私のせいで乙女ゲームが台無しだと訴えられたんだけど(困惑)
????
エル・フィルターは困惑していた。
卒業式が終わった瞬間、ぐんっと世界が揺れたからだ。
「あんたのせいでっ!!折角の転生が台無しじゃないっ!どうしてくれんのよ!!」
ゴブリンより鬼らしい形相の女子に首を掴まれぶんぶん揺すられている状況が全く理解できなかった。
エル・フィルターは貴族の令嬢である。
(この女子生徒は平民の女子である)
エル・フィルターは学園の生徒である。
(同じクラスになったこともない)
エル・フィルターは今日が卒業式である。
(そんな晴れ舞台で謎の現状である)
「ちょ、ま、な、うぷっ」
困った。事情を聞こうにも全く喋れない。しかも酔った。吐きそう、本当切実に誰か助けて!!!
エルは若干泣いていた。そして怯えてもいた。なんせこの女子、恐ろしく力が強い。しかも顔が怖い。切実に家に帰りたかった。
エルのSOSが届いたのか、唖然としていた第一王子様(卒業生)が、側近の騎士(卒業生)に命じて2人を引き剥がし、女子を拘束する。
どったんばったん大暴れの女子を騎士が後ろから羽交い締めで拘束する姿は、流石筋肉マン。素晴らしい腕力である。
エルは惚れた、その見事な筋肉に。エルは筋肉フェチであった。出来ればその腕に自分を締めて欲しいと心底思った。
うっとりと騎士の腕を見つめる被害者(筋肉フェチ)に、全身でドタバタ暴れる加害者(鬼の形相)、そして顰めっ面で拘束する騎士(割と必死)
そんな三竦みに第一王子(卒業生)は内心ドン引きだった。
何やら混沌の気配を感じる。正直近寄りたくもない。何故自分は第一王子なのか。何故教員達は呆然としたまま動かないのか。
この事態を終息させるのは自分だという現実に、第一王子は気絶してしまいたかった。しかし、第一王子としての誇りと責務が、逃げることを許さない。
第一王子は気丈に振る舞い、加害者に近づいた。
「リリィ・カスタード何をしてる!!」
「うるさい!!全部この女のせいよ!!」
「え??私何かしました??あれ?お話したことありませんよね??」
本来は愛らしい美少女として有名だった彼女の、鬼の形相に第一王子は少し心が折れかけた。そして、被害者も落ち着いたのか、首を傾げてリリィ(鬼)を見つめた。
その無垢な瞳に、リリィは更に激怒する!!
「モブの癖に邪魔しやがって!!
入学式でルーカス様とぶつかって転んだ所を助けられるはずだったのに!あんたが転んで頭に壁を打ちつけ気絶したせいで!!ルーカス様と会えなかったのよ!そのせいでルーカスルート消滅したんだからね!!」
リリィは激怒した。なんせ入学式は乙女ゲーム始まりのイベント。それはもう気合を入れておめかししたし、念のため三時間も早くスタンバイしたのだ。それを台無しにされた怒りは簡単に消えない。
突然出てきた自分の名前に第一王子はギョッとした。え、俺??ルーカスルートって何??と。
そして周囲もギョッとした。え、平民の女の子が王子様に会うためにスタンバイしてたの?しかもそのせいで遅刻したの?控えめに言ってやばい子なのでは?なんて疑惑も浮上した。
エルは唖然とした。いやいや、え?憧れの王子様に逢えると思ったのにあんたのドジのせいで会えなかったのよ!ってこと?え?私のせいなの???とんだとばっちりじゃない??
