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05:父の財産……音楽

父の残した財産の一つ……父の個室(古典的な言い方をすれば「書斎」といったものだろうか)には、大量のレコードと、レコードプレーヤーなどの再生一式機材が揃っていた。父は音楽が好きだった。特に父の学生時代は、ジャズの黎明期と重なっていた。ビ・バップの、当時作られていた10インチ盤レコードが、部屋の壁にずらりとディスプレイされていた。

ずっと幼い頃、父親の部屋の扉は、壁と同等だった。鍵の無い扉でも鍵が掛かっているような気がして、その錆びた金属の重々しい取っ手に触れることにはためらわれた。二三回に一回、通るたびに、その不思議な密室の壁越しから、小さく小さくメロディが聴こえた。小学生も高学年になってくると、クラスの話題から、音楽というものに興味を持ち始め、父の密室のこともより強く意識するようになっていった。


そして小学生の最後の学年の時、春先だったか夏ごろだったか、陽気が強くて半袖でも暑かった日。シャツの張り付いた背中と同じくらい、手の中にも汗の粒を握って、細かく振動しているその木の扉を、握った。隙間を小さく開けて覗くような中途半端なことはせず、一ひねりにノブを回し……しかし音はしない様にと、注意を払い払い慎重に開いた。宮松は初めて、父の部屋を見た。

全てを千に切り裂いてしまう鋭い嵐のようなアルトサックス。極度に緊張していた宮松を脅かすような音量で、部屋の中一杯に鳴り響いていた。

溢れ出てくる恐怖の感情、そして、椅子に座った父が振り返って見せた顔。宮松はとっさに顔を伏せた。怒られる、と思った。勝手に部屋に入ったからということより、「こんな遅い時間に」と怒声が飛ぶことを恐れた。その時、夜の二十三時過ぎ、いつもは遅くても二十一時には寝るように言われていた。

急に部屋は無音になった。それがあまりに突然のことで、緊張で息も詰まりそうだったので、夢中になったせいで周りの音が聴こえなくなったように思えたが、そうではなかった。また再び音が聴こえてきた。それは、当時の幼い自身が聴いてもハッとするほどの美しさと、相反する恐ろしい不気味な唸り声とが交錯する、全く聴いたことのないような音楽だった。

それから、どれだけの時間、その部屋にいたか、その音を聴いていたか、よく覚えていない。いつまで経っても終わりの無い、旋律と嗚咽。そして慣れない夜更かしで、極度の眠気がねっとりと身に被ってきた。虚脱感、そして宮松は「おやすみなさい」とだけ言って、後ろに返り、部屋を出た。結局、父とは何も話さなかった、と宮松は記憶している。


この時の記憶が強かったせいか、それ以来、父の部屋には近づくことも恐れた。そしてまた、父はいっそう仕事が忙しくなったのか、家にいる時間が少なくなった。あの部屋の前を何度か通ることがあっても、扉越しに音が聴こえてくることが無くなった。そして宮松は、音楽自体、聴く機会が無くなっていった。学校で話題になる日本のポップスにも、興味が湧かなくなった。また父が好んでいたジャズも、意識がかえって障壁となって、目を向けることは無い。


再び、本当に久しぶりに父の部屋に入った。

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