雪と銀色
稚拙な文章ですが、楽しんで頂けると幸いです
俺は姿勢を低く保ち、眼下の道路に蠢く紫色の蛙を観察していた。気温が下がり、身体の節々が凍てつくように凝り固まるのを、辛抱強く耐えて目を凝らす。
「ノーヴィスの数が多いな……。場所を移そう」
ノーヴィスが通った跡には、草やツタ、地面を刳り取った痕跡が残る。それはやつらの体液がほぼ全ての物質を溶かす性質を持っていて、絶えず分泌される体液が、移動する度に接触する地面などに反応して溶かし続けているからだ。
この辺りの地面には、元の地面の様子が分からないほど無数の跡が走っている。数え切れないノーヴィス達がここを通ったことを示していた。
俺の追う獲物も、それを恐れてどこか遠くへ行ってしまったかもしれない。だが、そう簡単に諦めるわけにはいかなかった。
「多分、これから暫く狩りに出られなくなるから、一体でも仕留めておかないと」
移動しつつ空を仰ぎ見ると、微かな日差しはあるものの、黒々とした雲が集まりつつあった。もしかしたら、今日中にでも雪が降ってくるかもしれない。心なしか、時間が経てば経つほど寒さが厳しくなっているように感じて、両手を擦り合わせて暖を取る。俺の吐いた白い息がゆるりと燻り、空へ登っていった。
さあ、気合を入れないと。
出来るだけ音を立てず、敵に見つからず、可能な限り速く動いて、獲物を見つけ出さなくては。
苔むした建物の屋上から、地面の跡が少ない道を見つけると、それを追って建物から建物へジャンプして移動する。背中の荷物のせいで着地の度に脚に負担は来るが、少しの辛抱だ。再び膝を曲げて力を溜め、隣の建物へ向けてジャンプするーー。
『右です、アイル』
突如頭の中に声が聞こえ、空中で反射的に右へと顔を向けた。確かに右手側の道路の隅で、獲物らしき影を確認する。俺は着地と同時に方向転換し、獲物へ向かって一直線にジャンプした。
「ナイスだ!シエル!」
『狩りの最中はお静かに』
「気取られる前に仕留める!」
獲物は下を向いて道路上の何かを漁ってる様子で、接近する俺にはまだ気付いていない。
次第に近づくことではっきりと見えた獲物は灰色の小人で、鮮やかな緑色の布を身に着け、同じく緑色の帽子に赤い羽飾りを付けていた。それはまさしく、五日間も血眼になって探したお目当てのモンスターだ。
「よしっ!」
俺は朽ちかけた街灯を足場に全力のジャンプで飛び上がり、小人の真上へ到達。そのまま落下しながら背中の剣を抜いて頭上に剣を構えた。
「シッーー!!」
気合一閃。
間合いに入った瞬間、小人の脳天から股下までを一刀両断する。
『お見事』
シエルの賞賛どおり、小人は悲鳴を上げることなく真っ二つに分断しながら地面に倒れ、その形のまま銀一色に変色した。
いわゆる、"素材化"という現象だ。
素材化したモンスターは、その名の通り様々な用途の素材として扱われる。武器、防具、薬や、その体内に精製されたチップを人間の身体へ移植することによって、チップに対応する能力をアップグレードする事が可能なのだ。
基本的に、素材化が綺麗に済んだものほど希少価値が上がり、体内のチップの腐敗が少なく、取り出したチップの再使用が容易となる。
素材化で断面まで綺麗に変色するのはこれが初めてなので、俺は喜びと驚きで暫く剣を振り下ろした格好で硬直していた。
これがあれば、もしかしてーー。
ゲロ、ゲロゲロリ。
素材に気を取られ油断していた俺の後方から、ノーヴィスの鳴き声が聞こえた。それは思い付く限り最悪のタイミングだった。
「いっ!!」
『アイルっ!』
「分かってるよ!」
瞬時に剣を納刀し、空いた両手で地面の素材を拾い上げると、脇目もふらずに全身全霊で駆け出す。ノーヴィスの体液に晒されては、折角の完璧な素材が台無しだ。
「ノーヴィス来たなら教えてよ!シエル!」
『私も素材に興味津々でした……』
「あ、じゃあ、しょうがないよね」
頭の中の声の主であるシエルは、俺が気付かない些細な音や匂いでモンスターの場所を探り当てたり、現在地を正確に把握をしたり出来る。
およそ人間としての能力を凌駕した能力を持つ彼女ではあるが、しかしどういうわけか少し抜けた所もある。その有能さとは裏腹に、急に黙ったり、返答が曖昧だったりする不安定さがあって、声だけの存在である彼女のことを、俺は少し気に掛けていたりなんかする。
まあ、頭の中に女性の声が響く時点で無理もない話だが。
ーーなんて考えながら俺は尚も走り続け、遂にはノーヴィスが遠く離れすぎて見えなくなっていた。
『ノーヴィスは一体だけなので、ここまで急ぐ必要は無いかと』
「そうだけど、早く素材を届けてあげたいんだ!このまま帰還するよ、シエル!だからガイド宜しく!」
『言われなくとも。最短で帰還しましょう、アイル』
目的の素材を手にした喜びを胸に、あらん限りの力で俺は走る。
後にシエルに言われるまで気が付かなかったが、どうやらこの時、街には雪がちらつき始めていたらしい。予想通り、季節の移り変わりが目の前まで迫っている。
そしてこれも後で知った事なのだが、ほぼ同時に、未知のモンスターが地下で胎動を始めていたーー。
遅筆なので、ストックが溜まり次第投稿します。
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