騎士は思い返した。確かに入学式の日、女子が見事に転び、自分が保健室に届けた。王子も共に保健室に付き合ってくれたのだ。そうか、あの時の子か。身長伸びたんだな。ちょっとしみじみとしていた。
呆気にとられる周囲に気づかずリリィ(拘束中)は更に叫ぶ
「しかも食堂では、あんたが転んだ足に私が引っかかって、フェルト様のラーメンに顔面ダイブ!!ドン引きされたのもあんたのせいよ!!」
突如自身の名前が出た男子生徒は一瞬唖然としたが、あの時のことを思い出して思わず笑ってしまった。因みにフェルト(卒業生)は氷の貴公子と有名なほどの鉄仮面。その鉄仮面が崩れるほどの衝撃だったらしい。
その現場を目撃した者も思い出してしまったのか笑いを必死に堪えていた。
なんせ、見事にラーメンを被ったリリィは凄まじかった。
頭にどんぶりを被り、麺は髪の様に垂れて顔面を隠し、唯一見えていた鼻にはナルトがくっついていた。
リリィ(回想中)は当時を思い出し、更に怒りのレベルを上げていく。
なんせ最推しである彼との神イベが食堂で起きるはずだった!平民であることを理由に令嬢達に虐められていた所を通りがかったフェルトが庇うイベントだ。それなのに現実はラーメンダイブ。あの日は本気で泣いた。血涙を。
エル(困惑中)は思い出せないことを言い募られ、どうしたら良いのか分からない。しかし可哀想なので謝った。多分?私も悪かったのだろう??覚えてないけど。
騎士(唖然)は氷の貴公子の笑みに驚いていた。あいつ、笑う筋肉あったのかと。
「ロイ先生といい感じになってきたかなって思ったら!「正直教師と生徒の恋ってアレだよ。脳内お花畑な楽園状態。で、現実は氷点下地獄へお誘いコースでしょ?現実的に考えて免許剥奪とか勤めてる学校を追放されるんじゃない?相手が貴族だったら暗殺されちゃうかも!!怖いね!!」ってあんたが話してた言葉を聞いちゃったせいで全く近寄ってくれなくなったしぃ!!」
リリィ(怯え)は叫びながらもちょっと青ざめた。「暗殺だとしたらどんな方法で殺されちゃうかな?刺殺が1番王道っぽいけどやっぱり毒?いやでも」と無邪気に話す姿を思い出していた。無邪気に暗殺方法を語るな。
その言葉に思いっきり咽せた男性教師は、あの背筋が凍る様な、顔面に冷水をぶっかけられた様な恐怖を思い出した。
イケメン故に言い寄られることは多かったが、若くて可愛い女子生徒に言い寄られ、良い気になってたらあの言葉だ。瞬時に目が覚めた。以来女子生徒に言い寄られてるとあの言葉が脳裏を過ぎる様になった。軽いトラウマである。
エル(悪魔)はえ?と思った。確か同学年の女子生徒達がロイ先生を巡って口論してたから仲裁する時に言ったような?え、でも間違ってないよね??王族とか公爵家の娘に手を出したらそれ以上なのに?ちゃんとボカしたのに??
女子生徒達(口論した人達)は思い返していた。ニコニコと無邪気な笑みで淡々と考えられる最悪の状況と拷問を語る少女の姿を。あれは無邪気な悪魔であった。
ルーカス(第一王子)は呆れた目をロイ先生に向けた。あの様子ならちょっとグラっと来てたな。まぁ、トラウマ化しているみたいだし厳重注意はしておくか。
「諦めてリオくんに近づこうとしたら恋人できてるし!!あんたが仲人したんだってね!!」
リリィ(涙目)は幼馴染である年下の少年(後の宮廷魔術師)とその恋人のイチャイチャを思い出して泣きそうだった。推しじゃないから適当に相手をしていたので、好感度をあまり上げていなかったことを後悔した。
式の場にいないリオ(在校生)はくしゃみをした。風邪か?ふとそう思ったが、隣に座る最愛の恋人が心配そうに見つめてくるので、すぐに忘れ去った。バカップルで有名な2人は常時アツアツ常夏なので、風邪など無縁なのである。
エル(回想中)は思い返した。確か校舎の曲がり角で後輩の女の子の肩とぶつかり、その女の子と近くにいた男の子が事故チューをするハプニングがあった。数週間後、何故か2人にお礼を言われてお菓子をもらったことを。たしかあの男の子がそんな名前だった様な?
「ウィル様(騎士)に至っては、あんたが森蜘蛛討伐したって聞いて対抗心を燃やして鍛錬しまくって私の存在全スルーだし!!」
リリィ(やけくそ)は八つ当たりをした自覚があった。正直この件に関してはエルよりウィルにキレていたからだ。こんな美少女全スルーとか脳筋ふざけんな!!の心境である。
エル(びっくり)は森蜘蛛を退治した時を思い出していた。森に遊びにいったら巨大な森蜘蛛に遭遇し、びっくりして転んだら勝手に崖から落ちていったのだ。ワタシ、ナニモ、シテナイ。
ウィル(脳筋)はエル(強者)を見つめて瞳を輝かせた。噂で聞いた森蜘蛛退治の強者が、こんな小さな女の子だったとは!!是非手合わせをしてもらわねば!!
