高校の講演にニートが来た話
僕の通っている高校では、一ヶ月に一度ほど、有識者がやってきて講演をします。
大学教授や会社の人事の方、アナウンサーや小説家が来たこともありました。
講演は、金曜日の6時限目に、全校生徒を体育館に集めて行われます。教育機関の人が来た時には大抵みんな船を漕いでいますが、芸能関係(?)に近い人が来た時は、目を輝かせて話を聞いています。
さて、先日、毎度の講演に一風変わった人がやってきました。
ここでは、仮に中西さんと呼ばせて頂きます。
今まで講演に来た人たちは皆スーツをバッチリ着こなしていたのに、中西さんは白いジャージの上下に、擦り切れたコートを羽織って現れました。
髪も脂ぎっていて、後頭部には寝癖がついており、分厚い眼鏡の奥の瞳がギョロギョロと動いていました。
初めに、校長先生が中西さんの経歴を説明します。
「……えー、本日は我が校の卒業生である、中西くんに来て頂きました。中西くんは、今年37歳になりますが、これまで一度も働いたことのない、俗に言うニートという奴なんですな。ハッキリ申し上げて、前途多き生徒諸君には、あまり引き合せたくない人間なのですが……えー、この中西くんの失敗談を聞いて、皆さんにはぜひとも、反面教師として頂きたい」
いつもながら校長の説明は長ったらしかったですが、その顔はいつもと違って誇らしげでなく、むしろ憎々しいといった感じさえ受けました。
校長先生からマイクを受け取った中西さんは、少し掠れた声で話し始めました。
「……まず、初めに言っておきたい事がある。この中で、勉強の出来る者、部活に打ち込んでいる者……そうでなくとも何か熱中出来るものや、人に誇れるもののある人間は、俺の話を聞く必要はない。眠ってくれても構わない」
体育館に集められた生徒たちは、少しだけザワつきました。
そんなことを言われたら、眠れなくなるのが僕たち高校生です。
「努力も出来ず、才能もなく、そんな自分を肯定もできないクズのために、俺は今日の講演にやってきた」
今度は、体育館中が静まりかえりました。
あまりにトゲトゲしい言葉、態度。
中西さんは、マイクを待っていないほうの手を、ジャージのポケットにぶっきらぼうに突っ込んでいました。
「今日言いたいのは一つだけだ。クズにはクズの生き方がある、ということだ。最近、スクールカーストという言葉をよく耳にするが、俺が思うスクールカーストの順位はこうだ。上から順に、勉強の出来る明るいヤツ、勉強の出来る暗い奴、勉強の出来ない明るいヤツ、勉強の出来ない暗い奴。
……最近になって気づいたんだが、勉強というのは、他に何の才能もない奴にとっては、最後の逃げ道となるモノだ。顔も悪い、スポーツも出来ない、性格に至っては目も当てられない、そんなクズが唯一人並みになれる方法、それは勉強しかない。
この学校の教師は決して口にしないことだが……勉強の出来ない根暗ほど、扱いにくいものはない。
心を入れ替えて必死に勉強すればいいと大人たちは言うが……俺が思うに、今まで頑張ってこなかったヤツが、頑張れるはずがない。この中にもいるだろう?動画サイトでやる気の出る動画だの名言集だけ見て、机の前に座らない輩。ハッキリ言おう、お前はもう手遅れだ。
……ここまで言えば、もう分かったんじゃないか?自分が救いようのないクズか否か。俺の話に少しでも反抗心を覚えたならば、そいつはもう大丈夫、きっとこの先も頑張っていけるだろう。だが、俺の話を聞きながら、ああ自分のことだと心の中で卑屈なニヤけ面を晒している奴、お前だ。俺は今日、お前に言いたいことがあってきた。
いいか、まず言いたいのは、周りの意見に耳を貸すなということだ。お前の周りにいる教師、両親は、お前のようなクズではない。
立派な大学を出て教鞭を振るう、あるいはお前のようなロクデナシを10代後半まで育て上げる、そんな努力の出来る人間だ。お前とは違う。だから、そんな奴らの意見など聞くな。実現できるわけがないんだ、絶対に。
次に、充実や幸せに対する憧れを捨てろ。
そんなものは妄想で十分だ。才能もあって努力もできる自分、それを妄想するだけで、クズはこの上なく癒される。
「無駄な努力などない」というが、それはクズでない人間のみに通用する格言だ。
クズは何をやろうが無駄だ。ならば「努力しない」ことで無駄を抑える努力をしろ。
俺は20代の頃、ずっと言われてきた。
「お前、将来どうするつもりだ?」、「絶対に後悔するぞ」と。
これに対する反論を、クズはもう知っているだろう?
「将来とは過去があって初めて出来るもの」だ。「今更後悔が一つ増えたところで変わらん」だ。クズは過去から一歩も進むことが出来ないからクズなんだ。
そして30も半ばを過ぎた今、俺は後悔している。働かなかったことをじゃない。生まれてきたことをだ。しかし、そんな後悔は10代の頃からしてきた。もう慣れた。
今は両親の遺産と保険金を食いつぶす日々だ。父と母が勤勉であったこと、そしてすぐに死んだことを、俺はとても感謝している。
父母の亡骸を前にして出たのは涙ではなく、「死んでくれてありがとう」という思いだ。
ポックリ逝ってくれたおかげで、医療費を払わずに済んだ。結果俺の財産が増えた。
……長々と喋ってしまったが、言いたいことは一つだ。
クズにはクズの生き方がある。以上だ」
中西さんがマイクを置いても、拍手はありませんでした。
体育館から出て行く生徒たちは、一様に笑っていました。みんな中西さんの事を馬鹿にしていました。
しかし、この中にもいるはずなのです。
中西さんや僕と同じような、救いようのないクズが。




