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群晶キャンディタフト  作者: 色音 薫
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涙と石頭

楽しんで頂ければ幸いです。

 俺の知る限り一番腕利きの鍛冶屋の元へ、帰還したその足で向かっていた。背中に背負う大きく膨れ上がった革袋の重さなどいざ知らず、居住区の廊下を颯爽と駆け抜ける。両手には元小人の素材を携えたままだ。


「おっちゃんやったぞ!」

 

 勢い良くドアを押し開け、両手の素材を掲げる。

 店の中にはガラスケースの中に入れられた防具が陳列され、一方壁には様々な日用品が並べられている。店の奥のカウンターには、筋骨隆々で白髭を薄く生やした鍛冶師が立っていて、俺を見てくだけた笑顔を見せた。


「おおアイル、ここんところ顔を見なかったからくたばったと思うたぞ?」

「俺が簡単にやられるわけないだろ!それより、こいつからチップを取り出してくれない?」

 カウンターの上に両手の素材を置いて、背中の皮袋を磨き上げられた床に下ろす。

「まったく、毎回律儀に一体は仕留めてきやがるな。まあ、わしとしては鉱石を採って来てくれるだけでも有り難いが」

 

 おっちゃんは床上の皮袋を一瞥すると、手元のベルを二回鳴らした。するとエプロンをつけた女の子が、とたとたと軽い足音を響かせて小走りで走ってきて、皮袋をなんとか抱え持った。ぺこりと俺に軽く会釈をすると、再び足音を響かせて奥に戻っていく。

 確かあの少女はおっちゃんの弟子だったか?不確かな記憶を手繰り寄せるも、どうも思い出せない。

 仕方なく直接おっちゃんに訊こうとしたものの、もう既におっちゃんは素材の鑑定に取り掛かっていた。俺は諦めて、その鑑定結果を待つ。

 あらゆる角度から銀色の素材を観察し、吟味する。ふむふむ、と呟くと、もう片方の素材と交換して同じ動作を繰り返した。


「こりゃ、使いモンにならんな。壊れかけとるぞ」

 尚も素材を凝視しながら、おっちゃんは言った。

「嘘だろおっちゃん、よく見てくれよ!斬った断面まで綺麗に変色したんだ、壊れてるわけないだろ?」

「よく見るも何も、最初のこっちの片方は無傷だわな。だが、もう片方は腐敗しきっとる。見たところ一撃で仕留めておるから、ここまで腐敗しきっとるのは珍しいぞ。どうやった、アイル?」

 

 言いながら、おっちゃんは両方の素材の断面を俺に向ける。確かに片方は黒い斑点が現れていた。


「どうやったも何も、俺は知らないよ。今の今まで腐敗してるなんて分からなかったし。それよりも、片方は無事なんだろ?そっちは使えないの?」

「使えん事はないが、暫くは満足に歩けんな。片方の脚に神経が通ってない様なもんだ」

「わかってるよ。だからまた外に出て、チップをもう一個持ってくる。今はそいつだけでも移植してくれないか?」

 

 おっちゃんは渋い顔をして、素材と俺とを見比べた。それも仕方がない。チップの移植はリスクが伴い、相当の技術とコストが要される。失敗する可能性も決して低くはなく、そうそう二つ返事で請け負えられるほど軽い依頼ではないのだ。しかし俺には、おっちゃんしかこの移植を頼める人はいない。何としてでも頷いてもらうしかなかった。

 やがておっちゃんは、意を決したように頷く。


「やれるだけやってみよう。代金は、約束通り鉱石類の買い取り料金から天引きでよかったな?」

「ああ、ありがとうおっちゃん。今度はもっと質のいい鉱石を採ってくるからな!」 

 

 先程の皮袋の鉱石のように、俺は外に出る時はなるべく見かけた鉱石を採取して帰るようにしている。おっちゃん曰く、鉱石などの素材を定期的に入手できるルートを確保することは鍛冶屋にとって必須らしく、俺も喜んでそれに協力している。

 まあ、それを抜きにしてもおっちゃんには世話になりっぱなしだし、今度店に来るときは何か手土産を用意しよう。


「あの、これ……」

 

