15 双子の妹
「え、これから来るの?」
スーパーから帰ってきて、携帯に触れると一つのメッセージが目についた。
「どうした。また友達か?」
「違う、友達じゃなくて……妹たちが今からここに来るって連絡が」
私には年の離れた双子の妹がいる。
6つ年下の、中学1年生になる妹たちとは仲が良く、時々こうしてここまで遊びに来てくれる。
可愛い妹たちだし、普段なら喜んで出迎える所なんだけど……今日は麟くんがいるのに!
「うう……しかももう出発した後で、あと10分で駅に着くとか言ってるし……」
追い返せない。
さすがにこれは、追い返せない……。
履歴をよく見ると、昨夜の21時頃にもメッセージが届いていた。これ、お風呂に入っていた時間帯だ……。『明日、そっちに行くね♪』って、全然気づいていなかったぁ!
両手をカーペットの上に付き、がっくりとうなだれていると、麟くんが慰めるようにポンと肩を叩いた。
「そんな気にすんなよ、俺は構わねーよ」
「でも、でも……!」
「なんだよ。お前の妹なら、俺といるところ知られたっていいだろ」
………そういえば、そっか。
大学のみんなにさえ知られなければ、麟くんだって困らない。
困らないはず……って待って。よく考えると、麟くんって群がってくる女の子が嫌いだったよね。
まずいよ。妹たち、絶対はしゃぐよ。群がるよ。麟くんを困らせちゃう……!
「ほんとにいいの? だって麟くん、妹って女の子だよ?」
「女じゃない妹なんているのか? だから、構わないって言ってんだろが」
「うう、ありがとう……。騒がしい妹が2人もうちに来ちゃうけど……よろしくお願いします」
「賑やかな一日になりそうだな」
にっと口角を上げながら、私の頭をポンと叩いて。それから、麟くんが脱いだばかりの上着を着直した。
「とりあえず、俺はもう一回スーパーに行ってくる」
「へ、なんで?」
「2人来るんだろ? 焼きそば、3玉じゃ足らねーだろ」
そう言って柔らかに笑みながら黒の靴を履き、麟くんが玄関の扉に手を掛けた。
キィ、と音がして。隙間から差し込む光の粒子が彼の周りをきらきらと飾り立てている。
眩しくて私は、ふっと目を細めた。
◆ ◇
キャベツを刻んでいると、チャイムの音がした。
玄関の扉を開けると、そっくりな顔をした2人が、揃って勢いよく私に飛びついてきた。
「わわ、ストップ!」
6つも年下とはいえ、背は双子たちの方が高いのだ。チビな私ではダブルの衝撃を受け止めきれず、後ろによろよろとよろけてぺたりと尻餅をついてしまった。
「苺ねえ、久し振り!」
「苺ちゃん、お腹空いたよー!」
右にいるのが、姉のあんず。黒いストレートロングの髪をした、大人ぶった子。
左にいるのが、妹のこもも。茶色のゆるふわな髪をした、甘えたっ子。
2人とも、大きな瞳をパチパチさせている。
どちらもとっても可愛い、私の自慢の妹たちだ。
「あんず、こもも、久し振り! 今、焼きそばを作っているところなの。もう少し待っててね」
「やった、あたし焼きそば大好きっ!」
「苺ねえの作るものなら何でも好きだし、わたし」
こももが手を合わせてはしゃいだ声をあげている。その隣であんずが長い髪を掻き上げている。2人がこうして来てくれるのも久し振りだな……と頬を緩ませていると、もう一度玄関のチャイムが鳴った。
「あっ、お客さんだ~。あたし苺ちゃんの代わりに出てあげるっ!」
「ちょっとこもも、わたしも出るわよ。勧誘ならわたしが撃退してあげる」
「あんずちゃん、扉を開けるのはあたしだよ?」
「じゃあ『どちら様?』って問いかけるのはわたしの方ね」
双子が賑やかな声をあげ、玄関先まで駆けていく。懐かしいやりとりにますます頬を緩ませながら、後ろから2人を微笑ましく見守っていると、扉が開いて……
さすが双子。
あんずとこももは、お互い手を取り合いながら、仲良く揃って叫び声をあげた。
「「きゃ~~っ! ものすっっっっっごい、イケメンだぁ~~~っ!!」」
…………麟くん。
ほんと、ミーハーな妹たちでごめんなさい。
◆ ◇
麟くんは、女の子に騒がれるのが大嫌いな人だ。
「はじめまして、双子の姉のあんずです。中学一年でっす。お兄さんかっこいいですね♡」
「はじめまして、双子の妹のこももでーす。うっわ、睫毛なっが~い♪」
それなのに……
「2人ともよろしく。俺のことは麟でいいよ」
いかにも彼が嫌がりそうなテンションで接しているにも拘らず、麟くんはなぜか妹たちに対して冷ややかな視線を送るでもなく、普通に挨拶をしている。ふつーに、にこやかに微笑んで……
って、むしろ普段よりも愛想よくない!?
手を差し出して、握手なんてしちゃってるし。
「……麟くん、女の子に囲まれるのは嫌いじゃなかったの?」
「は? お前の妹は別だろ」
別?
中学生相手なら、騒がしいのも微笑ましく感じられるってこと?
規格外のイケメンと握手を交わして、私の賑やかな妹たちがきゃあきゃあと喜んでいる。
麟くんを見てひとしきり騒いだ後、こももとあんずが私に詰め寄ってきた。瞳には熱がこもりまくっているし、拳はぐっと握りしめられている。
「ねねねねねっ、このカッコいいお兄さん、苺ちゃんの彼氏っ!?」
「やるじゃん苺ねえ! ねえねえいつから付き合ってるの? どっちから告白したのっ!?」
えええええっ!?