「リセットさせなさいよ!!本当は逆ハーレムしたかったのに最初の段階でつまづいたら個別ルートに切り替えて、それでもあんたに邪魔されて!!」
「え、逆ハーレム?ってあの沢山の男と1人の女のハーレム?え、ビッチ志望だったの?怖っ、なんでそんなの夢見たの??」
再び暴れてキーキー怒鳴るリリィ(猿化)にドン引きです、と全身で表すエル(チベットスナギツネ)に、周囲は取り残されていく。
「女の子ならイケメンの男を侍らすのは憧れるでしょ?!折角ヒロインなのに目指さない訳ないじゃない!」
「いや、物語でも私は生理的に無理ですねぇ。」
「あんたに乙女心ってのは無いの?」
「え、ビッチ心では無く??」
心底不思議そうに、澄んだ瞳で尋ねるエル(無邪気)に、段々威力が落ちていくリリィ(ヒロイン)。
押される気配に足掻く様に、リリィは再び噛み付く様に言葉を発した。
「なんで私がビッチなのよ!」
「え?だって沢山の男と性行為したいですーって表明ですよね、逆ハーレムって。」
その言葉に、ホールにいた全員が吹き出したり、唖然としたりした。だれかあの爆弾娘の口を閉じろ。
「しかも貴女が言ったのは5人。全員とお付き合いしたいとなると、身体がもたないのでは?フェイちゃん(レオの恋人)も、時折しんどそうですし。だから私たまに腰を摩ってあげてるんですよ!恋人1人で大変なのに5人同時に相手するって、休み無いのでは?毎日修行と同じことでは??毎日エッチしたいの?発情期なの?あ、でも人間って基本常に発情期なんだっけ?なら種としては正しいの??あれ??」
あれ?なんか話ずれちゃったかな?とエル(爆心地)は首を傾げた?何を言いたかったんだっけ?あれれ?ビッチは修行の手段って話だっけ?
フェイ(イチャイチャ中)はくしゃみをした。あれ?噂でもされたかしら?恋人の可愛らしいくしゃみに、レオ(発情期)はそっとフェイを押し倒した。なんせ思春期の男の子なので。フェイの腰痛は確定してしまった。
リリィ(白目)は予想もしない方向からのボディーブローを受けた感覚だった。ワタシ、ビッチ、チガウ……!最早虫の息である。
「あっ、沢山の人との性行為は性病になるリスクもあるし、そうすると婚姻先無くなるだろうから辞めといた方が良いですよ?下手したら自分の子供にも移る病気とか、不妊の可能性もあるみたいだし……もし、心当たりがあるなら病院で検査してもらいましょう?」
「まだ私処女よ!!!」
「なら大丈夫!良かったですね!」
とんでもない疑惑(性病)まで上げれて泣きっ面に蜂である。リリィ(処女)はとうとう泣いた。騎士に解放されてへたり込んで無く姿はただ哀れだった。
一方のエル(満面の笑み)は良いことをしたと満足していた。本人なりの慈悲の心であった。
そして心当たりのある周囲の数名(顔面蒼白)が内心恐慌状態に陥った。卒業式とかどうでも良いから!早く病院に行かねば!!と。
エルの慈悲は残酷であった様だ。
全てを間近で見ていた第一王子は決着がついたと判断し、とりあえずリリィ(呆然)を警備員に連行させた。
先ほどのリリィの発言にあった5人は、自身も含めて国の重要人物であったり、大魔導士になれると言われている人物だったりしたからだ。
その5人と逆ハーレムを築きたいというのはかなり問題発言であり、実際に自身を含めた5人を手玉に取られた場合、権力をリリィ・カスタードが握ることとなる。それを狙っての可能性もある今、放逐することは出来ない。詳しく話を聞く必要があると判断した。
そしてエル・フィルターはかなり過激だったりとんでも発言はしているが、結果的にリリィ・カスタードの逆ハーレム計画を頓挫させたということになる。……あの爆弾発言の数々で、感謝する気持ちが微妙に湧かないが。
リリィ(ヒロイン)が連行されるという、乙女ゲームには無かった終わり方でゲームのストーリー(崩壊)は終了した。これからは現実を認識して誠実に生きて欲しいものである。
エル(すっきり)は友人達(お怒りモード)に何故か説教され、先生達にも感謝されながら怒られ、学園を後にした。
(ファンタジー小説のストーリーはいつ始まるのだろうか?あ、アクション系のゲームだったりするのかな?魔王の復活とかあったら怖いから魔法のレベル上げしよう!)
フンスッと気合を入れるエルは気づかない。この世界は乙女ゲームの世界であり、自分がストーリーを破壊し、終結させた事実に。
魔法と剣のファンタジー世界に転生したと勘違いしているエルは、今日も元気にファンタジー小説のストーリーを探っていた。
エル・フィルターは転生者である。
(思い出したのは3歳の頃である。)
エル・フィルターに乙女ゲームの知識は無かった。
(冒険物が好きな女性だったからである。)