03:出会い、学生結婚、生活
入学式を終え、ゼミで教室に集まった同級生の中で、やたらとべったり話しかけてくる女がいた。彼女は同期生だったが、宮松より一つ年上のようだった。彼女は色々な話題を宮松に提示した。その中の一つで、彼女は大学に入る前に一年間、イギリスの方に留学をしていたのだと語った。
どちらかというと大人しい宮松と対照的な、積極的で会話好きの彼女と、深く親しくなっていくのは早かった。彼女はお互い似ていると言ったが、宮松はよく分からなかった。彼女がイギリスで見てきた、当時の最先端のファッションの話を始めると、宮松も知りうる限りのことを、イギリスやフランスなどのヨーロッパのブランドのことを挙げたりした。二人ともヨーロッパにはそれぞれ詳しいところがあって、お互いの喋ることにそうそうと頷き合ったり、盛り上がった。一つの共通点が見つかれば……そして、お互い出し合うその糸をひたすら紡ぎあっていけば、いずれ一つの織物が出来上がっていくように、二人の間に何か特別な繋がりが出来上がっていくのを感じ始める。
そして二人は、それから卒業までの四年間、親しみは段々と深いものになっていった。
彼女はよく宮松の家に遊びに行った。両親のいない、普段は宮松一人で暮らしている、鍵を捻れば簡単に密室になるこの場所で、二人は無数に肌を交えた。
そして彼女はいつしか、日の多くをこの家で過ごすようになった。初めは数日の泊りから始まったが、大学卒業する頃には同棲といえる生活になっていた。正式の結婚届こそ出してはいないが、立派な一戸建ての家で生活する二人をはたから見れば、それは本当の夫婦のように見える。
その同棲とも結婚ともつかない生活に、一つの区切りが付いた日。彼女が結婚の届けを持ってきた。
彼女よりも、むしろ彼女の両親がそれを望んでいたようだった。未婚の二人が、長く同じ家での生活を続けているのを、そのまま傍観しているわけにもいかなくなったということだった。
宮松は一応、その届けに、書き込むべきところ、印を押すところなど、仕上げて、そのまま引き出しにしまいこんだ。別に結婚の意志が無いというわけではなかった。ただ、今すぐしなければならないという、絶対的なタイミングではまだ無いという感じがしていた。まだ二人は、学生で、自身がしっかりとした仕事に就くまでは、正式な形になる気にはなれなかった。
しかしやがて、半年後、二人は学生結婚した。宮松の就職が決まったこともあった。それと共に、それ以上長引かせることが苦しかったのもあった。
それからの二人の生活は、流れるように日々が過ぎていった。あまりに滑らかに、穏やかな日々が続いていった。
宮松は沢山空いている時間を使ってバイトをした。就職活動も終わって最後の四年となると、何もすることの無い空っぽな時間が幾らでもできる。学校に出る以外はできるだけバイトを詰めて入れて、暇を潰していた。
そして彼女は、多くの時間を専門学校の時間に費やした。ファッション関係の専門学校へ入学した。それは付き合い始めた頃から話していたことで、アパレル関連に関心を持っていたことが高じた。本格的にその道を作っていくために、大学四年生という期に、彼女は学校に通い始めた。
夜は大概、宮松が先に帰ってきた。時間潰しにと、料理を作ってみたりする。料理自体は大学一年の頃からそれなりやっているので、簡単な料理……カレーだったり鍋物だったり……だったらそれなり作れる。そして、一人、食事を済ませ、残りをラップに包んで、リビングに向かう。それから一時間ほどは、テレビを見たり、本を読んだりして時間を潰し、最後に電気を……キッチンだけ照らしておいて……消し、部屋へと戻る。そしてベッドに飛び込んで、一日を終える。
なかなか眠れなくて、無理に目をつむって布団をかぶっている時、玄関の鍵の開く音が聞こえて、彼女の帰宅を知る。彼女の足音は真っ直ぐ……キッチンに向かっただろうと推測する。そして、その後、風呂場に。その後、トイレに。その後、リビングに。その後、この今自分がいる寝室に、やってきた彼女を感じる。部屋は、小さな豆電球だけが、部屋をモノトーンに浮かび上がらせている。その電球さえ、紐を引っ張られて、切れ、彼女もベッドに入ったようだった。