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暗い信号機

作者: にっか

雨の音が部屋まで響いている。

YouTubeを垂れ流しながら、スマホを触り続ける。

ふと時計を見ると、午前3時。

借りっぱなしだったレンタルDVDの存在を思い出す。

返却期限は今日の昼まで。

忘れないうちに返そう。

私はコートを羽織り、部屋の電気もパソコンもつけっぱなしで、部屋から出た。

3月中旬、深夜、雨。

この三つのコンボで、私の心は負の感情を抱いていた。

傘を射していても、すり抜ける冷たく湿った風。

体に刺さるような雫。

私の靴音。

それ以外の音は、まるで眠っているように静かだった。




歩いているうちに、ひとつの交差点に差し掛かった。

青を灯す信号機は、やがて黄色、そして赤色に変わった。

片方の信号機が青に変わるが、車の音ひとつしなければ、横断歩道を渡る人影もない。

それなのに信号機は灯し続ける。

虚しいな。

誰かを止めるわけでもなく、進めと指示するわけでもない。

それなのに信号機は灯し続ける。

この信号機には意味があるのだろうか。

虚しい。

本当に。

この信号機に意味を持たせてやりたい。

そう思った私は、赤を灯す横断歩道で足を止めた。

雨と風の中、私は青に変わるのを待った。

右を見ても左を見ても、車や人の気配はない。

このまま進んでも、見ている人もいなければ、誰の迷惑にもならない。

結局、信号機が青に変わるまで車は一台も通らなかった。

私が止まることに、何か意味はあったのだろうか。

私が止まることで、意味を持たせてやることはできたのだろうか。

そんなことわからない。

この信号機は、なんて哀れなんだろう。

冷たい雨風の中、通る人も、見ている人もいない。

それなのに信号機は灯し続ける。

虚しく、哀れな信号機を背に向け、私は目的地まで歩き続けた。




DVDを返却する目的を達成し、何も考えずに帰路を行く。

先ほどの信号機が視界に入った。

変わらず、誰もいない交差点を色で照らす。

戻ってくるまでに、何台の車が通ったのだろうか。

例えそれがゼロでも、この信号機は灯し続けていただろう。

虚しく、哀れで、惨めだ。

それでも信号機は仕事を続ける。

私の心苦しさは増し続ける。

信号機に差し掛かった。

ちょうど、こちらに赤色を灯す。

私は止まった。

雨と風の音だけが響く。

私は今、なぜ止まっているのだろうか。

安全のためだろうか。

車は通らない。

進んでも何も問題ない。

この信号機に、意味を持たせてやりたいからだろうか。

進んだところで、何も変わらない。

意味なんてない。

そう考えると、虚しいのは自分ではないかと思い始める。

意味もなく止まっている自分が、一番虚しい。

信号機は、与えられた仕事をこなしているだけ。

それだけのために生まれた。

信号機は安全のために働いている。

それは、通る通らない関係ない。

彼らがおこなっているのは、安全のための仕事。

昼でも夜でも、冷たい雨風の中でも、それは変わらない。

安全さえ守ることができれば、それでいいのではないか。

信号機が存在しているからといって、信号機に感謝なんてしたことない。

それは、他の人も同じだろう。

当たり前に存在し、当たり前に利用する。

そこに感謝の気持ちなど、よほどのことがない限り表れない。

しかし、私はそれよりも惨めだ。

毎日をただ、ぼーっと生きている。

自分の役目、存在価値、意味。

そのすべてを、私は知らない。

本当に虚しいのは自分ではないか。

虚しく、哀れで、惨めだ。

信号機よりも役に立てない私は、いったい何になるのだろうか。

何かになれるのだろうか。

それすらわからない。

こんな自分が惨めだ。

そう、たった今気づいた。

私は、こんなにも惨めな存在であったこと。

どうすればいいのか。

何をすればいいのか。

なぜ存在するのだろうか。

何のために存在するのだろうか。

私が存在することで、世界は変わるのだろうか。

私がおこなっていることすべて、代わりがいるのではないのか。

私なんていなくても、何も変わらないんじゃないのか。

どうして、生きているんだろうか。




信号機が私に渡れと青色で伝える。

すっかり重たくなった足を動かし、横断歩道を渡り始める。

わからないのなら、聞けばいい。

わからないのなら、探せばいい。

誰にも代われない自分になればいい。

世界を変えるのは、ちょっと難しいかもしれないけど、それでいい。

今の自分を変えられれば、それで。

そう気づいた。

そう気づかされた。

暗い信号機に、私は心の中でお礼を言う。

初めて、信号機にお礼を言う。

ありがとう。

虚しく、哀れだった自分に背を向け、私は前へ歩き始めた。




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