 ふと、下の方から声が聞こえ、視界を下げるとさっきの少女が空になった大きな皮袋と、少し膨れた小さな皮袋を差し出していた。どうやら鉱石の代金を渡しに来たらしい。

 ありがとう、と礼を言って受け取るのも束の間、少女はさっさと奥に引っ込んでしまう。

 おっちゃんはというと、少し困ったような笑顔を見せただけだったので、俺は手の中の僅かな稼ぎをポケットに突っ込んで店を後にした。少女の事はまた来たときにでも話をすればいい。

 

 しかしそれにしても。

 分かっていたとはいえ、五日分の報酬が上着のポケットに収まるこれっぽっちでは少し悲しくなったりもして、はぁ。と一人廊下に立ち尽くして薄く口から空気を吐き出した。背中には何も背負っていない筈なのに、かつてないほど身体が重い。


「おにいちゃん?」

 

 声に振り向くと、左側の廊下の壁にぴとりと背中を預けて座り込むルーナの姿があった。俺にとってルーナは、幼い頃から世話をしている妹的な存在で、その顔を見ただけで頬が緩むのだが……。

 今回ばかりはそうでもなかった。

 俯いて前髪に隠れた瞳から、頬に涙が伝っていた。


「おにいちゃん、また外に出ちゃうの?」

 

 蒼くて大きな瞳には、次々と溢れ出しそうな涙が浮かび、声が震えている。

 どうやら店の中での会話が聞こえていたらしい。


「大丈夫だよルーナ。おにいちゃんは強いから、今日みたいに余裕で帰ってきゃうからさ」

 

 俺はルーナの小さな頭の上に手を置いて、優しく撫でた。金色で滑らかな髪の、心地よい感触が手の平に伝わる。


「でも、みんながおにいちゃんなんて帰って来ないって……。ルーナ、怖くて……」

 

 ルーナが両手で目を擦って涙を拭こうとするので、俺はそれを止めて、代わりに上着の袖で優しく拭き取った。

 心の奥の怒りに気づかれないように、優しく。


「そっか……。ごめんな、おにいちゃん守ってあげられなくて。でも次も絶対に帰ってきて、ルーナをまた歩けるようにしてやるからな。だからそんな言葉に負けるなよ!」

 

 俺はお姫様抱っこの形でルーナを持ち上げて、彼女の部屋へ向かう。

 ルーナが幼い頃から何度も抱えていたが、今は歩く事が儘ならなくなった彼女の脚に装着されている歩行補助ユニットのせいで、楽々運ぶ、というわけにはいかなくなった。一歩一歩、確実に、バランスを崩さないように、慎重に足を運ぶ。ゆっくりとした足取りの中、ルーナはいつの間にか平穏を取り戻していた。


「で、良かったらなんだけどさ、ルーナを苛めたやつの名前を教えてくれないか?嫌だったら無理しなくてもいいけどさ」

「……えっとね、知らないおじさん達と、あと……。エレナおねえちゃん」

「エレナ、か」

 

 抱える手に力が入ったことにルーナが気付き、慌てて声を上げる。


「おにいちゃん?け、けんかはだめだよ?」

「分かってるって!大丈夫、ちょっと止めるように頼んでみるだけだからさ」

「そうなの?……うん、ありがとう、おにいちゃん」

 

 ルーナの顔に笑顔が咲き、俺は少し安心する。その目元をよく見てみると少し隈が出てきていて、暫く安眠できないほど不安にさせていたのだと知った。


「……ルーナを守るのが俺の生きがいだからな、っと。着いたぞ」

 

 俺の部屋の隣に位置するルーナの部屋に入り、ベッドにルーナを寝かせる。


「じゃ、おにいちゃんはご飯食べてくるからな。また後で来るよ。それまで寝てな?」

「うん、おやすみ。おにいちゃん」

「おやすみ、ルーナ」

 

 手を振りながらドアを閉め、思考を巡らせながら廊下を歩き出す。


「エレナは……どうせ酒場だろうな」

 

