した。
うう。ここはだめだ。
あっちの建物の陰からこそっと見ていよう……
「岩田くん、早く来ないかな」
「……今度は何の用なんだ」
「生年月日と血液型が知りたいんだって。って、麟くん!? どうしてここに……!」
振り返ると、私の真後ろに学内のアイドルが立っている。
いっ、いつの間に……!
パクパクと口を開けて驚いている私に、彼が冷ややかな眼差しを向けてきた。
「やめとけ。どうしても知りたいなら本人にやらせろ」
「本人って……それが出来ないから私の出番なんだよ?」
えみりちゃんは恥ずかしがり屋さんなのだ。
彼に話しかける勇気はないようで、部活をしている姿をコッソリ眺めているのが精一杯だと言っていた。ふふ、可愛いな。
だから私が代わりに頑張ろうとしているのに、麟くんは大きくため息をついて両手を腰に当て、あからさまに呆れた顔で私を見下ろしている。
「お前な、分かってるか? 岩田にあれこれ質問する気のようだけど……間違いなくそれ、勘違いされるからな」
「勘違い?」
「やっぱなんも分かってねーな……。あのな、例えばお前がよく知らない男にさ、彼氏はいるのかとか好みのタイプはどうだとか聞かれたら、なんて思うよ?」
「うーん……変なこと聞いてくる人だなーって思うかな?」
真面目に答えたのに、麟くんにぎろっと睨まれてしまった。
「こんの馬鹿イチゴ! そういうこと尋ねられたら普通はな、あ、コイツ俺に気があるな――って思うものなんだよ! 分かれよ!」
「え、あっ、なるほど~!」
そういえばそうかも知れない。
まったく興味のない人に、生年月日や血液型、ましてや恋人の有無なんて尋ねないものね。
そうか。岩田くんに勘違いされてしまう可能性があるのか。
それは不本意だけど……でも、後でちゃんと訂正すればいいだけだよね?
「大丈夫だよ、ちょっとくらい勘違いされたって」
「おま、ほんっとぜんっぜん分かってねーな……。そういう勘違いから、うっかりその気になられたらどうするんだよ」
岩田くんが私に興味を持つってこと?
それはさすがに、麟くんの気にしすぎじゃないかなあ。
だって私だよ。
中学生みたいな見た目をした、チビの苺だよ?
「大丈夫大丈夫、そんなのないって。あ、向こうにいるの岩田くんだよね? 私、行って聞いてくる!」
「待て! ――――俺が行く。俺が聞いてくる。苺はここでじっとしてろ」
麟くんが、駆け出そうとした私の腕をしっかりと掴んだ。
「え、でもそれだと麟くんが勘違いされちゃうよ?」
「されるかっ。俺は男だぞ」
それもそうか。
「じゃあ、お願いするね」
……なんて、気軽にお任せしたけれど。
「す、すまんがおれにそういう趣味はなくてだな……、お前の想いには答えてあげられん……! そりゃ男にしては綺麗なやつだとは思う。思うが、おれは女の子がいいっ!」
岩田くんはなぜか、しっかりバッチリ勘違いをしてしまっている。カオスだ……
「何おかしな勘違いしてんだよっ! 俺だってそんな趣味ねーわ」
「でもお前、葉山と、その……」
「いいからさっさと、生年月日と血液型と、好みのタイプを教えろよ」
「だからその質問のラインナップ、どう考えても怪しいだろっ!」
私は事の成り行きを、建物の陰からヒヤヒヤしながら見守らせてもらっている。もっと穏やかな流れになると思っていたのに……岩田くんは変な誤解をしているし、麟くんはすっかり怒ってしまっている。
「まさか彼女がいるなんて言わないよな?」
「お前、このおれにいる訳がないと思ってるだろ……」
「は、いるのか?」
「…………。悪かったな。彼女なんてどうせ永遠の募集中だよっ!」
「そうか、それはよかった」
「よくない。いくら女に縁がないからといって、おれは男なんて嫌だ。おれは……おれはグラマラスな美女がいいっ!」
グ……グラマラスな美女……
ぽろっと飛び出た岩田くんの本音に、私は頭を抱えそうになった。どうしよう。えみりちゃんは可愛いけれど、スレンダー系の子なんだよね。
全体的に華奢で……お胸もその、可憐なサイズなんだけど。
彼女がいないのは朗報だけど、彼の好みからはズレている。
「グラマラスな美女だぁ? 贅沢言ってんじゃねーよ」
「ふん。女なんてな、おれにとっちゃかすりもしない宝くじなんだ。好きなだけ夢を見たっていいだろう」
「おい岩田、なにやってんだ」
「あ、部長!」
騒がしかったのだろう。麟くんと岩田くんが言い争っていると、さっきの怖い人が睨みながら部室の中から現れた。
「すんません、ちょっと男に迫られてまして……」
「迫ってねーよ! 俺は知り合いに頼まれただけだっつーの」
「頼まれた……って、まま、まさか……女の子に……?」
「男の方が良かったか?」
「いいや女の子がいい。って、ええ!? マジでおれに? 女の子が?」
やっと誤解が解けたようだ。
岩田くんが頬をほんのりピンクに染めながら、落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見回している。ようやく和やかな空気が訪れそうでホッとしていると、部長と呼ばれた怖い人とバチっと目があった。
「あの子だろ」
ビクッ、と肩が揺れる。
「さっき、ちっちゃい女の子が岩田待ちしてたぞ」
「は、ちっちゃい……?」
麟くんが小さく呟きながら、私の方をじろっと見た。
2人の視線を追いかけるように、岩田くんも私の方をぐるりと向く。
……なに。なんだか、ピンチの予感……
「良かったな、岩田。春が来て。まあだいぶ幼い感じの子だったけど、胸はそこそこあったぞ」
「そうっすか?」
やだやだ、反応しないで岩田くん。
そりゃ彼氏が欲しいとは言ったけど。でも友達の好きな人だなんて、論外だぁ!
「待て、あいつは違う、違うからな!」
「ほら、あそこの陰からこっちを見てるぞ。行ってこい!」
「うっす!」
いっやああああああっ!
私は無我夢中で、その場から逃げ出すのだった。