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08:詩人

詩の一編を、自分の部屋からメモ用紙を持ってきて写した。そしてまた部屋に行き、パソコンの電源を付けた。起動の間もまだるっこしくて、机の脇に置かれた、小さい頃から使っている本棚の、一番下の段を見るためにしゃがみこんだ。そこは奥行きが広くて、表側の本を取り出すと、奥にもさらに本が入っている。その中の『国語便覧』と背表紙に書かれた、手のひら大の大きさの赤い本を抜き出した。高校生の時に教科書と共に買った、国語についての様々な知識や情報が載った本だった。表紙をめくり、目次から『詩人』の項を見つけ出し、ページを繰って開く。文字を読むというより、その形を見るような調子で、大雑把にページを見ていった。時々パソコン画面に目をやってみると、ちょうど起動が完了したようだった。便覧はひとまず、机に開いたままひっくり返して置き、椅子に座りながらマウスを操作して、インターネットに接続した。


インターネットには様々なサイトがあるが、その中には百科辞典が巨大になったようなサイトがあった。定額制の有料の会員サイトだが、情報量は凄まじく、日本のみならず世界中の名だたる百科辞典の情報が、そのサイトには丸々収められている。例えばアメリカの辞書ならば、、日本の辞書には載っていないような、アメリカ人のマイナーな作家や詩人の情報が、母国の辞書ならではの詳細さと豊富な情報で載せられている。このサイトの利点は、検索の機能を使えば、日本の辞書、アメリカの辞書、イギリスの辞書、フランスの辞書……等等、世界中の様々な辞書の中から、目的の情報をかき集めることができることだった。

宮松は、先の詩の一編を、検索枠に書き写し、検索開始のボタンを押した。情報が多い分、結果の表示まで数分待たされた。そして日本の辞書から四件ほど、該当されると思われるページのリンクが示された。そのうちの一番上に現れた、『折原康平』という人の名の書かれたリンクをクリックした。予想以上に多くの、生誕から死後のことまで、大体かいつまんで程度のものであるが、作家のことを知ることができた。


………………………………………………………………


生誕地は複数説あるらしく、岩手、または広島だという、この二つの説が一番有力らしい。海を描いた詩が多いことが、海岸に近いところでの生まれを想像させる一因だという。そういえば例のテープも……と思い起こす。

彼はハーフだったという、日本人の父とアメリカ人の母との間に生まれた一人息子で、生まれも育ちもずっと日本で過ごしたらしい。

作品はほとんど公式には残されておらず、彼が生きていた頃に、本人の意思で発表された作品の記録としては、当時のマイナーな同人雑誌に載せられた数作のみだという。それまでの彼は、単に「売れない幻の同人作家の一人」だった。彼の存在が世に少しずつ広まったきっかけには、彼の死後、ある人物の尽力により発刊された全集にあった。

彼の死後、残された遺産の処分について、彼と生前親しかった数名の者の間で論議された。彼には家族や親戚はいなかった、両親はすでに死んでいたし、生涯独身であったという。数人のわずかな友人、知人が、彼の死のことを聞き、彼の住んでいたアパートに集結した。

そのうちの一人が管理人として遺産を受け継ぐ形で結論が出た。遺産……当然、作家の残した、創りあげた文章のことを意味する。住んでいた家がアパートならば、それ以外に彼は何も持っているものは無かった。

持ち主はすぐさま、その遺産の作品を出版し、公表することを進めていった。都市伝説的な噂によると、その管理人は特に厚く作家の信頼を受けていた者で、『生前の遺言を唯一聞いた者』だという。半ばその者の独断で本は出版されたという。数作の小説と、数十編の詩、唯一の記録として一冊にまとめられ、自費出版によって発売されたという。


………………………………………………………………


ページの下の方には、その本に収録されている作品のタイトルの一覧が記されていた。宮松は一つずつ、リンク付けされているタイトルをクリックしていった。リンク先には、彼の作品がそのまま丸ごと書かれていた。宮松はプリンターのスイッチを押して電源を入れると、それらのページを一つ残らずコピーしていった。本はおそらく百ページも無いような代物じゃないだろうか。全てをコピーするのにさほどの時間も掛からなかった。さらに縮小して、手に持ちやすい文庫本程度の大きさにしたら、それぞれを真ん中で折って、端と端をくっ付けてホチキスで留めた、それっぽく簡易の文庫本のように仕上げた。

コピーした作品の中の一つに、例の声と全くフレーズが存在した。詩の一編であったが、面白いことに、別の作品の、ある小説の中にも類似した文句が書かれていた。接辞や言い回しは若干細かく違っていたが、よほどその韻を好んでいたのか、物語の中で登場人物の“その”言葉は、さらに熱情みを帯び、より言葉に深みが増しているように宮松には感じられた。

作家の諸作の中でも、この詩は特に有名ということか、別にリンクが作られていた。クリックすると、独立の情報ページが現れた。それによると、詩を歌ったと思われる有名な浜辺があるということだった。それは作者の生誕の地と結び付けられて考えられていて、広島県のの○○浜という名が書かれていた。


次取るべき自身の行動を決めた。パソコンは付けたまま、机の上に置いてある財布と携帯電話を両ポケットにそれぞれ突っ込むと、扉を開け、外へ飛び出た。

入り組む路地は無限の道筋を作り出していて、その中の一本の道を選び出して進んでいく。宮松にはそれから先、ずっと真っ直ぐの道を歩いていたように記憶している。迷うことなく彼が向かった先は、一番近所にある、大通りから住宅街の中に曲がってすぐの道筋にある、中古の本を扱う店だった。

自動ドアが開くのさえもどかしい、開ききらないうちの隙間を滑り込むように、体を斜めにして中に入ると、冷房の冷気に少し震えた。己の興奮を意識させられる。だけど、止まらないところまで、もうきてしまっているのだ。

まだ目的の書棚に足がたどり着く前に、目だけはその場所だけを見つめていた。まるで透視しているように、他のものは透き通っていて全く目に映りはしない。繋がった糸を手繰り寄せるように、体は導かれ、体は自然に引っ張られていく。地図の戸棚へとたどり着き、中国地方の詳細な日本地図を、指当て探り当てる。数冊の本を抜き出して、それぞれの巻末の方を開いて、比較していく。やがて一つの本に、かの浜の名の記載を見つけ出した。

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