22:メロディ
結婚式から三ヶ月ほど経った。
梅雨が終わりを告げ、初夏の爽やかな太陽の熱さを感じ始めるあの季節に、彼女はワンピースと小さなハンドバッグだけを持って、大通りのバス停のベンチに座っていた。出勤のため、いつも利用するそのバス停の前で、彼女はとても思いつめた顔で、こちらを見ていた。彼女は立ち上がり、こちらに歩いてくる。バス停のひさしの下から出て、光の下に現れた彼女の顔は、美しく輝いた。ふと宮松は、彼女はそのまま太陽の光の熱によって溶けてしまうのではないかと思えた、彼女の顔にじっとりと汗が滲み、細い目の線や、小さな可愛らしい鼻、そして頬の痩せた様子から、夏の燃え盛る太陽の熱の元では、あまりに儚く頼りなく思えた。
宮松は、自分自身も、彼女の方へと歩を進めた。一気に彼女との距離は縮まり、やがて触れ合う寸前で止まった。
真っ白く輝く彼女と、地表も強烈な照り返しで目も眩むほどに輝いている。白い光の中で、彼女の唇がわずかに開いたのを見た。そして宮松は、彼女を抱きしめた。一瞬間を置いて、彼女の腕も宮松の背を包んだ。
あまりに柔らかさの心地良さに、宮松の男性は力を、熱を持ち始める。あえてその意思を伝えるように、宮松は身体を彼女に密着させる。彼女の腰もすり寄せられる。
熱い、全身火をともしたように(あたかも太陽から飛び火したかのように)、焦げてしまいそうな感覚。体中の水分が蒸発していき、肌が布のようにかさついていく。
彼女の肩をしっかり抱いたまま、数センチも離れないように気を付けながら、彼女の身体を運んでいく。乱暴に、彼女の肉を引っ張って、向かうべき場所へと彼女を導いていく。
彼女を全て食い尽くすために。己の欲求をもう止めることは出来ない。そして彼女も、全て肉体をこちらに献上した。捕食の原理に従うならば、全ての決定権を己が示さねばならない。
先に彼女を部屋へ押入れ、扉を閉め、振り向きかけた彼女の顔に、口付けをする。唇から、頬、鼻、瞳、頬、そして髪の中に。顔を離すと、彼女の胸元を鷲掴んで、強引に下に引っ張った。服を裂き、彼女の纏うあらゆるものを全て引き千切った。そして、全てあらわになった肉体にむしゃぶりつく。かつて想像していたよりもずっと小さな乳房に、歯の型を付ける勢いで噛み付く。苦痛の声、そして今痛めたばかりの先を優しく舌で撫で、転がす。やがて彼女は可愛らしい猫の声を出す。
薄い蒼色のベッドの上で、二つの肢体を絡め合う。美しい嬌声、時に夢心地の甘い声を、時に鋭い叫びを、即興的に奏でられる。男は女の身体の最深へと、どこまでも深く入り込もうと、自らの身体をひたすら突き進める。女もまた、相手の全てを自分のものにしたいと、男を愛しく包み、その肉を丸呑みにしようとする。穿ち、包み、痛みと悲しみはグチャグチャに砕け、その中からかわりに、全身を痺れさせる悦楽が新たに生まれ出る。もはや、それだけしか、他には何も求めてはいない。快楽だけを非能率に求める、脳の無いけだものへとなってしまいたかった。熱い血を飲みたくて仕方が無かった、好い薫りを放つ真っ赤な血を。
部屋は蒼い、もう夜明けだった。カーテン越しの気だるい朝の光で染まっている。
無音。
シーツの中で、指を立てて、叩く。
少しずつ蒼は明るさを持ち始めていく。
静寂を破るように、走り去る車の音に怯える。
美しい音楽は終わってしまった。
何度も何度も、シーツの下で叩く。
終わるな、まだ終わるな。
途切れた旋律の続きを繋ごうと、指先を動かし続ける。
物音一つしないむなしいこの室で、一人、メロディを奏で続けようとする。
終わるな!
まだ終わるな!
まだ終わるな!