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ショートショートアンソロジー(アオハル編)

電波の向こうの彼女

「さてと、そろそろ時間かな」


独身25歳、4畳半のアパート暮らしの派遣社員。今日は出張でビジネスホテルに前泊している。

自慢できるような生活でもなく女性と知り合うような機会もない、そんな俺の唯一の楽しみは、アイドル応援番組のラジオを毎週聞くことだった。


『みなさん!こんばんわー!今週も始りましたテレビ連動企画、あなたの応援で出演権利を勝ち取るぞぉ!の時間が・・・』


いつもの長ったらしい番組名だと思いながら、ホテルのベッドにスーツを脱いで横になる。

この番組を聴くようになったのは、深夜にテレビで見かけた子が気に入ったから。そしてその子が順位落ちしてしまいテレビで見かけなくなってしまったからだった。ショートカットで目はくりっとした賢そうなのに間の抜けた素朴が似合う感じ、そんな憎めないキャラの可愛らしい、単純に好みの女の子だった。

「・・・早苗ちゃん、何で落ちたのかなぁ。あんなに可愛い子なのに」

(確かに他の子はアカぬけててテレビ映えする子達ばかりなのは認める。でも、素朴が悪いか?いまどきにだよ、いつも笑顔で照れ笑いの似合う子なんて、そうそういないぞ?ドラマとか女優とか、だな・・・)

横になりながら、誰に対してでもなく天井に向かって文句をたれていた。


『・・・応援メールを募集しています!携帯からメールをお待ちしてますっ!メール数が彼女たちのテレビに出演できる権利を決めます!!もしかすると彼女たちからメールが帰ってくるかも!?』


ラジオでどう応援するか。それは携帯からメールを送ると送った分が投票数になって1週間分の総数で決まるのだ。いつも送っているけれど、ひとり1通までしかカウントされない。当たり前だけれど、メールが帰ってきたこともない。

「メール送り返してる時間なんてないと思うんだけどなぁ。返信したところで、投票が増えるわけでもないし」

独り言をブツブツ言いつつ、今日もメールを送る。


『今日も放送聴いたよ。ラジオ2週目ですね。早く早苗ちゃんの笑顔をテレビでみたいといつも思ってます。ゆー』


文字数制限があるので、大したことは書けない。テレビは難しくても、これで少しでも元気になってくれたら、そう思った。

「そういえば、この前はラジオで他の子にマイク独占されちゃってて声聴けなくて残念だったなーって書いたせいか、今日の放送は頑張ってたなぁ。関係ないだろうけど」

番組は深夜1時過ぎな上にリアルタイムで聴いてるのでとても眠い。思うのは勝手だよね・・・・そのまま目の前が真っ暗になった。


 ◆ ◆ ◆


ガタガタガタガタ


「ん・・・」

携帯が震えている。アラームのバイブか。

「今日はどこに向かうんだっけ・・・。てか今何時だ?」

出張は気楽だ。誰にも縛られないし、スケジュールはある程度余裕を入れられる。手帳を見ながら、予定を確認した。

「えーっと、松本駅に10時か。チェックアウトは9時だし余裕だな」

部屋の時計は、7時を指している。支店のパソコンを入れ替えするために日本中を回っていた。昨日は長野駅前の支店だったので1時間ぐらいで着くだろう。

「携帯、携帯っと・・・」

正直行って、まだ眠い。ベットでゴロゴロしつつ目をこすりながら、アラームを切ろうと充電台に載せていた携帯を手に取った。

「あれ?メール?今日の予定変更になったのかな・・・」

タイトルがおかしい。見慣れないメールが届いている。


題名:『メールありがとう!早苗』


「・・・う、嘘だろっ!?」

眠気が一気に冷めた。飛び起きて、携帯の画面を二度見した。

「は?え?まじかよ」


『メールの返事したかったけれど、なかなかできなくてごめんなさい。昨日頑張ったよ!これからもよろしくね。早苗』


(いや、まさか。これ、マネージャーが代わりに送ってるんじゃ・・・)

信じられなかった。文字だし、誰でも書ける。なんて斜に構えつつも、彼女がくれたのだ、そう素直にメールに返事が来た、その事実が嬉しかった。ゾワゾワするほど心臓は飛び跳ねた。

「・・・こんなこともあるんだな。送ってみるもんだな」

何度も何度も読み返して、ニヤニヤしてしまった。ちょろいと思われてそうな気がしつつ、その後に歯を磨いてる鏡に映った自分の口元がにやけていた。流石に、このままの顔で1日中は気持ち悪いだろと思つつ、両手で顔を叩いた。


それから1ヶ月。いつも通りメールを送った。週1回ほど返事をもらえるようになった。覚えてもらえたのだろうか。

テレビにも2回ほど出演するようになっていた。深夜の週1番組に1ヶ月で2回だから、固定ファンの硬い常連は別として結構出演していることになる。

「応援してきて良かった・・・」

正直、彼女の声を毎週聴いて仕事が辛い時の支えにしていたこともあるし、だからこそ彼女を応援したいと思ってメールを欠かさず送っていた、はずだった。

ある日のメールはいつもと変わっていた。


題名:『お仕事頑張ってますか?早苗』


(珍しく個人的なタイトルだなぁ・・・・)

普段は、アイドルらしい舞台裏の裏話とか、好きなものとか、番組の話題とか、どんなところを好きで応援しているのかとか、付かず離れずのやりとりでてっきりマネージャーが内容チェックしてるとばかり思っていた。


『いつもゆーさんはお仕事頑張っててすごいです。最近出演できるようになりましたが、私はどう見えてますか?早苗』


「え?どういうこと?」

意味が全く分からなかった。どう見えてますかって、頑張っていると思うし・・・。

「あ・・・」

そう言えば、つい最近のテレビの時あまり絡みがなかったのか、カットされていたのか、露出が少なかった気がする。それを気にしてるってことだろうか、それとも他に意味があるのか。


題名:『元気してますか?ゆー』

『芸能界より大したことないですよ。何か悩みでもありましたか?自分に素直になるのが一番だと思います。ゆー』


何が悪かったのか、分からない。

それから彼女からの返信は来なくなり、気づくとラジオもテレビも出演しなくなっていた。


 ◆ ◆ ◆


それなりに考えてメールを返したつもりだった。応援したつもりだった。

もらったメールのタイトルは「お仕事頑張っていますか?」だった。そこに気づくべきだったのかもしれない。

(俺は彼女の立場を考えていたか?メールをもらっていたことに浮かれていたのかもしれない・・・)

自問自答した。

俺は、仕事がうまくいかなくても頑張っていると認めてもらいたかった彼女を、挫けそうになっていたのを支えて欲しかった彼女を支えるどころか背中を押してしまったのではないか。彼女の目指す方へ押してあげることはできたのだろうか。

気づくと、数日そんなことばかり考えていた。


どうやら、思った以上に彼女のことを好きになっていたらしい。彼女の気持ちは分かる筈もないけれど、少なくとも、ただの一ファンであることは事実だというのに。

「早苗ちゃんは、幸せな選択をしたんだろうか・・・」

自分のメールが全てだとか傲慢な気持ちはないけれど、タイミングが良すぎて後味が悪い。

「・・・結構、早苗ちゃん好きだったんだけどな。普通に出会ってたら告白したかったな」


近くて遠い数ヶ月の恋愛は、あっけなく終わった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒントの多い作品ですね。
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