 騒がしい声が絶えない酒場は、居住スペースの中で唯一アルコールが窘める場所だ。俺は全くと言っていいほどアルコールの類は摂取しないが、エレナはアルコールの味にご執心らしく、大体部屋にいない時は酒場にいる。夕飯時の時間帯の今だったら、ほぼ確実にそこだろう。 

 早まる歩みを必死に抑え、共有施設の集まるフロアへと降りると、『Bar』とピンクのネオンで装飾された看板の掛かる店が目の前に現れる。

 俺は早速、店の酒場お馴染みの両開きドアを開くと、既に酔っているのだろう顔を赤らめた中年オヤジがこちらを見てニヤリと笑った。


「お〜ん?おめぇアイルか!なんだよ、くたばったと思ってたのによぉ!」

 

 がっはっは、と豪快につばを飛ばして笑い、酒場全体の客に笑いが伝播する。

 この酔っ払いを含む周りの男達は俺と同じ狩人で、この界隈では、俺はちょっとした嫌われ者だった。


「戦えねぇお前がよく生きて帰ったなあ?トカゲ相手にも逃げ回ってんのか?」

 

 俺は顔が引きつるのを感じながら、ビール片手に近寄ってきた中年男の脇をすり抜け、奥の席で一人、ヤジ飛ばしに参加していない人物の横に立った。

 背筋をぴんと伸ばして椅子に座り、淡々とグラスのお酒をあおる女性。暗がりの中に、艶のある長い紫髪が頭上のライトに照らされ、一人だけスポットライトに抜かれているように眩しい。


「エレナ、話がある」

「…………」

「おいおいアイルよお!そりゃ失礼ってもんじゃねぇか?エレナさんに声を掛けるならーー」

「いいですよ、マベさん。アイルには私からも話があったので」

 

 エレナの凛と通った声で制され、マベという名前らしい中年男は口を噤んだ。憎々しげな表情で俺の顔を一瞥すると、踵を返してカウンターの席へ戻って行った。気付くと周りの男たちの笑い声も自然と収まっていて、それどころか、話し声の一つさえも聞こえやしない。


「取り巻きの制御なんてお手の物だな、流石"エレナさん"だ」

「取り巻きではなくて"仲間"です。それは貴方もよ、アイル」

 

 エレナが空いている方の席に座るよう促したので、渋々それに従う。


「俺は少なくとも、お前の"仲間"になったつもりは無いし、加護にあやからないといけないほど弱くはない」

「弱くはない、ですか……しかし、貴方は戦うーー」

 エレナが手元のグラスに瞳を落とし、次に紡ごうとする言葉を、俺は遮る。

「戦う術がないってか?あの時とは何もかもが違う。五日間も外に出て、無傷で還ってきたことが何よりの証拠だろ?だからルーナにちょっかいを出すのをやめろ」

「私はそんなつもりはありません!ただ、貴方とルーナの為を思って忠告したのです。アイル一人では危険だと」

 

 悪びれもせずに言い放つエレナに、俺は頭を抱える。果たしてこの論争を何度繰り返したのだろう。こいつの頑なさには何かの才能を感じる。

 つまるところ、エレナは証拠を提示しなければ考えを覆すつもりはないらしく、はなから俺の言葉なんて聞いちゃいない。

 

 だとすれば、俺の取る選択肢はたった一つ――。


「……何度も言ってんのに、お前もつくづく頭が固いな。分かったよ」


 俺は腰を浮かして腕を伸ばすと、エレナの襟元を掴んで一気に引き寄せた。


「――っ!!」

 

 ガシャンッ!!と、エレナを引き寄せた勢いで、彼女が手に持っていたグラスが床に落ちて割れてしまったが、俺は構わず至近距離にあるエレナの瞳を睨みつける。

 彼女の瞳は驚愕で見開いてはいるが、恐怖の色は感じられない。


「明日からまた狩りに出る。それにお前も付いて来て、その考えを改めろ」

 

 その瞬間、エレナの口角が少し上がったように見えたのは恐らく気のせいだろう。

それよりも、俺の周りで今にも襲いかかって来そうな酔っ払いの男共の方が、今は気にかかる。

 

 「……いいでしょう。ご一緒しましょう」

次回、戦闘シーンです。気合い入れていきます。


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