違う違う違うしっ!
麟くんの目の前で恥ずかしい事言わないで……!
「落ち着いて2人とも。麟くんはただの友達。お友達だから」
「え~、彼氏じゃないの?」
「違うよ! ……ね?」
はしゃぐ双子に慌てる私。その隣で、1人飄々としている麟くんが恨めしくなってきて、彼の服の裾をぐいと引っ張った。
ほら、麟くんからも否定してやって!
私と目を合わせると彼はちょっと眉を持ち上げて、それからニヤリといやーな笑みを浮かべた。
「俺は苺の彼氏じゃない、今は……」
含むような言い方をしながら、イジワル王子が私の肩に手を乗せて、くいと自分に引き寄せる。
ちょ……ちょっと、なにするの……
とっさに横を向くと、麟くんの端正な顔が目の前にあった。
色気のある眼差しを向けられて、息が止まる。彼が首を少し傾けて、艶のある口元を開いた。
「未来の彼氏だよな。……な?」
だあああああっ!!!
両手を伸ばして麟くんを勢いよく突き飛ばした。キッチンに逃げ込んで、頬を押さえながらみんなに背を向けてうずくまる。
ああもう。麟くんに話を振った私が馬鹿だった。ドキドキさせられるだけで終わってしまった……。
くすくすと遠慮なく笑う彼の声が聞こえてくる。私が慌てふためいている姿を見て面白がっているなんて、ほんっとイジワルなんだから。
友達なのに。……こんな冗談言わないでよ。
「なにやってるの苺ちゃん、照れてないでこっちに来なよ!」
「てっ、照れてない! お昼ご飯を作りに来たの。2人とも勘違いしちゃダメだよ。麟くんとは全然、そんな関係じゃないからね」
麟くんはふざけて言ってるだけなんだから。
だから……
………頼むから勘違いしないでよ、私。
「ねえねえ、アドレス教えて下さいな」
「あっ、あんずちゃんずっる~い! はいはいっ、あたしも知りたいで~す!」
はっ。
何やってんの2人とも。
麟くんのアドレスとか……よく考えると私ですら知らないのに……
ばっと後ろを振り向くと、2人とも呆れるほどぐいぐいと麟くんに詰め寄っている……。だから彼は、女の子にそうやって強引に近寄られるのが嫌いなんだってば!
麟くんに背を向けて、双子と彼の真ん中に割って入った。
「ちょっとこもも、あんず。麟くんに迷惑でしょ」
「いや、俺は構わないけど?」
「え?」
困っている麟くんを助けに入った……つもりだったのに。
なぜか両肩を彼に掴まれて、ぐいと横に押しやられてしまう。
「わ~い♪ メッセいっぱい送っちゃう!」
「はは、楽しみにしてるよ」
どうなってるの?
6つも年下の相手だと、騒がれても平気なの?
それとも、コミュニケーションを取れる相手が不足しすぎていて、私の妹たちですら貴重な『友達』となってしまったの……?
分からない。私にはさっぱり分からない。けれど確実に言えることは、麟くんが妹たち相手に笑っているということだ。
よく分からないけれど、楽しそうだね。
輪の外から、私は3人に恨みがましい視線をぶつけた。それに気づいた彼が私を見てふっと笑う。笑われて、私は余計にむすっとした顔をしてしまった。
「あー、苺ねえ嫉妬してる!」
「してるしてる!」
双子の声に反応して、麟くんが驚いたように少し目を見開いた。
「は? 妬いてんの?」
「ち、違うもんっ! 麟くんは女の子が苦手なのかと思っていたけど……意外とそうでもないんだなって思っただけだからっ」
くぅぅぅぅぅ!
あんず!こもも! お願いだから余計なことを言わないで!
「あ、図星だ。苺ちゃんが逃げちゃった♪」
「まあまあ。後で苺ねえにもアドレス教えてあげるから、そう拗ねないで」
「なんだよ。俺のアドレスが知りたいのなら、そう言えよ」
鬼だ。私をいじめる鬼がいる。
それも3匹も……っ!
「麟くんのアドレスなんてどうでもいいしっ! 私、これから焼きそば焼いてくるっ」
もう、これ以上何も聞きたくない。
私は再びキッチンにこもり、フライパンと見つめ合うのだった。
◆ ◇
「ねえねえ。苺ちゃんのどこが好きなの?」
……ぶっ。
焼きそばを焼いていたら、背中からこももの強烈な一言が聞こえてきた。
ちょっと、何てこと聞いてんのっ!
あまりにも不躾すぎる質問に、今すぐこももをたしなめてやろうとして……でも私は振り返れなかった。
麟くんは、なんて答えるんだろう。
その疑問が頭にパッと浮かんで。とくん、と胸が弾けてしまう。
……さっき言い聞かせたはずなのに。
勘違いしちゃダメだって。
それなのに、どうしようもなく期待してしまっている自分がいる。
「苺のどこがって……」
菜箸を握りしめる手に力が籠る。考え込むような少しの間があって、それが私には、果てしなく長い時間のように感じてしまっていた。
どくどくと、自分の心臓の音がやけに響いて耳につく。
麟くんは、私のこと……
どう思っているの……?
「そうだな、チビで馬鹿なところかな」
張り詰めていた肩がストンと落ちる。
フライパンに向けて深く息を吐いた。そう、そんなもんよね現実は。ほんと、麟くんの言う通り私、馬鹿なんじゃないだろか……。
どうして私は、甘い答えを期待したんだろう。
彼にとって私が、特別な存在かもしれないだなんて。そんなのありえないって、中学時代に思い知ったはずなのに。
昔から、麟くんは私をからかうことが大好きで。彼にとって私は、チビで馬鹿な……からかうと面白い、『友達の』苺ってだけなのにね。